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第23倭 アリキキノのロルンペとイレンカ

一人では太刀打ちできない相手に対し…

「さぁって…仕切りなおして…いきますっ!」


 ミチヒメはそう言いながら構え直した。


此度(こたび)は我も参戦いたす故…ミカヅチ…覚悟されるが良い…!」


 その言葉に意地悪そうな笑みを浮かべミカヅチが返す。


「あ~ら~ウガヤさま♡ アナタさまはワタシのエラマス(お慕い申します)イレンカ(ヲモヒ)を込めたコレを受け入れまして…喜びのあまりリクン=カント(常世の国)へ旅立たれたいと仰られているのかしら♡?」


「…忍びなき事に…天に輝く織女(しゅくじょ)牽牛(けんぎゅう)が心ならずもペッノカ(星河)に阻まれるが如くとならんが故…!」


 ミカヅチに合わせた返しをこれまた珍しく微笑みながらウガヤは言った。


「…流石このモシリ全てのルーガル()…非の打ち所無き応じ方ですわ…♡ さぁ…それでは…剣のカムイの技と…緋徒(ヒト)の技…天帝のご慈悲の如く一夜の逢瀬(おうせ)に身を焦がしましょう…参りますわ…♡」


 そう言ってミカヅチはウガヤめがけ斬撃を放つも螺旋にうねる槍に難なく弾かれていなされる。


「…!?」


 ミカヅチはありえないことが起きたとばかりに言葉を失った。


「当然の事である。ハイヨクペ(武具)が届くのであるならば、勝負は膂力と技量によるものであろう…!。そなたが剣のカムイならば…我の技は…(あまね)く照らすトカプチュプ=カムイ(太陽神)が如き真なるカムイより賜りしモノ…()くと味わうが良い…!」


(…そうでしたか…これだったのですね!…ウガヤ兄からいつも観じていた…緋徒ならざるフンイキの正体は…カムイの技の使い手故の風格だったのですね…!)


「然らば…いざ尋常に参る…!

 アンペ=ストゥ=アノ(元本の無明)タウキカラ=カムイ=(を斬る大利)イコロ()

 オカ=ライ=サ(生死の)スイシリ=アン(常夜を)=エマッカクル(照らす)=シ=アペヌイ(大灯明)!」


 ウガヤはそう唱えながら突進していった。

 激しい金属音と共にウガヤのイペオプ()とミカヅチが“フツノミタマ”と呼びしトゥケチャロマプ(両刃の剣)がぶつかり合う。


 幾合かの後、互いのハイヨクペ(武具)がぶつかりあって拮抗した瞬間にウガヤは叫んだ。


エポッパ=イ(怨念も罪も)ケスケ=ウェ(悉く皆消滅)ンプリ=アル(せしめると)ステッカ=ポ(誓い我は願)タラ()

 エイタクエチゥ=ウェ(全ての悪神よ)ンカムイ=アルキタレ(皆悉く退散せよ)!」


 とたんミカヅチの身体が急激に鉛の如き重さとなり身動きが取れなくなった!


「な、何ですのこれは!」


ウェンイレンカ(悪想念)に駆られしモノはこの神呪の利益及びし場では身動き叶わぬ!…勝負あり!」


 ウガヤはミカヅチの喉元にイペオプを突き付けそう宣言した。


「…さすがですわ…ウガヤ王…このようにイノンノイタク(神呪)エトゥッカ(発動)できるなんて…!ですが…ワタシのイレンカ…苦しみ…屈辱…こんなモノで…こんなモノで御者の(ふる)う手綱の様にはまいりませんわ…!」


 全身のトゥムを振り絞り剣戟を放とうとするも…ウガヤには目を瞑ったまま緩やかに半歩運足するだけで躱される。


「…その…悪想念(ウェンイレンカ)抱きながらもこの場にて動き叶う事は驚嘆に値するであるが…もはや比武にはなるまい…。再度申し付ける…勝負あり、である…!」


「とどめの撃…ワタシに届くかしら…?さぁどうぞこの逢瀬に終止符を!」


 不敵な笑みを浮かべ自信ありげに言うミカヅチに対しウガヤは僅かな憐憫(れんびん)をも込めて応える。


「…然らば…剣を持てぬ様に…その腕もらい受ける…御免!」


 如何(いか)なミカヅチの細腕とは言えあまりに抵抗感がなさ過ぎた。

 観るとまったく無傷でミカヅチは笑みを浮かべていた。


「どうやらその槍は…逢瀬の幕引きを望んでいないようですわ♡…先の神呪の際にウガヤさま…アナタさまの全てを謀らずも注ぎ込んでしまったようですわ…♪ほーっほっほ♡」


 ウガヤは高笑いを響かせるミカヅチの言にて己のトゥムが完全に尽きている事に気付いた。

 ラムハプル=ヌプル(付与霊呪)してもらい己のトゥムとウカムレ(融合)出来無くば、メル=ストゥ=マェ(輝く根源の力)の使い手たるミカヅチ相手には傷一つつけられないのである。


「…これで良い…!」


「何ですって?」


 ウガヤの言に驚いて反射的にミカヅチも返す。


「アビヒコ!」


「はい!出来ています!」


 その声の主アビヒコ を見やると…途轍(とてつ)もないチカラが籠められている()を…アィエ()を携え限界まで引き絞り此方に狙いを定めている姿が観えた…。


「はぁっ…はぁっ…。へ、へっへ~ん♪(アィエ)にはわたしの力をぜぇ~んぶ籠めているのよ♪」


 元の姿に戻り疲弊してしゃがみ込んでいるミチヒメがそう言った。


「…今度こそ…勝負あり、である…!」


 ()からはウガヤのモノに違いない重厚な力強さ、成程アィエからは鋭く研ぎ澄まされた…ミチヒメ由来と思しきトゥムがそれぞれヌプルと練り上げられメル=ストゥ=マェを纏いし武具(ハイヨクペ)と化しているのを観ずる。


(これは…今のワタシでさえも…ですわね…!)


 背筋に冷たい雫が滴り落ちるのを観じながらミカヅチはそうイレンカ巡らせた。


「…主と御使いの居所を教えてはくれまいか…?あのモノ達も…結局は己が為ウタラのイレンカを集めているにすぎぬ…!其方の…其方等の真の救いたりえはせぬ。会合の場にて証明して進ぜよう…!」


 その言葉を聞いて表情を曇らせてミカヅチが言う。


「何をおっしゃりますの?…ワタシのこのチカラも…主に賜りしモノですわ…!恩恵ならば…既にこの手に授かっておりますわ!そして…このチカラを以てペケレ=ロルンペ(聖なる戦)(おもむ)ける…それこそが…ワタシの…本当の…救い…」


 ミカヅチがそこまで言いかけた所で堪らなくなって割り込む様にミチヒメが言った。


「…もうムリしないで…。それ…本心じゃないでしょ…?だって…ほんとうは…ホントなら戦いたくないでしょ?…苦しみをまぎらわして…目を背けて…その刻だけのラム()の癒しの為…でしょ?」


 ミカヅチは反論できず歯噛みしている。


「いろんなコトから解放された後も戦いが大切なら…自分を高めたり…大切なモノを守ったり…そ~ゆ~刻に思いっきり持てるチカラふるったらイイと思うよ!並のウタラよりも大きく強いチカラを貰った意味を…すっごく感じられると思うよ…!」


 ミチヒメは過去の…そして今の自分に対しても伝える様にそう言った。


「この…神呪は…ワタシの師匠…フツノミタマさまかけしモノ…。同等…もしくはそれ以上の存在でなければ解呪叶いませんわ。…ウガヤ王でも…アナタでも…出来ませんわ…」


 言葉が(ラム)に届いたのか、ミカヅチからまともに答えが返ってきた。


(フツノミタマさまと…同等…もしくはそれ以上の…存在…)


「…おとうさまでしたら…スサノヲさまでしたら…出来ると思います…!」


「ソーだね!とうさまは何でもありだもんね♪」


「お父上…スサの大王…?」


「スサの大王…又の名を…フツシノミタマとも言う。先の話ののフツノミタマは…恐らくはスサノヲ様の行方の知れぬ父君の事であろう…!…カムイに昇り詰められていたとは…!」


 感嘆のイレンカを込めて述べたウガヤの言を聞きヤチホコが言う。


「あ!で、では…僕たちの…エカシ(おじい)さまに師事されていたのですね♪…そうでしたらきっと…ミカヅチさんのイレンカで…自然に解呪出来るのではないでしょうか…?」


 ヤチホコのその言葉を聞き驚いたミカヅチが()くし立てる様に尋ねる。


「それは一体どういう事ですの!?」


 ゆるやかにヤチホコは応える。


「…おとうさまは…意味なく厳しい制限などかけられません…。その父君…僕のエカシさまもきっと…そうだと思います。ですので…大変でも…そのラムの辛さに打ち勝って…己に依って己を御し…信じ…愛し…ホントに好きになって歩んで欲しかったのではないのかな…?と…僕は観じました…♪」


「…ヘカチ(ワッパ)…」


「ヤチホコ、です♪」


 微笑みながらそう言う八千矛へミカヅチも言葉を返す。


「ヤチホコ…。そなたの言いし事…水が高きから低きへ流れる事に近しいかもしれませんわ…。しかしながら…師のイレンカに従うには…ワタシの両の手とトゥケチャロマプは…フレレ=トゥケス=(紅に染まる夕暮れの)ニス()を浴びすぎましたわ…。今となりては後ろから崩れ落ちる吊り橋を渡るが如く…!」


「…なら…イノトゥある限り償っていけばいいじゃない!遅すぎるなんて事は…イレンカ直せれば…きっと…きっとないと思うよ!…それでももしかしたら…許されないかもしれないけど…わたしも…許せないかもしれないけど…あきらめるのは…精一杯してからでも遅くないよ!」


 そう言うのは誰よりもミカヅチを許せないはずであろうミチヒメであった…!


「…ミ、ミチヒメ…さん…」


 そう言った後ミカヅチはしばらく言葉を失いその場で動かなくなり…やがてケゥエ(身体)に纏っていたチカラが…崩れ去るように解けていった。


「…委細承知いたしましたわ…。ご案内させていただきますわ…。しかしながら…今の皆さまは…枯れ井戸の水が尽きるが如くですわ…。…やすらぎの雨を受け溢れんばかりの恵みを携えたのちに詣でるのがよろしいかと思われますわ…」


「…その間に御使いたちと話し合って明日いざ行ってみたら大変なことに…なんてことは無いよね?」


 アビヒコは思い切り(いぶか)し気にそう尋ねた。


「ほほ、ナンサク(信用がない)は詮無き事でございますわ…。しかしながら…実の所申し上げますと…ワタシがエイタクエチウ(祈りを捧げ願う)いたしますれば瞬く間にもご降臨なさりますの…。今…この場にワタシしかいない事を以てご安心していただければと思いますがいかがなものでございましょう…?」


「…アビヒコ…アィエ()を…納めて良い…。このミカヅチからは最早ロルンペ(戦い)のイレンカ観じぬ…。先のミチヒメのイタク(言の葉)…イレンカ…少なからず届いたと観える」


 ウガヤのイタクに納得してアビヒコも応える。


「ウガヤさま…わかりました…。明日までみんなで休みます…。…ミカヅチは…どうします?」


「…では…トゥケチャロマプを預かり受けよう。それならば得心(とくしん)が行くであろうアビヒコよ?」


 そう言われたアビヒコは大きく頷いて再度応える。


「わかりました。じゃぁ…ミカヅチ…明日またここでまっているからね」


「ほほ、かしこまりましたわ。…それでは…今夜はゆるりと羽を伸ばされて下さいまし…。ワタシもこれにて…ごきげんよろしゅう…」


 ミカヅチは(うやうや)しく一礼した後、遥か上空へ跳躍し飛び去っていった。


「いっちゃったね…。でもぼくはまだ信じていない…!」


「我も…スサの大王の父君たるフツノミタマ様のイレンカ汲めばこそである…」


 アビヒコとウガヤの言葉を聞いた上でミチヒメは言った。


「…そのイレンカも…よくわかるよ…。でもね、わたし…自分でも信じられないんだけど…何となく…大丈夫な気が…するのよね…」


「そうですね!僕もそう思います♪…もしも万が一があったとしても、トゥケチャロマプは預かりましたし、アビヒコのアィエには勝てませんでしょからね♪」


 ミチヒメに賛同する様に…そして例によって楽観的にヤチホコは言った。


 苦笑してアビヒコが答える。


「いちど解いてしまったら今日はもう出来ないよ、ヌプルもう残ってないからね」


「我も先の神呪は休息による回復が必要故…裏切られし刻は…危うきであるな…」


「え、えぇ!?…えぇと…まぁ…そ、その刻は僕が…何とか…します…」


 しどろもどろながら応えるヤチホコの首に腕を絡めると言うよりはそっ首締め上げてスセリは言う。


「その刻はその刻!ヤチ!今はしっかり休むよ!」


「あ、は、はい…」


 一同の懸念と不安を他所にその夜は何事も無く、平和に朝を迎えられた…。


用語説明ですm(__)m

アリキキノ:一生懸命

ロルンペ:戦う

イレンカ:思い、ヲモヒ


アイヌ語です。


星河:天の川、銀河

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