第108倭 ヤチホコのマク=ケ=サム=ア(決意)
試練超えしカンナは、向津日霊女に呼ばれ……。
「カンナさん、よく乗り超えられました……! 恐らくわたくしと同様の事が可能になられたと思います。こちらでお試し下さい……!」
カンナは拱手し八卦図よりこちらへと駆け寄ってきた。
「パセトゥスクルさまありがとうございま……! ええっ? 私がパセトゥスクルさまと同じ事が出来る様に……ですか……?」
「ええ。今この場で、八卦を展開してみて下さい……!」
「八卦図の外のここで? わかりました! やってみます!」
カンナは言われた通りその場で神呪を唱え始めた。
「……チ=オカイ=マェ カ=ソモ=ネ……八卦発動……! きゃっ!」
カンナの掛け声と同時に足元に八卦図が展開していく。
「カンナさんそれを自分の周囲のみに留めるのです!」
「は、はい! 自分の周囲……。……。……。……!」
とたんすぅっと八卦図縮まっていき、太極円がカンナの肩幅くらいに収まった。
「で、出来ました! が、この状態、ものすごく集中していないといけません!」
「そのまま乾のチカラを引き出し、貴女の名の下に、シンノ・レを……真の姿をカムイ=エウンさせるよう唱えてみて下さい!」
「私の名の下に、シンノ・レを……。……。……! やってみます! 我、カンナ=サㇻ=トゥィエムスの名において願う! 『アメノオハバリ』よ! カムイ=エウンしその姿示し給え!」
そうカンナが呪を唱えると、身体が正中線に沿って裂ける様に光が溢れ出した!
「あぁ! あ、熱い! ナ、ナニカが、私の中から……出てきます!」
そう言いながら衣を開けてカンナは身悶えしている。
「き、来ます! あ、あぁ! 今! ~っ!」
半裸になったカンナの胸元の光る裂け目より冷たく煌く鋭い刃物が顕れた!
「ああ! あれはエムスです! それも物凄く立派な!」
「ホント! いつも目にするモノとは全くちがう。それこそイリチやマニィちゃんのよ~なチカラが、宿っているのを観じるわ!」
「――んくぅっ!」
刀は途中までゆっくりと姿を覗かせた後、勢いよく上空へ飛び出した! 観るとカンナの身体には傷一つない。肉体が裂けた訳ではない様である。
「こ、これはまさか!」
「左様でございます。カンナさん、貴女のヤィコ・トゥィマでの真なる姿、カムイ=イコロ・エムス、『アメノオハバリ』です!」
「カムイ=イコロ・エムス! アメノ……オハバリ! それはあちらのモシリでのカンナさんの……」
「そうです……あちらでのシンノ・レ。一字違うようですがほぼ同義です! しかし私自身がエウンヤィカㇻせずに顕せるとは、思ってもみませんでし――っ! あぁ! くっ!」
一瞬会話に気がそれた瞬間八卦が大きく揺らめいた。
「カンナさん、再度立て直しを!」
カンナは言われた通り集中しなおした。八卦図はふたたび落ち着きを取り戻し、刀も安定して宙に制止した。
「よく頑張られています。 そのままわたくしへ、チカラを譲渡するように呪を唱えられて下さい!」
「はい! 我がチカラ、パセトゥスクルさまに委ねます!」
その呪に反応し、刀は大日霊女こと向津日霊女の元へ向かっていった。ヤチホコがそっと横から赤子を受け取る。刀を両手でしっかりと把持し、向津日霊女が言う。
「ミチヒメさん、全力で撃ち込まれてみて下さい!」
「ぜ、全力です、か? はい! じゃぁみんな、行くよ!」
そう言うとミチヒメは再び例の姿へ変貌した。
「本来なら、剣を遣うヤチホコや、あなたに試して頂く処なのですが……」
「僕のヤィコ・トゥィマの関係、ですよね? まだ危ういという事ですね? アレと僕が触れ合うのは」
「その通りです。故に今はミチヒメさんに」
「わかりました。 今後もそのことは覚えておきます」
「よろしく頼みます。それでは久々に試し合い、参りましょう!」
向津日霊女はそう言って軽く歩き始めたかと思うと瞬時にミチヒメの眼前に顕れた!
「――っ! 迅! くぅっ!」
顕れたと同時に鋭い斬撃! 間一髪ミチヒメは半身に翻り躱す。
「――危なかった! なんてムダのない、これが……」
「そうトラ! まさにカムイ=エイキトラ! オマエはまだ、『アノ技』しかこの境涯に達してないトラ!」
「ここにはヒメちゃんもいないから、今の私たちが出来る限界で迎え撃つ!」
「以観之眼発動状態攻防、紙一重生存可能!」
「オッケ~玄武! よぉっし!」
「我のワッカと……」
「玄武之地属性以防御使用」
「攻めはオレサマのレラと……」
「わたくしめのアペでございますわね!」
「よぉっし、じゃぁ行くよ!」
今度はミチヒメが瞬時に間合いを詰める!
(――迅き!)
「いやぁっ! 虎爪斬!」
ミチヒメは普段めったに遣わぬ、属性の氣力纏いし技を放った!
「坤地柱……!」
向津日霊女の掛け声と共に、二人の間が瞬く間に土柱で埋め尽くされた!
「うわっ! おかあさまになんて技っ――そんな!」
「一歩届きませんでしたね。 こちらも参ります。 乾・天・斬!」
大上段に構えたアメノオハバリへ八卦・乾の属性、天が顕す空の氣力を徹し斬撃として放った!
「なんじゃトラ~!」
「水龍神瀑布!」
「甲殻岩石廊!」
青龍と玄武が同時に叫んで技を放つ!
「連弾技! 天峰絶壁海龍防波!!!」
凄まじい斬撃が襲い掛かるも、二柱の合わせ技で辛うじて防ぐ!
「す、すごい! この中にいるわたしにまで、かなり衝撃が来たわ! これは――いくしかない!」
意を決した表情でミチヒメは叫ぶ!
「チ=オカイ=マェ カ=ソモ=ネ……いっけぇ~! 八卦発動! そして……全八卦を発動するわ!」
「わ~エパタイだトラ~! それはまだ何にも教えも受けていないトラ~!」
「たぶんこれしかない、これがあのエムスを持つパセトゥスクルさまに通じる唯一の方法!」
「――そこまでです! ノカントゥスクル、いえ、カンナさんがチカラ尽きてしまいました」
観ると向津日霊女の手にあの大剣はなく、カンナは屋敷近くでぐったりとして倒れていた。
「はぁっはぁっ……。はっ! 試し合い……終わり……?」
「そうです。カンナさんの持つチカラ、お見せしようとしただけでしたのに、思わずイレンカ籠めてしまいましたね。どうやらそれだけの相手とわたくしも観じてしまった様です」
「――はぁっ、ふぅ……。それは、光栄です! ケド、パセトゥスクルさまのアレ、間違いなくヒメちゃんのチカラ受け入れた刻のわたしと同じ境涯、そう観じました!」
「左様でございましたか。本来のわたくしではそこまでは至りません。ですが、アメノオハバリとチカラ合わせ練り上げる事により、大分高めて放てたのでしょう」
少しひきつらせた表情で苦笑いしながらミチヒメは応える。
「大分と言いますか、この子たちの全力でも防ぎきれませんでしたよ……。あんな斬撃、ホンキのこの子たちでも出せないかも!」
その言の葉に頷いて穏やかに向津日霊女が応える。
「ミチヒメさん、あなたがこの八卦極め、ヒメと合わせ放つ刻――カムイを超越せしモノにさえ届く業となりましょう!」
驚きと共に確信を浮かべてミチヒメは応える。
「ヒメちゃんとわたしって、やっぱりトクベツなカンケ~なのね♪」
「ええ、いずれ解ると思いますが、互いに誰よりも近しき同士と言えましょう」
屋敷の前で倒れ込んでいたカンナの手が、ぴくりと動き、少し身震いしたかと思うとゆっくりと目を覚ます。
「う……ん。は! わ、私は一体? アミㇷ゚が、はだけ――きゃっヤチホコさん、そんなに観ないで下さい~!」
「え! あ、その、心配して駈け寄りましたが、無事なようでしたので、安心して見惚れちゃいました♪」
「ずいっぶんレイセ~ね! そしてナニを観ていたって言ったのかな~?」
「えとえとあのその、む、むぎゅぎゅ……」
弁解の間もなくヤチホコはミチヒメに両の頬をつねられてしまった。
(ミ、ミチヒメは、怒った刻の方が――迅いです!)
「パセトゥスクルさま! あのエムス、アメノオハバリは?」
穏やかに安心させるような口調で向津日霊女は応える。
「あれは……貴女のチカラ尽きし刻、貴女の中へと還っていきました」
「私の、中?」
「八卦を以って貴女に眠りしチカラを、御せる形にカムイ=エウンさせたモノ、それこそが先のアメノオハバリです!」
「そうでしたか。しかしアレは、とても独りでは御しきれる自信はありません!」
向津日霊女は、真摯にカンナの言を聴き、頷いて徐に懐より首飾りの様なモノを取り出す。
「そこでこれです。純陀に密かに頼み、造って頂いたモノです!」
観ると、見慣れた八卦図バーグァトゥを刻印し、そのまま小さくしたモノである。
「これは、八卦を模した……レクトゥンペでしょうか?」
カンナは手にとり、じっくり眺めてそう応えた。
「へぇ~良く出来ていますね! 八卦図すべてがキチンと刻印されていますね♪」
そのヤチホコの言に対し向津日霊女は、微笑みを浮かべ、やさしく首を横に振り応える。
「これは飾りでも、模したモノでもなく――八卦そのモノです! これを身に着けて八卦を解放せし刻、イレンカのままに出ずるチカラ御しきれます!」
「――それではさっきのアレも?」
「ええ! これを遣わずにあそこまでカムイ=エウン出来ましたので、必ずやあのアメノオハバリ、御しきれる事でしょう!」
「ありがとうございます! 何から何まで本当に!」
「貴女の努力と、イレンカの賜物です。誇って下さい」
「――は、はい!」
カンナは喜びのヲモヒを満面に浮かべ、八卦の首飾りを丁重に受け取った。感極まりし故か、その眼から、喜びが大量の滴となり頬を伝い流れ落ちていく。
「良かったですねカンナさん♪」
「ヤチホコさん――ありがとうございます! この八卦のレクトゥンペと共にでしたら、ゼストさんを助けられそうです!」
「あのチカラ、ちゃぁんとカムイ=エウン出来たら、カムイに届きますよ! さっすが、カンナ=サㇻ=トゥィエムスさんね!」
「ミチヒメさんありがとうございます! 私自身がエムスにならなくても、この様な方法で、ヤィコ・トゥィマのチカラを御せるとは! とても、とっても良きです!」
優しく頷いていた向津日霊女は、ヤチホコ達へ向き直ると険しい表情で話し出した。
「――二人は、カンナさんよりも、ずっと辛く、苛酷となりましょう。ヤチホコ、ミチヒメさん、それでも挑まれますか?」
「あ、は、はい! このチカラの素晴らしさと凄まじさは、この幾何かの刻でも大いに実感しています! ヤィコ・トゥィマも、知らない過去があったとしても、全部自分だと――受け入れてみせます!」
「たとえ、耐え難く、許し難き事が待ち受けようとも、観ないで、知らないで歩むクスルもあるのですよ……?」
ヤチホコはその言の葉を聞いた途端、何故か全く分からないが、激しく胸が高鳴り、身震いしてうまく動けなくなり、ふり絞るように声を出し尋ねた。
「そ、そんなに……も、ものすごく、た、大変なのでしょうか?」
「ええ……。恐らくはどなたであろうと耐え難きモノであろうかと……」
「う~ん……。」
向津日霊女の言の葉を聞き、うなりながらヤチホコはその場で考え込む。
(そこまで、まだ僕が知らない、大変な事があるのですか……! 前の刻、あのシ=ヤィピㇻのイレンカは凄まじかったですよね……。スセリちゃんと、互いにウコサムペ=ピリカして、やっとの事で耐えて、立ち直れた……それと同等か、それ以上の……。確かにそこまでの辛酸を舐めてまで、僕は何の為にチカラを得んと欲しているのでしょうか……?)
「ヤチホコや……あなたが真に望まぬのでしたら、タアン=ラマトゥはここまで、そう言うクスルもありましょう……」
向津日霊女は、およそ彼女らしからぬ、消極的な言の葉を発し応えてきた。先々の艱難辛苦から護らんばかりに。
「――そうか、そうでしたか! 僕が神威に至らない訳……解ったかもしれません! 僕……目的がありません! 使命も、信念も、護るべきモシリ……いずれはそうなりますが、今はまだまだイレスミチもご健在ですし、錬するのは……僕自身の、『してみたいなぁ』と言う好奇心、そのイレンカしかありませんでした。だからです! 必要十分なチカラは、すでに僕の内に宿っていると思います。でも、遣う僕のイレンカが――境涯が、全く足りませんでした! 僕は……今は止めておきます……! カンナさんの様に、己のすべてと向き合ってでも、チカラを欲す程の強き信念となるイレンカも、ウォラムコテ方へのイレンカも、ありませんでした! 僕はすべてを受け入れるつもりでしたが……信念無きイレンカでは、到底超えられる訳の無い事だと、そうラム=アサムから観じました……!」
滅多に観せない満面の笑みを携えて向津日霊女は応える。
「おっしゃる通りでございます! ア=オマプポ、ヤチホコや、良くぞそのイレンカに至れましたね! 今のあなたは……危険を省みずチカラを得んとする刻ではありません。あなたのその刻には……恐らくウォラムコテな存在すら喪う事も厭わぬマク=ケ=サム=アのイレンカが必要です! 学ぶべき事残りし今は、その刻ではありません」
「はい……。いつか、僕自身の……タアン=ラマトゥの真なる目的、使命、見い出せし刻……すべて喪うマク=ケ=サム=アのイレンカの元、なおチカラ欲せねばならない刻、その刻こそ、挑みに参りますね!」
向津日霊女は大きく頷き、優しく、そして包み込むようにヤチホコを抱きしめた。
「……おかあさま……? あたたかく……厳しく……悲しい……イレンカ?」
「……イレンカは隠せませんね。そうです……。わたくしの知り得る予見へと……イレンカ廻らせると……運命の皮肉さに対し、憤りと悲しみが湧き上がってしまいます……!」
いつになく感情を露わに向津日霊女は応えた。
「ヤチホコや……これから先の……あなたの向かうべきクスルは、想像を絶する壮大さと苛酷さが待ち受けております! 今の健やかな、愛すべきあなたには……大いなる運命を知りしわたくしでさえ……歩ませ難きモノでございます……!」
「……今の、僕には、ですか?」
「ヤィコ・トゥィマのあなたにでしたら、それも因果による運命かと……そのようにお伝えしたかもしれません。しかし、すべてをコヤイラムし、このモシリにやってきたあなたは……とても優しく、愛らしく、健やかなイレンカの持ち主でした……。ここであなたが試練を受けぬ事も、わたくしの知る運命とは異なる流れとなります。それがどの様な結果を導くか、それはわたくしにも解りません。ですが、きっとわたくしの知る先の刻を超えて征く――そう信じます!」
「そっか……ヤチホコくんは今は止めておくんだね。うん、それも良いかも、ね! わたしはヤチホコくんと違う。コタンを、モシリを滅ぼし、すべての災厄を陰で操るあのジェスター! アイツを追う為に! イワン=コカナ=アンを駆け昇れるようになれないとダメなの! だから強くなりたいの!」
「そうでしたか……目的と信念のイレンカがございましたか。でしたら挑まれる意義もありましょう。恐らくは……過去の辛酸を再度味合わされると思いますが、そちらはすでに乗り超えられていますし、問題ないでしょう。万一ヤィコ・トゥィマが出た場合……驚かず……受け入れて頂ければと思います!」
「ヤィコ・トゥィマはオドロイちゃうのですね、わかりました! 覚えておきます!」
意を決し挑まんとヲモヒ廻らせているミチヒメに対し、念を押すように向津日霊女は伝える。
「重ねて申し上げますが……ミチヒメさん、今のあなたこそ、とても素晴らしき存在で、そのラマトゥ自体は誰でもない、貴女自身である事、お忘れなき様に挑まれて下さい!」
「わかりましたぁっ! よぉっし、いっちゃおっかなっ!」
言の葉の如く跳ねる様にミチヒメは八卦図の中央、太極円へと駆けていった。
ヤチホコもミチヒメも、それぞれらしい選択ですね……!
※ムカツヒメ→向津日霊女(字の文):ムカツヒルメ(会話文)としました。
※この倭より記号表記は普通っぽくしてみました(^-^;




