第14倭 パセ=コル=モシリの国内城へ
朝を迎え準備にとりかかっています…
あくる朝、団欒の間に全員集い、出発の準備をしていると、アビヒコが何やらよろめきながら荷造りをしている…。
「イワンケノ=アンナ?あれ…アビヒコ…どうしたのです…?」
ヤチホコが朝の挨拶と共に話しかけると…隅の方に連れていかれ小声で耳打ちして理由を聞かされた…。
「…あ!…それは…大変でしたね…でも…良かったですね♪」
「まーね…でもさ…仕方ないんだけどまったく相手にされていないんだよ…」
「…これからですよ!だってアビヒコすごいじゃないですか…!」
ヤチホコは先日を思い出しヲモヒのまま伝えた。
「そ、そうかな…?…いつかミチヒメよりも…すごくなってきっと…!」
「…きっと…なぁに?」
二人はサムペが飛び出そうに驚いた。
(あ、あいかわらずこちらのトゥムの網をすり抜けてきますね…!)
話しかけたままきょとんとした顔でミチヒメはアビヒコを見つめている…またもや無防備な格好で…!
(…これは…アビヒコでなくても大変ですよね…♪)
ヤチホコもアビヒコ一緒になって目に入るなだらかで美しい双丘を眺めてしまった…。
「ハイハイ!もぅ~さっさと準備する!」
スセリはエプトゥトゥ気味にヤチホコの手をつかみ引きずっていった…。
「確かにミチヒメさんはステキだケド…見たいなら…ボ、ボクのも…見て!」
少し頬を紅潮させつつも勢い良く衣をめくりあげた…!
「わわわ!ス、スセリちゃん…!一体何を…!」
ヤチホコは驚いて一瞬見るもすぐさまあのススウシの刻を思い出し、慌てて目をそらしながらそう言った。
アビヒコは当然釘付けである…。
「さぁ…カチリケするのはその辺りにして、そろそろ出発の時であるぞ…?」
ウガヤが穏やかに諭すと皆我に返り手早くシピネを済ませヤレパチプに乗り込む。
今回も以前同様ヤチホコ達がイヅモへ向かった刻の比ではない速度で進んでいる。
ウガヤのトゥムは今の彼らと比べそれ程の差があると言う事であろう。
「…この調子ならば…数刻で到着するであろう。それまでしばし寛ぐが良い。」
ヤチホコは自分たちがまだまだな事をまたもや痛感させられていた。
(あの刻…イヅモヘ向かう刻…大分速く…強くなった…そう思いましたが…)
現状の事実を受け入れて言われた通り寛いでいると…はるか遠くに城壁が見えてきた。
目的地であるパセ=コル=モシリとの境である。
(…思えばすんなりと中に入れるモノなのでしょうか…?)
ヤチホコが素朴な疑問を抱いているうちに…船は門に到着した…。
「…何モノだ?…許可があるならば見せよ!」
守望者に言われウガヤは書状を広げて見せた。
「こ、これは失礼つかまつった!どうぞお通り下され…!」
急に畏まった態度になって丁重に通された…。
「…ウガヤ兄…一体何を見せたのですか…?」
「この地の全権を任命されている帝からの証である…もちろんすべての地への通行許可も兼ねておる」
どうやら楽浪郡の将軍を兼任するウガヤ兄は…上伽耶だけでなく、帝よりこの辺りすべての統治権を与えられているそうです…。
「…あれ?では楽浪郡太守崔理さまよりも…?」
「…うむ。楽浪郡の統治を任せている故敬意を払っておる…。パセ=コル=モシリとも繋がりあるモノでもあるからな」
ようはこの土地…島の王がウガヤ兄の様です…。
なんか色々と納得しました…。しかし…ここパセ=コル=モシリは…?
「このクニは完全に帝の傘下に入ったわけではない…。…多数の部族の連合故…中には他のクニを攻めて領土を広げようとしているモノもいる。特にオロチ族住まうモシリは痩せた土地が多い為、肥沃な地を求めている訳である…。最近なりをひそめていたであるが…」
その様に話している内にモシリの中枢となる建物が見えてきた。
「さて…如何様な言が出るであるか…」
このパセ=コル=モシリの首都、国内城は長大な城壁に囲まれた今でいう城塞都市である。
ここより北すべて領土であるが…冷涼な気候に加え、眼前に広がるは荒野ばかりであった…。
(た、確かにここでは採取も…ましてやトイオルンペなんて…難しいですよね…)
広大な荒野を眺めながらヤチホコはそう思った。
「…作物の為寒さを防ごうとすれば…トカプチュプも防いでしまい中々に難儀である…。」
「う~ん…光だけすり抜ける布なんてあればいいのにね~!」
ミチヒメの何気ない一言にアビヒコが反応して感心した様に応えた。
「なるほど!…帰ったらとうさんに聞いてみよう!」
「もしも可能であるならば…オロチ族も他のモシリの略奪をする必要がなくなり…すべてのモノが平和になる有効な手立てとなるやもしれぬ…!」
そうこう話している内に国内城に到着した。
「…参ろう!」
ウガヤに先導され一同少し緊張した面持ちで門へ向かう。
(ミチヒメ…もし…いても…落ち着いてね…)
(わかってるよ…今日は話に来たものね…!)
アビヒコの言に軽く頷きながらミチヒメは応えた。
守望者に許可をもらい立派な門を潜ると長大な石段が続き、その奥に荘厳な宮殿が聳え立っていた。
宮殿の門を潜り中へ進むと…広く直線的で立派な造りの通りを…両脇に立ち並ぶ相当数の兵士を横目に歩いていく…。
(なぁんかすっごく用心深いね~。…アイツ…ミカヅチは…?)
ミチヒメがその様にヲモヒ抱きながら歩いていると…謁見の間らしき大広間への門が見えた。
門を通り最奥上段部…玉座を見やると…王にしなだれかかるモノが…ミカヅチである…!
「これはこれは…上伽耶王…よくぞ参られた!ささ、近くへ…」
ウガヤ兄は大きい。それこそ並外れて…です。大げさではなくて僕の倍はあります。
僕ら緋徒やウタラはここまで大きくないはずですが…?
「ここではない異なる世界に住みし刻、ケゥエも能力も今のウタラのそれとは次元を隔絶したモノであった…」
おとうさま…ハヤスサノヲの言の葉がふと頭をよぎりました。
(昔は…もっと大きく…凄い…だったのでしょうか…?)
ウガヤ兄…代々続く王名…「ウガヤフキアエズ」を襲名したので…一つのモシリの王でもありましたね。
対する神聖城国の…国祖王さまは…トゥムも…体格的にも…ごく普通のウタラですね。
何やら興奮気味で今すぐにでも話しがしたくて仕方ないのが見て取れます…。
玉座の前の円卓にいそいそと降りてきてヤチホコ達にも座るよう促すと…
堰を切ったように喋り始めた…。
「聞いておくれ上伽耶王よ、何やらな…とうとう真なるカムイを…崇めるべき神聖なる存在を得たのだ!万物の創造主とその御使いがこのクニに降臨したのである!…とオロチ族が申し出ておってな…」
オロチ族の大義名分について説明しはじめた。
「…なるほど…それが真実であるならばすばらしき事である…が、他のクニを攻めて良い理由とはなり得ぬと思うが?」
「…主の御名の元行う…ペケレ=ロルンペなのだ…と。全てのクニを主の元にまとめし刻こそこの世に真の楽園が再臨すると…そう言って憚らないのである…!」
ウガヤはつとめて静かに話を聞き、心の深淵にある燃え盛る怒りを抑えながら再度問う。
「…主の元に統一されたコタン…モシリは…真なる幸せが訪れる…それが信頼に値する故に静観している…王は…その様に判断なされていると言う事で…あるな…?」
「そこに関しては信じざるを得ぬのである…!余も…この目でしかと観たのだ…!痩せた北の大地に穂が実り…枯れた井戸に水が湧き出るのを…!…前回彼らが信奉していたカムイとは…モノが…確実に違う…そう観じた故である…」
「その前回…信奉するモノに責を転嫁した上で…他のモシリを滅ぼすまでの侵略を…王よ…そなたも止めもせずにオロチ族に好きにさせた事…よもやお忘れではありませぬな…?」
それは静かにはじまり…やがて加速度的に纏う空気が…気配が変貌していく…!
彼を中心に螺旋状に突風が巻き起こって吹き上がる…!
周りのモノすべて吹き飛ばさん勢いである。
腰かけた椅子ごと国祖王は後方に押しやられていた。
吹きすさぶ暴風の中平然と佇むモノが二人…ミカヅチとミチヒメであった。
ミチヒメはミカヅチを見据え、一瞥した後音も無くウガヤの背後に回り、そっとその首を抱きしめて言った。
「…ありがとうアチャポ…。そのイレンカだけでじゅーぶんよ♪」
(あら…この前よりも…迅いですわね…♪)
ミカヅチの端正な顔が笑みを携えたまま微かに歪むのが伺えた。
「よ、余にすら観ずる程の覇気…如何様なおつもりであるか…!」
「我の質問に応えておらぬであるな…!先達の件…忘れておらぬであろうな…!」
先程の解りやすいトゥムの放出ではなく…今度のは…ラマトゥまで響く恐怖が身体を貫いた…!
並の緋徒…もしくはウタラなら身動き一つとれないどころか気を失うかもしれない…その圧の中…必死に強くイレンカ込めて国祖王は応えた。
「も…もちろんであるとも…!かの戦は心底悔いておる…故に…今回は…主の御教えに従い…いらぬ殺生は厳しく禁じ控えているはずである…!」
そこまで言い終えると…あの恐ろしい圧力から解放された。
安堵と共に大きく息を吸い込みよろける様に椅子に身体を預けた。
「…そこなミカヅチなるモノ…我がナ・ラのイトムコカヌ=モシリを襲撃、蹂躙したことについては如何様にお応えになるつもりであるか?」
一同驚愕の面持ちでウガヤを見やった。
どうやらあの刻の遭遇は…その…帰りの事だったようである…。
(なんということでしょうか…!あの…タカ兄が…!)
ヤチホコは自分ではまったく太刀打ちできなかったタカヒコがやられたことを知り愕然とした。
「…今のユプニスパケが…アンタなんかに負けるわけはない!ミカヅチ!一体何したのよ!」
国祖王は背筋の凍るヲモヒでミカヅチを見やると…薄笑いを浮かべながら平然と答え始めた。
「あら、主の御教えとその霊験の灼たかさをお伝えしたまでの事ですわ♪ほほ♪」
ミカヅチはまるで気に病む事も臆することもなくそう言い放った。
一行を緩やかに静止し、ウガヤは表情を変えることなく問いかけた。
「…信奉せねば滅ぼす…そう言うのであるならば…それは主の名を借りたただの侵略であるぞ…?」
「信じてくれないアノ方のイラムコイキが悪いのですわ、ほほ♪」
ミカヅチの美しい容姿に躊躇し、力を出す前に両肘をホメルさせられ自分のモシリを攻められたタカヒコに非があると言うのであった…。
「…確かにモシリを治め守るラメトコとしては正しき振る舞いとは言えぬであろうが…ヲノコとしてはあながち間違いとも言えぬであるな…。ミカヅチ…その方…メノコであろう?」
その言葉と共にミカヅチの顔に浮かんでいた薄ら笑いがすぅっと消え、強くウガヤをにらみつけ言い放つ。
「…メノコである前に…ワタシは…ワタシも…一人のラメトコですわ!断じてただのメノコでは…ありません…わっ!」
ミカヅチは逆上気味に一足飛びに切りかかってきた!ウガヤは冷静に受け止めようとするも、信じ難い膂力によって片膝をつかされた。
「ここは主の御座す聖なる地…この地にてワタシに敵うモノなどいやしませんわ!」
どうやら何らかの加護が働いているらしく、ミカヅチは以前海上で遭遇した時と段違いの強さを誇っていた。
(…迅く重く…強い…!あれはわたしじゃ受け止められなかった…!)
ミチヒメは冷たい雫がこめかみから頬を伝って流れるのを感じながらそう思った。
「皆…離れているが良い…我のみで相手仕る…!」
ウガヤはその様に言って皆に離れるよう合図を送った。
ウガヤとミカヅチがはからずも戦う事に…