第9倭 イノミの後…そして旅立ちへ
イノミの後汗を流しに一行は滝壺へ向かいます…。
カムイキリサム=コラムヌカラによる傷を癒すため少し離れた山の奥の滝壺へヤチホコ達は向かっていた。
そこは常にトゥム、ヌプル共にとても強く放たれており、浸かるだけで見る間に回復するという不思議な所であった。
「あそこの祠を抜けたらつくよ♪」
「あ、着きましたね♪」
月明かりに照らし出された美しい水面が見えてきた。
かなり広い滝壺で奥の方は落ちてくる滝によって流れや波立ちも激しいが、手前の方は緩やかで揺らめきながら移るチュプを確認できる状態であった。
「よっしヤチ…入ろ♪」
スセリは勢い良く衣を脱いで一番に飛び込んだ。
「え!?…スセリアンタ…ヲノコと一緒に入るつもり?」
「?そーだよ?いつもヤチと一緒だよ♪」
「きぃちゃんもいつもミヅチといっしょ♪」
「くだらん!傷と力を癒し汗を流せればどこだって誰とだってかまわん!」
そう言いながらミケヒコも衣を脱いで体を洗い始めた。
「~!…しかたないわ…。アンタ達ヘカチ相手に恥ずかしがってもエパタイだわ!…やっ!」
キクリも勢いよく衣を脱いだ。言葉とは裏腹に、全く成熟とは程遠い肢体であった。
「ポンメノコが何恥ずかしがってるんだか…」
「アタシはホントはアンタよりずっと年上なの!…って…この姿で言っても説得力全くないわね…」
そう言いながらキクリは自分の身体を眺めた。眼前にはタナー段階で紛うこと無きⅠの平野が広がっていた…。
「はぁ…ま、悩んでも仕方ないわ…。ミヅチ洗ってあげるからこっちへ来なさい」
「はぁ~い♪」
「いや~やはり気持ち良いですね~♪…もっと他の方もご一緒できたらさらにステキでしたね…♪」
「…それはタギリか?それともミチヒメか?…ませたヘカチだな♪」
草陰からヤチホコに向かって声が聞こえてきた。
「あ~♪ヤマ…むぐむぐ…」
そのモノは口に一本指を当て目配せしてキクリに合図を送った。
即座に反応してキクリはミヅチの口をふさいだのである。
「…どなたでしょうか…?」
「オチャコッ=タイペウタラに名乗る名なんてないさ♪」
「あ、そういう言い方します?ステキなメノコを見たいのは…ヲノコなら当然ですよ♪」
「成る程な…一理ある…が…そういうことは一人前になってから求めるものじゃないか?」
「僕…今日イレスミチさまに一撃入れられました!…それでは不十分でしょうか?」
「そうだな…アレが…自分のイレンカで出来たら…か…オレ様を捕まえられたら認めてやるさ♪」
「言いましたね~!いきます!やあ~!」
ヤチホコは勢い良く水から飛び出してそのものに向かって飛び掛かって行ったつもりだが…いない。
「…遅い遅い!…こっちだこっち♪」
その後もいくら追いかけても全く捕まえるどころか近づきも出来ない。
「…なんだぁ?本とそのまんまだと全然だな?…力…開放してみ?」
「…イレンカ込めてすぐできれば苦労しません!」
「…そりゃザ~ンネ~ンでした♪ほいこれごほーび♪」
瞬時にヤチホコの背後に回り込み軽く蹴り飛ばすと…ヤチホコは真っ逆さまに滝壺へ落ちていった。
「…ぶはぁ!」
「あっはっはっはぁ~♪にっぶいなぁ~♪」
滅多に怒らないヤチホコもさすがに怒り心頭となり、衣と剣を取り全力で追いかけていく。
「…さすがに頭に来ました~!待つです~!」
「待て!…ソイツはなんかヘンだ…オレも追う!ヒメ!」
「…よろしいのでしょうか…?あのお方は…」
「?…アイツがなんだ?」
「いえ…かしこまりました…ラムハプル…ヌプル…!」
ミケヒコも剣にヌプルをもらい自身のトゥムと煉り合せた炎の剣を携えて追いかけた。
「…さすがに輪を廻らせはしないと思いますので…行ってらっしゃいませ…」
静かにヒメは見送ると皆の無事を祈願し、またゆっくりと水浴びを続けた。
「待ってヤチ!ボクも行く!」
スセリも衣を着ながら追いかけていく。
「…ダイジョーブだと思うけど…ミヅチ、アタシ達も…いくわ…!あの方…悪フザケが過ぎるから…!」
「うん…でもどーしてきゅうにあんな…?」
「メチャクチャに見えて実は考えあっての行動というのは昔から変わってないわ…!今回もきっと…!」
「そ~だね~。おもいっきりおいかけよ~!」
「…ええ…!」
キクリとミヅチは先の三人に瞬く間に追いつき一緒に追いかけていく。
「…キクリちゃんもしかして…知ってるの?さっきのカンジ…?」
「…そう、あの方はアタシ…知っているわ…!だから大丈夫と思うケド…遣り過ぎる所もあるから…念の為だわ…!」
「…見たカギリ…かな~りイタズラ好きっぽいもんね…!」
「その通りだわ…らしくない程陽気ででいたずら好きだわ!」
「…らしく?ナニらしくないの…?」
「…ヌプルを練り上げられたら…すぐわかることだわ…」
キクリはそうやってスセリへの答えをぼかした。
「…そっか…ボクも…ヤチでさえも…集中して観る事だけしてやっとだもんね…!」
「トゥムはま~ま~だけどアンタ達はそっちは…もっと鍛えたほうが良いと思うわ…!」
「うん…そっちもコレから頑張る!」
「…その意気だわ♪」
「へへ♪」
そうこうしているうちに滝壺の上の崖まで追い詰めた。
「…走りはまあまあだな!…ヌプルの方はてんでダメだが」
「…サンガでもないのにエラそ~に良く言いますね!」
「サンガぁ~?…オレ様の事ホンットわからないんだなぁ~♪」
広大な空を背負いそのモノはそう言う。
足元には先ほど下から眺めていた滝となる川が勢い良く流れている。
「…さっきの仕返しで…ここから落としてあげます!」
ヤチホコは剣を構えてそう言った。
「…ただモノじゃないのはわかる…オマエは何者だ?」
「おっと~、ヒムカの若き王もヌプルはいまいちだなぁ~♪…それではこれからの旅路…苦労するぞ…?」
その言葉に反応してヤチホコはゆっくり剣を下ろしてから尋ねた。
「…これからの…旅…。外のモシリへ行くの…ご存じなのですか?」
「そりゃぁそうだ…。およそこのモシリで起こるすべての事は知りえるつもりだぜ?」
「…すべての事知り得る…?…。…。…!…まさか…オマエ…いや…あなたは…!」
「わりと察しは良いなミケヒコ…。後にヌプル目覚めし刻…そちらもなかなかの使い手となるだろう…。」
「…?さっぱりわかりませんが…あなたは僕たちを知っている様ですが…何モノなのですか…?」
「…そうだな…自己紹介が遅れていたな…結局オマエぜんぜんオレ様に触れなかったからきっかけがなかったぜ♪」
「…!今なら訳なく触れますよ…ほら!」
ヤチホコの手はまたも宙を切る。
「…惜しかったな…そうそうオレ様はだな…よっと♪」
崖の向こうの宙に浮きながらそう話していたモノは…何とそのまま滝壺へ落ちていった。
「っ!いくら何でもこの高さからあんな落ち方したら大変なことになります!」
「おちちゃったね~。とべるのに…?」
「…?ヘンだ?水へ飛び込む音が…全く聞こえてこないぞ?」
ミケヒコが訝しがったその刻…突然途轍もないトゥムと共に何か巨大なモノが水面を突き抜け水しぶきを上げる音が聞こえた。
「…あ…目の前に…壁ですかねコレ…うん?う、うわわわわぁ!」
壁と思えるソレを頭上まで辿っていくと…巨大なナニカのノッケゥが見えた為ヤチホコは大声で叫んでしまったようである。
「ナ、何ですかぁ!この化け物はぁ…!」
その場に尻餅をつきながらヤチホコはそう言った。
「…とんでもなくおっきい…トコロカムイ…だよ!」
風に乗り後ろに飛んで距離を取って全貌を眺めたスセリも驚きながらそう言った。
「…すまなかったな…少々悪ふざけが過ぎた…許せ…。」
絶望的な差のトゥムを観じさせるその龍神は少し反省気味にそう言ってきた。
「え?あ!…さっきの…方…なのですか?」
落差にピンとこないままヤチホコはそう訪ねた。
「いかにも…。俺様はこのモシリのすべての水を司る…シ=ラムハプル=モシリ=コロ=クル…だ!」
巨大なトコロカムイは先程のモノと同様の口調でそう名乗った。
「あ!そ、それでは…あ、あなたが…ヤマタ…さま…ですか?」
「…そうだ…。水の盟主の王…ヤマタだ」
ヤチホコの問いに八俣はそう答えた。
「…なんか…まったく自然の盟主さまっぽくありませんね…」
「はっはっはっは~。オレ様は特別だからな~♪オマエらよりもヲモヒ豊かかもしれん」
少々皮肉っぽく言ったヤチホコに対し屈託なく陽気にヤマタは返した。
「しかしここの滝壺はそれでチカラも身体も回復の効果があるの…ですね!」
その言葉を聞いてヤマタは感心して答えた。
「ほぉ~…闘いに関することはなかなか勘が良いなぁ~♪」
「ヤマタヤマタヤマタ…。…。…あ!…たしか昔…おとうさまと一緒に…」
「おう!このモシリを…ナ・ラをまとめるのも手伝ったぜ?」
「…さっきの言動からはとてもそんなスゴイ方とは全く思えませんでしたがね…」
「悪かったな!…オマエ等…キクリたち以外の三人…あまりにヌプルに疎すぎて心配だったんで少し観させてもらったワケだ」
「…観させて…です?」
「おう。楽しく追いかけっこしながら…な♪」
その言葉にヤチホコは驚いて聞き返した。
「…あの最中にそんな事…出来るのですか?」
「…まぁそりゃオレ様万能だからな♪…オマエ等が追っていたのは…オレ様の…ウサライエ=ラマトゥだ♪」
「…ええ?で、ではそのとき…ヤマタ…さまはどこに?」
「どこって…はっはっ。…ずぅっとほら…あそこから見下ろしていたぜ?」
そう言って鼻先で指し示すははるか上空であった。
「…ぜんぜん…気付きませんでした…!」
「そりゃまぁそうだろうぜ?トゥムはウサライエ=ラマトゥに残してヌプルケゥエのみで宙へ舞っていたからな♪」
「ボクたち…ヌプルはホンットゼンゼンなんだねヤチ…」
「スセリちゃん…本当…その様ですね…残念ながら…」
二人は互いに自分達の至らなさを痛感して口々に言った。
「…先の闘いも…オオクニがメル=ストゥ=マゥエ使っていたら…一撃で終わっていた訳だ。」
二人は驚きと落胆を露わに顔を見合わせた。
「…そうでしたか…いえそうですよね…。…まだまだでした…」
ヤチホコは落ち着くを通り越して消沈してしまった。
「…ヌプルとの融合はまだでも…オオクニに一撃を入れた技と発想は本物だ…そう落胆することはないぜ?これから先…頑張りゃぁ…オマエもそこまで錬り上がるからな!
「そーなのですか?」
ヤチホコは驚きとともに聞き返した。
「ああ…今回参加したオマエ等…須らく道のりは遥か遠く大変だが…いずれカムイに至るモノ達だ…!
…今回のカムイキリサム=コラムヌカラ…良くやったな!皆それぞれのヲモヒ…顕せていたぞ!…すまんな…本当はこれを伝え労いに来たんだが…悪ふざけが過ぎた…許してくれ…ついつい遥か先の旅路へのヲモヒ廻らせてしまってけしかけちまった…」
その言葉に反応してヤチホコが聞き返す。
「…はるか…先…ですか?」
「ああ…。カムイの…そのはるか先の…な!」
「う~ん…なんか見当もつきませんね…」
「だよな!オレ様も少し先走ってしまった…すまんすまん。」
ヤマタは巨大な頭を垂れて申し訳なさそうにそう言った。
「…いつもだけど…今回は特に…悪フザケ…しすぎだわ!」
キクリは皆の無事に安堵し、ヤマタに対し少し戒めるようにそう言った。
「すまんなキクリ…。おかげできちんと観れたぜ…。オマエ達全員の…晴れ姿をな!」
「…さっき言った…アタシ達全員…カムイとなる姿ってやつ?」
「おう!…特にキクリ…オマエのはとってもイイぜ♪…至ったら必ず遊びに来て…見せろよな!」
「…よくわかんないけど…良いわ。その時は必ず…行くわ!」
「おう♪…あと…ミケヒコ…オマエは…諦めず…そして…ヲモヒ観ずるまま…歩め!その時々で移ろい変わりゆくヲモヒ、それぞれを大事にしながら…な♪」
「…わかった…ヌプルについての事と共に…ラマトゥに刻んでおくぞ…!」
「おう。…スセリ…ミヅチ…オマエ等は…なかなかに大変だが…諦めるな!そ~したら必ず道は開けるからな!」
「…よくわからないケド…わかった!あきらめないで頑張る!」
「ミヅチもがんばるよ~!」
ヤマタは微笑みながら頷いたように観えた。
「…ヒメ…聞こえるか?…オマエもだ…。絶対あきらめるな!必ず…イイ事あると思うぜ♪」
水浴びを終え近くの岩に腰を下ろしていたヒメの元へヤマタの言の葉がそう届いた。
「…かしこまりました…この身の朽ちぬ限りその様にヲモヒ続けましょう…!」
「まあ…そういう訳だ。…ヤチホコ…オマエは…凡てにおいてそのヲモヒのまま…素直に行け!…傍から見てメチャクチャだとしても…ダメと言われようとも…ヲモヒあれば…行け!ただし、今のオレ様のようなオマエへヲモヒ込めた助言は凡て受け入れろ!わかったな?」
「は、はい…!ヲモヒのまま…でも助言は受け入れて…ですね!」
「そうだ!…オマエ等も…オレ様の言の葉…努々忘れんなよ?」
一同がそれぞれに返事をするとヤマタは満足げな笑みを浮かべ去って行った。去り際に一度ミヅチの事を見やり、何やらヲモヒ抱く事ある様な面持ちを一瞬見せたが誰も気付かなかった。
「…しかし…とんでもない大きさのトゥムでしたね…!」
「…当たり前だわ…!ラムハプル=モシリ=コロ=クル…その王たちは…このモシリ…いいえ…世界の意思の顕れみたいなモノだから!」
「たしかに…モシリがウタラの形を成していると思うと腑に落ちますね!」
「…カムイになるって事は…その巨大なチカラも…己のものとして引き出し…使えるってこと…だわ!」
「そう聞きますとはるかな先だとしても本当にそんな時は来るのでしょうかと言うヲモヒに駆られてしまいますね…!」
「…モシリの…この世界の理…シ=パセ=アンペ=ソネプの一端が…なると言ってるんだから…キットなるんだわ!…でも…たしかに遠いわね…アンタもアタシも…!」
「あ、でもそれでしたらなれるのはなれるわけですので…あれこれ考えず頑張ればいいですね♪」
「…アンタ相変わらず…だわ!…でもそのヲモヒ…ワリと嫌いじゃないわ…♪」
「ありがとうございます♪」
先程水浴びした滝壺に戻る道すがらヤチホコとキクリはその様に話していた。
「あ、いました!ヒメちゃぁ~ん…おまたせです~!」
ヤチホコは岩に腰を下ろし皆を待っていたヒメに駆け寄った。
「ヤチホコ…皆様ご無事で何よりです…。無事にあのお方より言の葉も賜ったようですね…」
ヤチホコは少し驚いて聞き返した。
「ヒメちゃんも聞こえましたか!ヤマタさま確かにヒメちゃんにも何か言っていた気がしましたが…?
「ワラワも無事に頂戴した故ご心配なさらずとも大丈夫でございます」
「良かったです♪…お待たせしましたが…帰りましょう♪」
ヤチホコはそうにこやかに言った。
「…知ってたなヒメ…。まぁ良い…。オレもヌプルの方がまだまだなのは解っている…。が、今はオマエがいる…それで問題ない…!」
「勿体無う御言の葉…。ミケヒコは…いつもワラワを慮って下さり有り難く存じます…」
「…役に立つからだ…!…これからも…頼むぞ…!」
「…かしこまりました…仰せのままに…」
「…ヤチホコたちと違っていかにもなヒメとヒコねアンタ達は…!」
キクリの少し皮肉めいた言に不思議そうにミケヒコは返す。
「?…何か問題あるか?」
「いいえないわ。…あっちが珍しいだけだから」
「そー言えばヤチっ!タギリ姉やミチヒメちゃんのコト…ヲモヒ廻らせていたってホント?もう~このエパタイ!」
スセリのその言葉と共に何やら風が巻き起こり打撃音が夜の森に響きイコトゥンテする…。
「…なんてゆーのかしらアレ…。まるでチカラペのようだわ♪」
「きぃちゃんどういうこと?」
「敷き物は敷かれたまま皆に踏まれたり乗られたりしても文句も言わずされるがままでしょ?ヤチホコってまさにそんなカンジだわ♪」
景気よく吹き飛ぶヤチホコを見て笑いながらキクリはそう言った。
「~!およそヲノコとは思えぬ不甲斐なさ…!」
ミケヒコはその様子を見て少し憤って言った。
「…あら、そこが良いとアタシは思うわ♪」
「ふん、くだらん。…が…ヤツの一撃が…今のオレより上手なのは…事実。もしやあの不甲斐なさと思える所にも強さの要訣が潜んでいるやもしれぬなら…知るに値するものあり…だ!」
「…なんでも興味持つのはとても良いと思うわ…。…。…ガンバッテ♪」
そう言うとキクリはミケヒコの頬に唇を押し当てた。
「…む!…そうだな…。何が強さに繋がるかは…知ってみぬ事にはわからんからな…!」
「そーね…。良いヲモヒだわ♪」
目くばせながら笑みを浮かべキクリはそう言った。
「ミヅチもなんかたいへんみたいだけどずっとがんばるよ~!」
「…えらいわ♪その調子よ♪」
キクリは優しく微笑みミヅチの頭を撫でながら言った。
「えへへ~♪」
そうこうしているとカムイ=チセに戻ってきた。
今晩は自宅ではなくカムイキリサム=コラムヌカラに参加したモノはここに泊まるのが習わしだとの事である。
任務がある為ミチヒメとアビヒコは例外で神前で断りを入れウガヤに戻ったらしい。
「あ、じゃぁみなさんおやすみなさいです~」
比武台の後の出来事もあり、その晩全てのモノが泥のように深く眠りについた。
あくる朝早く、夜明け前にミケヒコ達は朝餉を済ませるとヤマタイ南のヒムカ=モシリ目指し帰ったそうである。
ヤチホコは昨晩のヤマタの事をムカツヒメに伝えた。すると…
「…見事カムイキリサム=コラムヌカラを成し遂げたあなたたちへの彼なりの祝福なのでしょう…」と。
その言の葉を聞き終えたヤチホコとスセリはニスアトゥを待てずに勝ち得た自由の象徴…ロクンテゥの元へと足を運んだ。
そっと波打ち際から海へ押しやり浮かせる。すると何やら身震いするが如く振動しだした。
手を触れてトゥムを流し込むと…水面から浮かんでいると思える程の軽さになった。
「わわ!これでしたら本当に滑るように走り出しそうですね♪…ちょっとだけ試そう…そう思いましたが…ウ~ワオ!待ちきれませんね!…スセリちゃん!食料持ってきてますよね?…行きましょう!僕たちの旅…今から始めちゃいましょう♪」
「行く行く♪…ボクもホントはもぅ~行きたくてたまらなかったんだ♪」
「僕もです♪…じゃぁ滑らせますのでうまく飛び乗ってください!」
その声とともにヤチホコが押し出すと…重さが無いが如く勢い良くロクンテゥは滑り出した。
「ヤチ、行こ!」
難なく飛び乗ってそう言うスセリの声にヤチホコも追いかけて飛び乗る。
「…目標…ウガヤ!」
そう言うとロクンテゥは再び震えて唸りだし、鳴動が止むとゆっくり帆先を北西に変えて進み始めた。
二人のトゥムと陸から海峡へ吹き降ろす風を受け、ロクンテゥはみるみる速度を上げていく。
(…上伽耶に…ミチヒメさん…たち…いるのかな…?)
動くロクンテゥを前に堪え切れずに始めたこの旅路に災難が降りかかるとは露程も考えていない二人であった。
まだ暗い海に消えゆくロクンテゥを見つめる人影が二つ。
「…とうとう廻り始めてしまうのですね…」
「なぁに、あの子たちならきっと成し遂げられるだろう!」
先ほどの二つの影…ムカツヒメとヤマタはそう言って水波立ちが消え凪いでいる夜明け前の暗い海をずっと眺めていた。