「あ…まだミチヒメが…ヤイヌパしていないです…」
ヤチホコの言葉に視線しせんを移すと…力無く横たわって微動びどうだにしない姿すがたのミチヒメが見えた。
「…ムリもないトラ。マッカチ小娘にはちょっちキツイ状態じょうたいトラ」
「以前いぜんもそうでしたね…きっともう少ししましたら…」
「発汗はっかんが落おち着つき、血の巡めぐり治おさまれば直じき目覚めるであろう」
「一同少々いちどうしょうしょう待機希望たいききぼう」
ミチヒメから分離ぶんりした神獣しんじゅうたちの言葉を受けしばらく目覚めざめるのを待つことにした。
(…しかし何と言いますか…キンラ=ピリカ=レカ艶やかで美しいな姿ですね…)
(…同感…観ていると…いつもよりもずっとエサムペルイルイドキドキする…)
ヤチホコとアビヒコがミチヒメに見惚みとれながらお互いにそうエゥコピヌピヌないしょばなししている所に対しキツめの口調くちょうで割わり込こみが入った。
「こら!そこ二人!変な目でみちゃダメ!」
二人とも驚おどろいて勢いきおいよく振り向くと…声の主はスセリであった。
「す、すみません…でもあまりにキレイで…」
「…わかるケド…ね…でもミチヒメちゃんはそんなつもりじゃなかったとボクは思う!だからダメ!」
自分以外の存在を呼び込み受け入れる刻…自我じがが強いとうまくいかない為、カムイ=トゥス神降ろし可能な状態へと強制的きょうせいてきにヌプル=イタラ恍惚状態にさせられていたのであった。
所謂コヤイユトゥルヌトランス状態の事である。
情動じょうどうや記憶、自律神経じりつしんけい活動等を司る部位を含む“本能ほんのうの座ざ”とも呼ばれる大脳辺縁系だいのうへんえんけいを、相互そうごに結合けつごうしている意欲いよくと連動れんどう・機能する報酬系ほうしゅうけいの側坐核そくざかくと共に活性化させ、“理性りせいの座”とも言われる大脳新皮質だいのうしんひしつの前頭葉ぜんとうよう、特に…我々ヒトをヒトたらしめ、思考しこうや創造そうぞうを担にない、動作の一時記憶いちじきおくと長期記憶保持ちょうききおくほじ、許容困難きょようこんなんな社会的応答しゃかいてきおうとうの無効化と抑圧むこうかとよくあつ、現在の行動からより良い報酬獲得ほうしゅうかくとくの為の結果の推測すいそくと認知にんちとそれに基もとづく意思決定いしけってい、辺縁系からの信号に応答し実行する高次こうじな情動等に関係する前頭前野ぜんとうぜんやを抑制よくせいし辺縁系と連動・協調する部分のみを強烈きょうれつに活性化かっせいかさせた状態じょうたいである。
ウブ=イキネイペカ五芒封印を放はなち終えるまでこの状態であった為反動として長時間の不応期ふおうきに入り一過性意識いっかせいいしき消失発作しょうしつほっさ(所謂失神いわゆるしっしん)を起こしたのである。
「…う…ぅん…」
…しばらくしてその声と共に…全身の紅潮こうちょうもおさまり、心拍数しんぱくすう血圧共けつあつともに正常値に戻ったと観みえ、ミチヒメはゆっくりと身体を起こし目覚めた。
「…ぅんと…ど~やらうまくいった…のかな?」
「あぁ…おかげでな!…ありがとう」
ルースはその様に真摯しんしに礼を述べた。
「よかった!…こ~なったトキって…いっつも何にも覚えていないのよね~だから安心しました♪」
(…あれは…覚えていない方が幸せかもしれませんね…)
ヤチホコは心の中でそう思った。
「いずれ自在に使えるようになるトラ!」
「そうですよ♪その刻こそ…」
「其方の真なるチカラ…」
「没問題メイウェンティ的能力発揮のうりょくはっき可能」
「うん…。それまでも…それからも…みんな、ご指導よろしくです♪」
四体の神獣たちの弁に対しミチヒメが応える。
「しっかしねぇ…この…何とも言えない脱力感だつりょくかん…トゥムはまだまだあるのにね~?不思議だよね…?」
エシカルン思い出すしたヘカチ少年二人は赤面して俯うつむく。
「…ははは…。さ、一先ひとまずパセ=コル=モシリ高句麗へ向かおう」
頭を一本指で掻き困り笑いしながらルースはその様に言った。
モシリに到着し国内城クゥンネソォンの王の間にて国祖王クッチョワンに事の顛末てんまつを伝えた。
その後今後の協力と不可侵条約ふかしんじょうやくを締結ていけつし調印ちょういんを交わし一同ルースへ帰還きかんする。
流石に一同疲労困憊ひろうこんぱいだった為か…帰宅後アマソトキ寝床に着くなり泥の様に眠りに誘いざなわれてしまった…。
皆寝静まり静寂の中…観るともなく明かり越しに透かし軽く揺らしながらグラスを眺めるモノが…ルースであった…。
「…主よ…暁あかつきの…母なる…カムイ=アイヌコロ親愛なる…アシュナンよ…」
独ひとり呟つぶやくルースをそっと背後から抱きすくめるは…姿変わりし香シャンであった…。
「…シネレプ偽物…とは言え…かなり動揺どうようされたようですね…。…アン天に留まる事も叶いましたでしょうに…」
「言わないでくれ。それは…全ての生きとし生けるモノの為出来ぬ選択。…キ地に堕おとされたからこそ…キミに逢あえた…。」
「…彼女の姿をそのまま宿した…?」
「それは…正直それもある…が、悠久ゆうきゅうの刻ときを…生きとし生けるモノの為…一人歩むその姿に…エサムペサク心を奪われるしたからさ…」
ルースの言葉を聞いてもう一人の…香シャン…?は満足げに嬉しそうに微笑んでから言った。
「そう言えば不思議な事が…皆さん遠目とは言いましてもわたくしにウネノそっくりな“主”を前にして何も観かんじられなかったのでしょうか…?」
その問いに対し笑いながらルースが応える。
「姿形がいくらウネノとは言え…性格が…ラマトゥたましいの気配があまりに違い過ぎて結びつかなかったのだろう。それほど酷ひどく粗悪そあくな複製ふくせいであった…ありゃ無いだろうと言う程の、な」
(…最後の…イタク言の葉だけは…だが…な…)
少し思案しあんしながら穏おだやかにルースへ返す。
「…ラムハプル=モシリ自然の=コロ=クル盟主として造られしモノだそうですね…。それ故に…レンカクス=ラム自由意思が不完全だったのでしょう…」
感心して頷うなずききながらルースも応える。
「あぁ…きっとそうだろう。真なるカムイであったならば…だが、それは…御使みつかいたちでは出来ぬ事」
「はい…。そう言いましても…御使いたる彼等を操あやつる事は並の存在ではできません…。…もしや…?」
「あぁ。…ヤツが噛かんでいる可能性も考えられる。…注意しておくとするか。」
「その方がよろしいかとわたくしも思います」
ルースの伴侶はんりょたる彼女は寄り添いながらその様に応え…優しく見つめながらそっと明かりを消した…。
こちらは皆が寝静まっている一階のアマソトキ寝床…なにやら寝付けないのか身動ぎしているモノがいる…。
(…ダメだと分かっていますが…ミチヒメ…すごく艶やかで美しいキンラ=ピリカ=レカでしたね…)
疲労困憊ひろうこんぱいにもかかわらずまったく寝付けないヤチホコであった…。あの刻のミチヒメの様相ようそうは…それ程までに衝撃しょうげき的で魅惑みわく的であった…。
「…ヤチ…ねれないの?」
横からスセリが声をかけてきた。
「あ、え、えぇと…だ、大丈夫です…!」
完全に不意ふいを突かれ動揺どうようも露あらわに背を向けて横になった。
「むー、おかしい!…ヤチ、何かくしているの!」
「い、いや、な、なんでもないですぅ…も、もう寝ましょう…」
いつもと違い自分の方に向き直らない。
「…こっち向いてねないの…?」
少し寂さびしそうな声でスセリは尋ねる。
(…向き直れるならとっくに向いています…。先程のミチヒメを思い出すエシカルンしたせいで…こ、困りました…!)
「…じゃ背中にくっつこっ♪」
そう言って背中からスセリは身を寄よせてきた。
ヤチホコは背中に微かな、しかし確実に存在する心地良く柔らかな感触を感じた。
(…あ、あれ…今まで全く何ともないどころか…むしろ困るような感じがしていましたのに…?)
ヤチホコはますます顔を合わせられなくなってしまった。
恥ずかしさも感じ体を丸めているとスセリが心配そうに声をかけてきた。
「…メライケ寒いの?…これでどう?」
スセリは足を絡めて抱きすくめてきた。ヤチホコは…自身のイレンカヲモヒにより…大脳新皮質だいのうしんひしつ前頭葉ぜんとうよう前頭前野ぜんとうぜんやに情報を送り…辺縁系と密に情報交換し…側坐核そくざかくへ投射されそこから腹側ふくそく淡蒼球たんそうきゅう~視床背内側ししょうはいないそく核かく~前頭前野とフィードバックし、視床腹内側核ふくないそくかくの攻撃行動こうげきこうどう決定細胞けっていさいぼう群ぐんは抑制よくせいされ、信号は迷走神経めいそうしんけいから脊髄神経せきずいしんけいを通り副交感神経ふくこうかんしんけいの骨盤内蔵こつばんないぞう神経より信号が送られ局所的に一酸化窒素いっさんかちっそが放出され、血管閉塞けっかんへいそくを担になう不随意性ふずいいせいの平滑筋へいかつきんが弛緩しかんと共に該当部位がいとうぶいに血液多量流入たりょうりゅうにゅうし収縮時しゅうしゅくじ血圧付近けつあつふきんまで内圧上昇ないあつじょうしょうする。
この状態じょうたいを自覚じかくする事により今度は交感神経こうかんしんけいにも刺激しげきが伝達でんたつされ心拍数しんぱくすうの上昇じょうしょうや顔面紅潮がんめんこうちょうなども見受みうけられ、ある種の状態を呈ていした。
「ス、スセリちゃん…ち、ちょっと…」
「ん?ちょっと、なぁに?」
「い、いやなんでもないです!お、おやすみなさい!暖あたたかいですね!」
変調へんちょうをきたしたままヤチホコはその様に伝えて半なかば強引に眠りにつくことにした。
「う、うん…おやすみ♪」
(…どうしたのでしょうか僕…?触れてもくっついてもアトゥスパはだか見ても…なんともなかったりむしろ見てはいけない…気まずいイレンカを観かんじていたはずのスセリちゃんですのに…エサムペルイルイドキドキするがまったく止まりません…?)
ラム心もケゥエ身体の反応もまったく治おさまらず…アン=フスコトイ長い夜を過ごす事となったヤチホコであった…。
…ヤチホコ、大変ですね…(^-^;
用語説明ですm(__)m
アン=フスコトイ:長い夜…夜+とても長い間→「長い夜」 としました
ヌプル=イタラ:霊力の意味として良く出てくるヌプルですが、「恍惚こうこつとする」という意味もあります。
そこに「状態の維持を表す」itaraイタラを接尾辞としてつけて、恍惚状態としました。
カムイ=トゥス:神降ろし トゥスだけで実はこの意味です♪ 見てわかりやすくするためにあえて神の意味であるカムイとつなげました。
カムイ=アイヌコロ:神を敬う→(高位存在に対して)親愛なる としました。
コヤイユトゥルヌ:昏睡状態になる 意識がもうろうとする→「トランス状態」としました。
キンラ=ピリカ=レカ:神がかり的な美しさだと思う→「艶やかで美しい」としました。
これらは僕の意訳です(^-^;
アン:天(シュメール語)
キ:地(シュメール語)
これらは普通にシュメール語で上記の意味です♪