第8倭 カムイノミ~ホ=リピそしてカムイホサリタㇷ゚カㇻ~
「うむ…。さあ…この辺りで此度のカムイキリサム=コラムヌカラは終わるとしよう! 次はリムセとタプカㇻの後…カムイノミの楽しい部分…宴会である…! みな存分に楽しむが良い…♪」
その声とともに周り中から歓声が上がり、みるみる内に比武台はイノミミンタラに変えられていった。裏に控えていた料理が台ごと運ばれてくる。
今で言う立食会の装いである。
なにやら中央に少し広い空間が開けてある。支度が整うと一旦静まり返り…ゆっくりと打楽器と思しき音や弦楽器のように糸状のものを弾く音が奏でられ始めた。
音はどんどんと大きくなっていき、暫し後、開けた空間の中央にすぅっと誰かが顕れた。
肌が透ける程薄く滑らかで美しい衣を纏い、メレメルするレクトゥンペとタマサイを身につけ、ただでさえ目を引くと思しき端正な容姿を更に引き立てる様に色とりどりの墨を施したカッケマッであった。
「ふわぁ…何ていうキンナ…ピリカ=シリ…♡」
例によってヤチホコは真っ先に見惚れてしまっていた。
「もう! ヤチったら~! で…でも…しかたないか…みとれちゃうよね…このヒト…とってもナンカアンテだもん…!」
「ねぇねぇきぃちゃん、あのヒトとぉ~ってもキレーだね♪」
「…そうね…ちょっと悔しいけどアタシよりもずっとキレイだわ!」
「ふん…いつもながら下らん…が…何故か…オレも…このカッケマッは…ステキだと思うぞ…?」
「確かにとてもキレイだよね…ぼくの好みかはともかく…」
「…あら~♪ アビヒコくぅ~んそれはないんじゃなぁい?」
「え? あれ? ぼくの知ってる緋徒…なの…? ミチヒメ知って…? あれ…ミチヒメ…?」
顔を手で隠しながらミチヒメはあらぬ方向を向いている。
「ミチヒメ…どうしたの?」
表情を伺おうとすると小刻みに反対へ回っていく…。
「…わかんない…? あれ…わたしの…おかーさん…」
「え? ああ!! 本当! タギリさまだ…!」
「えええ? あ! ほ、本当です! タギリ姉ですね…!」
「ボクもぜぇ~んぜんわからなかった…」
「…ミっケヒっコく~ん♪ やぁっぱりキミも…ステキだと思うのね♪」
「言うなぁ!」
言葉と同時に拳を振るうも、先の比武とはまるで別人の様な動きでミチヒメに躱されてしまった。
「へっへ~ん♪ わたしを叩こうなんて十年早い早い♪」
「~! く、くそぉ!」
「…今日…一番の嬉しい事でしたよミケヒコ…♪」
神々しいまでに美しく着飾ったタギリはまさにカムイメノコのような慈愛に満ち溢れた口調でミケヒコに伝えた。
「…き、聞き違…いやもしれんぞ…」
「…そうね…そうだったかもしれないわね…それでも…うれしいわ…♪」
普段よりかけ離れた雰囲気のタギリ相手にミケヒコもそれ以上は何も言えなくなっていた。
「皆のモノ! これよりカムイ・リムセとカムイ・タプカㇻをタギリにしてもらう!ウニウェンテの際は後に続くが良い!」
その言葉でゆるりとタギリは踊り始めた。
「…魔よ退け…! 神威よ…来たれ…!」
それはまずホ=リピ…魔を除き神を振り向かせる呪…より始まった。厳かでゆるやかでいて時折激しい気迫を感じさせるモノであった。
正に魔を祓い神を振り向かせ来たらしめんとしているであろう事がひしひしと伝わってくる踊り…と言うよりも何らかの流麗な武のようにも観えた。
「…美しくも激しい…ステキな踊りですね…♪」
「ホント…タギリ姉…すごい…」
「そうでしたね…。二人共…ヤチホコでも…特に集中しないと…観えませんでしたね…!」
そう言うとオオトシはタギリの傍に駆け寄っていった。
「勇敢なるトゥムコロクルに祝福を…ラムハプル=ヌプル!」
これまで観じた事も無い様なヌプルが其の強大さ故可視化、具現化されタギリより発せられオオトシへと注がれていく…。
「…魔を祓う力を…ラムハプル=トゥム…!」
同様に今度は先のオオクニをも超えるであろうトゥムがオオトシへ注がれていく…。
「す、すごいですね! しかしどうやってあんなすごいヌプルやトゥムを…間違いなくあのイレスミチさまをも超える程の…!」
「…いずれ…解る刻が…此度は来る事となるのでしょうね…」
ムカツヒメは何やら少しそう思案しながら言った。
「…おかあさま…それは一体どういうことなのでしょうか?」
「…そのうち…いつか…解ると思います…。…さぁ…オオトシがタム=エ=ホリピを舞いますよ…良くご覧なさい…」
そう言って広場の中央を示されたので見やると、オオトシが先の氣力と霊力を練り上げていた。
「あ! アレ程の力を使っての…メル=ストゥ=マゥエですか!」
先程と違い紅蓮だけでなく…深緑…紺碧…朽葉…そして透明に輝き始めた。
「モシリを形造るあらゆる精霊に願います! 除災神来武!」
そう呪を唱えながら各色の剣を振るう。
すると途方もない力が放出され霧散する様に空へ…大地へ溶け込むように吸い込まれていく。
「…きれい…♪ この技を振るうオオトシさまも…ステキ♡」
夢うつつで悦に入るミチヒメとその視線の先をかわるがわる、苦虫を噛み潰したような表情でアビヒコは見ていた。
(…途轍もなさ過ぎて…今はとても張り合う気にはなれない…)
そう思ってアビヒコもオオトシの剣技に魅入っていた。
(…これは…今の僕がコレを外しても全く及びませんね…!)
ヤチホコは左腕にはめ直したセレマク=アカムをさすりながらそう思った。
「さあ…このままウニウェンテへ…!」
タギリが皆に呼びかけると、一同はタギリの後に続き輪になって並んで歩き始めた。皆タギリと同様の動作を繰り返しながら行進していく。
先のオオトシの剣技の力か、タギリの後に続く皆からもヌプルが…トゥムがカリンパニの花吹雪の様に美しく優しく舞い上がる。
「すごいですね…! 後に続く皆からも…トゥムやヌプルが舞い上がっていきます…!」
「精霊たちへの感謝と労い、そして場の穢れを先のオオトシの剣武が祓い…先導するタギリのホ=リピにより…力なきモノ達からも…封じられし根源より力を湧き上がらせこの様に舞い上がらせるのです…」
「…あ! それでは本当は…力なきウタラの皆さんも…」
「…わたくしの愛すべきヤチホコや…正にその通りです…! 実は全ての存在が無限の可能性を宿しているのです…! それが…わたくしが全ての方を敬う理由であります…!」
「すべての方に…無限の可能性があるのですね…!」
「左様でございます…! それは即ちヤチホコ…スセリ…あなた方にも当てはまる事なのです…。努々お忘れなき様…ラマトゥにしかと刻み付け下さいね…」
「は、はい…! 僕らも…無限の可能性を持つ…ステキな存在…なのですね…!」
「その通りでございます…さすがはわたくしの愛すべきヤチホコでございます…」
そう言うとムカツヒメは二人を優しく抱きしめた。
「あ、そう言えば…おかあさま…ヤマタイのカムイノミは大丈夫なのですか…?」
「心配いりません…どちらも参加できる様…カムイノミの日はイノミの期間の中で重ならない日取りにしてあります…」
「そうなのですね♪ どうりで…おかあさまがいらっしゃる訳ですね…!」
「…もちろん他にも理由があって来ておりますが…それはまたの機会にお話しいたしましょう…」
「…わかりました! あ、僕らもウニウェンテに加わりましょう!」
「そーだね! おかあさま…行こ!」
「ええ、それではこのままタギリに任せてそういたしましょう…♪」
「あ! おかあさまもタギリ姉みみたいに色とりどりの墨を施されて舞われる予定でしたか?」
「…そちらは念の為の準備でしたが…タギリもオオトシも素晴らしいホ=リピとタプカㇻでしたので…出番はありませんでしたね」
そうこうしていると今度は威勢の良い掛け声が上がってきた。
「あ、今度のこれは…イソ=エ=リムセ! みんなのリムセの中でタプカㇻしていますねタギリ姉♪」
「ここまでくればこの後は好きに楽しく踊るシノッ=リムセとなります…どうやら豊漁もうまく祈れた様ですね…はじまりましたね…さあ好きに踊って楽しんでらっしゃい♪」
見ると一転して皆威勢よく掛け声をかけ始め、先ほどと打って変わり陽気で軽快な拍子と音色の囃子に乗って面白おかしく激しく踊り始めた。
手を取りウチウパレ(踊りながら何度も絡みあったり交差したり)したり…飛び跳ねたりしながら踊っていた。
「あ! タギリ姉まで中央でヘコロカ(尻をぶつけ合う遊びの踊り)していますね♪ ウ~ワオ! スセリちゃん! 僕たちも行きましょう!」
「わ! 待ってヤチ、そんなことゆーなんて…でもイイよ! タギリ姉のところへトツゲキしちゃおっ♪」
スセリはそういって大きく跳躍して一足飛びに中央のタギリの所まで飛んでいく。勢いよく降り立って軽く一礼してタギリの手を取り踊り始めた。ウチウパレしながら…ヘコロカして…繰り返し踊り続けた。
「ふふふ♪ ヤチホコくんもはやくはやく♡」
「あ、は、はい! やぁっ!」
皆の輪の中踊りながら近づこうとしていたヤチホコは、タギリに呼ばれた声に応えてそこから飛び上がり中央へ降り立った。
「さっすがね♪ 錬の初日とは見違えたわ♪ うん♪ やっぱりヲノコは強くないとね♡」
生長したヤチホコを見て嬉しそうに満足気に笑みを浮かべながらタギリはそう言ってヤチホコの手を取り踊り始めた。
「わわ! ぼ、僕…い、いや、今日は踊ります!」
「とぉっても良いわよ♪ う~んス・テ・キ♡」
そう言ってタギリはヤチホコの首に腕を絡めて唇を重ね合わせてきた。
「タ、タギ…♪…♡」
立ち止まってしまい全身が硬直し…現在でいう処の…瞬時に心拍数血圧上昇、エピネフリン、ノルエピネフリン大量分泌、瞳孔散大、気管支拡張、手掌異常発汗亢進と交感神経優位状態と同時にドパミン、オキシトシン、エンドルフィン大量分泌状態に誘われてしまった。
「あ…あ…♡」
「ふふふ♪今日の素晴らしい闘いのご褒美…一番の場所であたしの…カムイホサリタㇷ゚カㇻを魅せてあげるわ♡」
そう言うや否や元々肌が透けそうな極薄の衣をするりと開けさせその褐色のしなやかな肢体を露わにして妖艶に舞い始めた。その場に存在する力が見る間に集まってきてタギリをさらに魅力的に輝かせていく…。
「ふわわぁ…♡」
ヤチホコをはじめ、その場のあらゆるものが釘付けとなりタギリの舞に見惚れていた。
舞は熱を帯びていき既に豊かに実った褐色の双丘も程良く引き締まっていながら滑らかで豊かな曲線美を描く双陵もさらけ出そうとかまうことなく舞い続けた。
「…ラムハプル…エラムルスイ…♡…平和と…豊漁と共に…子宝に恵まれしことを…♡」
そう唱えたタギリより勢い良く眩く輝くナニカが辺りに降り注いだ。
すると皆…一組…また一組と…手を取り合い寄り添っていく…。
「えへ♪ボクはもちろんヤチと♪」
スセリはタギリの呪のおかげか、普段と違い迷わず素直にヤチホコの手を取った。
「スセリちゃん…♪(いつになく積極的ですね…♪)」
「(どどどど~しよ~…このヲモヒ…とっ止まらない~♪)」
とある所へ歩いて行こうとするミチヒメを、しっかりとつかむ手が…。
「…ミチヒメ…な、なんか変…ぼく…いつもと違うヲモヒで…手をつないでいる気がする…」
戸惑いと不安を抱きながらも紅潮して上気した表情を浮かべてアビヒコはそう言った。
その姿を見てはっと我に還り優しく手を握り返してミチヒメは言った。
「…ありがと♪…どんなヲモヒかわからないケド…わたしはいつもの通りアビヒコの事好きだよ♪…大事な…弟だからね♪」
屈託のない笑みを浮かべてミチヒメはそう答えた。
するとアビヒコもすぅっと憑き物が取れた様に落ち着いた。
「…なんだったんだろう…今のって…?」
「きっと…おかーさんの呪の力…互いにヲモヒあうヒト同士が…素直に思いのままに行動しちゃうみたいね…!」
(びびびびっくりしたぁ~!あぶないあぶない…)
ミチヒメはある意味アビヒコのおかげだと思って頭を撫でた。
「…よくわからないけど…今日は特に気持ちいいや…♪」
幸せそうな表情でそう言いながらアビヒコは頭を撫でられた。
「…?なんだ…?皆どうかしてしまったのか?…オレにはさっぱりわからんぞ…?」
「…それは仕方のない事でございます…未だその刻ではございませぬ故…」
こちらは二人そろってなんともない様である。
「ねぇきぃちゃん…キレイだったね~♪」
「…そうね…ちょっとだけ…いえ…何でもないわ…」
微かに疼く胸元を抑えキクリはそう言った。
(…だって…いないもの…しかたないわ…!)
あらぬ所を見つめながらキクリはそう思った。
全てのモノが粗方寄り添って対となり一息着いた頃…タギリは皆に向かって言った。
「…今目の前にいるのが…ラムの奥でエラマス=イレンカ寄せる方です…♪よろしければ今後とも仲良くされてくださいね♡」
その言葉を聞いてウタラたちはヲモヒヲモヒの反応を示していた。
「…此度も無事に成し得た…!引き続き食や踊り…好きな事を楽しむが良い…!ご苦労であった…!」
「オオクニのその言葉でカムイノミは終わり、あとは各自食に…酒宴に…ヲモヒを交わす事にとそれぞれの夜を楽しんでいた。
…はからずも書いていくうちに…もしかして…
古代の破魔の儀式や豊漁祈願の名残が盆踊りなのかなぁ…そう思ってしましました♪