第1倭 時空を超えて
「竜輝」と「楓」は仲の良い双子の中学3年生。
5月の連休前の朝から物語は始まります…
~レラ ア ヤイカラ ペウプンチセ アン イサム
アンペ シ カムイ マゥェ ヘトゥク~
誰かがいた。眼前に揺らめく炎が左右にふたつ、その中央やや奥まった所、薄く透き通るヴェールを隔て宙に浮かぶ青く美しい球体がひとつ。
天井の存在を確認しがたい程ゆとりのある空間の中、視認できるのはそれらだけであった。
大聖堂にも似た荘厳な空間は静寂に包まれ、その中で唯一意思を感じるそのモノは、
思案を重ね無念の決断をせざるを得ない表情でつぶやいた。
「…やはり、やり直さねばならぬか…」
「…すまぬな…」
予兆なしに何モノかが暗闇より浮かび上がる、いや、「生まれ出づる」と言った方が的確か。
「…主の…仰せのままに…」
「…あれ…? 夢だったの…かな…?」
朝の日差しが優しくまぶしく顔にさす。
なにやら耳元からだんだんと聞き慣れた声が入ってきます…。
どうやらその「声」は、大分前から僕にアクセスしようと試みていたようです…。
だんだん覚醒してきました…そう、ここは日本、そして僕は…
…はっと我に返り声の主に視線を傾けますと、そこには馴染みのいつもの顔がのぞいていました。
「…もう~! やっと起きた? 学校いこ!」
「…ごめん! 楓ちゃん! 起きました起きました♪ 準備いたしま~す!」
朝は本当に慌ただしいです。
寝間着を脱ぎ捨てシャツを羽織り学欄の袖に腕を通し、寝癖でぼさぼさの僕の髪に櫛を…入れてもらう(先ほどの女の子…楓ちゃんが言う前にしてくれています)。
創作話の一コマのようですが食パンを頬張り二人駆け足で家を後にします。
大型連休前最後の登校日、お天道様に祝福されたなじみあるいつもの朝でした。
「…間に合うかな~?」
僕は恐らくは大丈夫でしょうと思いつつも併走している楓ちゃんにそう一言投げかけました。
彼女は…僕の双子の姉で才色兼備で容姿端麗な自慢の姉君は、軽く息を弾ませながら少し呆れたように答えてくれました。
「たぶん大丈夫! でもぉどこかの誰かさんがもうすこぉ~し早起きさんなら朝からこんなダッシュしなくても良いと思うんだけどねぇ~?」
「返す言葉もございません。」
そうですそうです、僕も解っておりますとも。
確かに昨日は以前図書館で借りた「古代史」の本をついつい読み耽ってしまい寝るのが遅くなりました!
興に乗ってちょっと夜更かしが過ぎてしまったようです…。
あまりに集中して読み過ぎたからでしょうか…それとも読みながら机に伏せてしまったためでしょうか、何か関連した夢も見たような気が…?
「竜輝! 前見て!」
竜輝と呼ばれた少年は声に反応し瞬間的に身体を捩りながら飛んでかわす。
この辺りは歩道と車道の分かれていない細い道が多く、車も人も自転車も一つの道に混在している。
今もその中の自転車とのご対面であった。
…昨日の夢を思い出そうとしてどうやら視覚がお留守になっていたみたいです…。
後ろで自転車の方に謝る声が聞こえます。少し歩をゆるめて進もっと。
軽やかな足音と共に楓ちゃんが追いついてきました。度々ごめんね。
学校はすぐそこ、時間は…良し、大丈夫!
「何とか間に合ったね♪」
二人で同時に言葉を漏らし、これもまた同時にふ~っと安堵の息をついた。
「さ、いこっ竜輝♪」
二人で門をくぐり学校に向かっていった。
授業も終わり、先生達は会議のため今日は部活もなく早めの帰路につきます。
遅れることもなく授業も受けられてほっと一息でした…。
さぁて…帰ったらまたあの本の続きを読もうかな?…そしてあの夢について…。
そんなさなかに隣からちょっとだけ意地悪く、でも真剣に伝えようとする声が。
思考を見透かされているの!? テレパシー!?
「連休中の宿題、先に終わらせよーね、竜輝♪」
「あ、はい…」
一も二もなく行動が決定されてしまったようです…
もっともそれで困ったことなど一度もなく、いつも助かってばかりでございます、はい。
家に帰ると母さんがおやつ片手に出迎えてくれました。
「お帰りなさい二人とも。これを召し上がりながら励まれてくださいね♪」
母さんはそつがないです…。恐ろしくそつがないです…。総てにおいてそつがないです…。
それこそ人間じゃないんじゃないかと言うくらいにそつがないです…。
断っておくが僕はマザコンありません、が、それでもびっくりするくらいに母さんは綺麗です。
買い物にいくと100人中100人の男性が振り返ります。
中にはそのまま求婚してくる人もいるから恐れ入ります。僕らもそばにいるのにです。
そしてそんな時でもそつなく完璧に相手を傷つけることなく納得させてお断りしています。
その言葉の上手さ…母さんが国語の先生した方が良いんじゃないのでしょうか?
そして母さんはどのような方にも敬意と思いやりを忘れずに応対します。
もちろん僕らにも。こちらが恐れ多くなってしまうくらいです。
料理も派手すぎず味加減も絶妙でどのメニューもそつがないです。
この前のハッシュドビーフなんて洋食店どころか一流レストランで出せる味でしょう!
…というのは言い過ぎでしょうか?
やはり自分の母さんなので贔屓は入るかもしれません…。
そうこうしている内に本日の目標まで宿題終了です♪
「さて、あの本の続きを…」
棚に手を伸ばし本を取ろうとしましたらいきなり風切り音と共に拳!?が飛んできました!
僕の身体は素早く無意識に反応して、攻撃を後上方に反らしながら自然と交差で肘が出ました。
拳の主は素早く体を捻りながら飛びあがって、くるんと後方に宙を切りこちらを見据えて構えています…。
「ふふん♪ 反応良くなったね、竜輝♪」
どうやら今度は中止になった部活をここですると言うことらしいですね…。
ちなみに楓ちゃん…スカート宙返り…外ではしないで下さいね…。
実は僕らの部活は…「武術・武道研究部」と言いまして、古今東西のあらゆる武術・武道を検証、鍛錬してみようと言うモノであります。
僕らの担任でもあり顧問でもある「上伽耶 瀲武」先生は、
どういう経歴なのかまったく不明ですがあらゆる武術の達人なのです…。
主に東洋武術なのですがその錬磨のされ方が尋常じゃありません。
「ヒト」ってこんなに強くなれるモノなのでしょうか?
世に自称達人は多かれど、達人というのはこういう事だろうと問答無用に思わされてしまいます。
体格もおよそ日本人ではないだろうと言うくらいに大きく逞しいです。
それでいて身のこなしは軽量級のボクサーのような疾さです。
繰り出す打撃はトラックを5m程動かします…いや! 本当なんですっ!
廃車になったトラックを知り合いの工場から買い取ってきて、
トラックが壊れないように車の前面に廃タイヤを取り付け、
何枚も布団を重ねてそこにサンドバッグをくくりつけてあります。
サイドブレーキは下げますが…理由は「壊すともったいない」からだそうです、はい。
以前ブレーキかけたまま打撃を放ったら正真正銘の廃車にしてしまったらしいです…。
なんでも「中に浸透させる」撃ち方らしいです。
いつもは表演用に「透さず吹っ飛ばす力」に変えているらしいです。
僕もよくわからないのですが…そうらしいです…。
そして先生、僕達にも定期的にさせているのです。
常識的に考えると動くはずありませんが、動くさまを見せつけられているからでしょうか、動く気になって打つと…僕でもかすかに動いたりします。
そしてもっと信じられないことに、楓ちゃんの方が僕より動かせます!?
力は僕の方が少し強いのに…?
先生の言う、力じゃない「力」をきっと僕より使いこなしているのだと思います…。
そしてその部活で行っている鍛錬に誘っているんですね、楓ちゃん。
う~ん、仕方ありません…では「発勁」しますか!
「ふっ…はぁっ!」
楓はにこっと微笑み、同様の呼吸をとる。
心なしか彼らの周りが薄ぼんやりと光り輝いているかの如くに見える。
そして彼らの動きが明らかに先ほどまでと異なっている。
先ほどに比べるとよほど緩やかに見えるが、力強さはその比ではない。
もの凄い重量物が衝突するような音を出しながら二人は練武を続けている。
彼らが今行っている組み手に見えるモノは、常人ではとても受け止められないモノと伺える。
これを本気の速度で放てば、先ほどの彼らの「先生」についての弁も全く大げさなことではないと頷ける。
「…速い速度で打って試してみたいですね…♪」
「危ないから駄目って先生に言われてるでしょ!」
「はぁい、もちろんしませんよぉ」
竜輝は半分おどけて答えると練武を続ける。
「この平和な日本でこんな事必要ありますかね? こんな「力」本気で打てる相手なんて、それこそ先生位しかいませんよ?」
そんな疑問と不満も入り交じりながらではあるが「竜輝」もひたむきに続ける。
1~2分ほどすると、まず彼の周りの輝きが大きく揺らぎ、消えると同時にもの凄い大量の汗が吹き出た。
「はぁっ…はぁっ…もう駄目です!」
そう言うと竜輝はその場に座り込んでしまった。
少し不満げな表情を見せつつも、すぐに微笑んで楓も構えを解いた。
「まぁ…竜輝も大分持つようになったよね? 私はまだまだ全然物足りないけど、もっともっとして欲しいケド…ね♪」
「最初はもぅ、すぐだったから…もう~って感じで欲求不満だらけだったケドね♪」
「すぐにへばってすみません…」
我ながら女の子より先に力尽きちゃうとは情けない気がしますが、これで精一杯なので仕方ありません…。
「うん、まぁでも良いよ。汗を流して夕食にしよ♪」
…流石の僕も最近になってちょっとまずいと言いますか、変じゃないかなと思うのが我が家の入浴です。
実は…未だに家族全員で一緒に入るのです…。
もっとも我が家、父さんは僕らが小さな頃に亡くなったらしく3人家族ですので…一人は自分の母親だし、もう一人は双子なのでもう一人の自分というか、それこそ他人と思えない、いつも一緒が自然な存在なので本当についこの間まで気が付きませんでしたし、気になりませんでしたが、…普通に考えますと変ですし何よりとても恥ずかしいですよね、これ。
考え方によってはラッキーととれる方ももいらっしゃるかもしれませんが、確かに、僕も男の子なので見えるところが見えればドキッともしますが…それよりも何とも気まずいです、はい。
二人は、何を気にすることなく僕の目の前であられもない姿になりまして、楓ちゃんは僕の手を引いて「さぁいこっ♪」っと微笑むのです。
確かに、僕の家のお風呂はそれこそ温泉施設のように脱衣所も洗い場も浴槽も広いので、空間的ゆとりも手伝って恥ずかしさが薄らいでいるのかもしれません。
…ですが、まだまだ未熟、ですが明らかに僕とは違い、微かに、でも確かに膨らんでいる胸くらい隠して欲しいです…。
とても綺麗で、見とれてしまうし、すごぉくドキドキしてしまいますが、ドキドキしてはいけないような見てはいけないようななんか苦しさ混じりなとても複雑な気分です。
僕が変なのでしょうか?ついこの間まで、それこそ先週まで何ともなかったのですが…。
ずっと一緒で自分の片割れの様な…。
…?何かが頭をかすめる。遠い、ずっと遠い記憶…?
バシャッ!頭上から大量のお湯が!
「さぁ、お姉さんが…してあ・げ・る♪」
「ぐわわわわわ!」
台詞とは裏腹にすさまじい勢いで頭を洗われています!
頭禿げちゃう…いいえ頭が無くなりそうです…。
何か大事なことが頭をよぎった氣もしますがもう今はそれどころじゃありません…生き延びないとです!
そう、楓ちゃんは僕の世話を甲斐甲斐しくするのが大好きらしいのです…こんな勢いと扱いなのですが。
そうこうしている内に身体の方に進撃してきました!
「うわわ!ちょ、ちょっとそこはまず…わ!」
「もう~何言ってるのよ♪ いつもの事じゃない♪ ちゃんと綺麗にしないと駄目だゾ♪」
綺麗になる前に綺麗に無くなってしまいそうです…
こんななのに嬉しかったり反応している自分が恨めしいような情けないような駄目なような、でも喜んでおけばいいのかもう良く解らないです…。
母さんはそんな僕の気持ちを総て見透かしていながらも気付かぬ振りをしているようで少しだけいたずら心を振りまいております。
浴槽に頬杖をついて微笑みながら…少ぉし悪戯っぽい少女のような目でこちらを見て…明らかに「楓」ちゃんとは違う成熟しきった女性の、しかも類い希なるグラビアモデル並の、およそ男の子ならぜっったいに目を逸らすことが出来ないような素晴らしいモノを浴槽の縁にのせてこちらを見ているのです!
視界に入ったとたん固まり、数秒後に頭が真っ白になるほどです!
自分の母さんが何でこんなに綺麗なんでしょうかぁ! と言うか本当に貴女は僕のお母さんなのでしょうか?
不思議なのは楓ちゃんのを見るよりも罪悪感が薄いのです。
どちらかというと純粋にラッキー!ラッキーすぎて耐えられません…と、言う状態です。
…重ねて言いますが僕、マザコンじゃない…はずです。
しかし母さんにしても、こんな風な気持ちはなかったのですが…。
あぁ相変わらず綺麗で凄いですね…とこれくらいにしか意識していなかったのです。
(けど、今は…。)
この気持ちでこの状況は僕の心が耐えられない気がします…。
憔悴しきると言うのはまさに今の僕の精神状態でしょうか?
これがいわゆる「思春期」の男の子の気持ちというモノでしょうか?
正直僕は先週までの方が気楽で良かったです…。
楓ちゃん相変わらず可愛いね♪ 母さんいつも綺麗だね♪
それしか感じないし思わなかったのですが…。嬉しくも苦しいですし何より何か罪悪感が…。
そんな僕にまったく気付かない楓ちゃんと…気付いていながら少しだけそんな僕で遊ぶ様な、何か確認しているような母さんと、浴槽内で目のやり場に困るような嬉しいような苦しい感じでいてでも身体は正直なのもまた悪いような気持ち良いような…と、何しろいろんな感情が溢れ返りすぎて僕の心の許容量不足を招くのが原因だと思います…。
天真爛漫でまったく気付いていない楓ちゃんはあそこもここもあちらもそちらも見せまくりながら浴槽内で無邪気にはしゃいでいますし、母さんは僕をそれこそ生かさず殺さずな感じで悩殺してきます…。
(…こんな時にまでその完璧なそつの無さを発揮しなくても…。)
(う…ん…どうやらそろそろ封も…「時期」かもしれないわね…そして男の子になりましたね…)
最後に母さんはいつも僕らを抱えてしっかり肩まで湯船に浸からせて30数えます。
何とも思わなかったその仕上げが今日は苦行か極楽か良く解らない状態で嬉しくも苦しかったです…。
(…楓ちゃんのでも…柔らかいのですね…後ろから感じる極上のふわふわ様は言うまでもありませんが…)
「さぁあがられてもよろしいですわよ♪」
…とても上がれません…なんだかちょっと切なく悲しくなってきました…。
「竜輝、あがろ♪」
楓ちゃんが最初同様手を引こうとしたのをそっと引き留めて母さんが優しく促します。
「楓ちゃん、先にあがられて冷たいお水用意して頂いてもよろしいでしょうか?」
「あ、は~い!じゃ竜輝先行ってるね♪」
素早く体を拭き髪をタオルで包みバスタオルで身体をくるむと楓ちゃんはキッチンへ向かって行きました。
母さんはとても優しい眼差しでこちらを見つめています…。
「…良いのよ、竜輝。大丈夫です、それで良いのです…。健全な男の子の証拠ですよ。」
そう言いながら優しく抱きしめて僕の顔をその母性に埋めました。
もの凄くドキドキしたけど、それ以上に心が安らいでいくようです…。
胸の奥がすうっと楽になっていくのを感じます…。
「…母さんも嬉しいですわ。こんなすてきな男の子に魅力的だと思っていただけるなんて♪」
凄くドキッ! としましたけど、「あぁ、この気持ちは思って良いことなんだ」と安堵感が僕の心に満ちていきました。
「…あまり苦しいのでしなら…別々にいたしますが…大丈夫です、素直に喜んでもよろしいのですよ…」
そうなのですか? と思い…僕はその安心感の元へおずおずと手を伸ばしてみました。
向こうから導く手がそっと僕の手をつかみ誘われていきました。
竜輝は血圧も心拍数も上昇し口腔内は粘性の唾液が分泌、交感神経優位でまさに興奮状態となった。
してはいけない抑制性の心境ととてもしたいと言う促進性の心境がその胸中で強く交錯しているようであった。
手が触れた瞬間、胸が張り裂けそうな位に鼓動が高鳴り、それと同時に何らかの達成感も強く感じていた。
「そう…大切なヲモヒ抱くヒトの身体に触れるのは、とても尊く素敵な事なのですよ、竜輝…」
母さんは大切なことを伝えるように、諭すように穏やかに僕にそう言いました。
簡単に言うと母さんへの好きがいっぱい溢れた気がしました。
でもこれは好きな女の子への気持ちとは違うみたいです…。
「慈しみ」と言うのが一番近いかもしれません…。
でも身体は凄く反応しているみたいです…。
「その心を持って自分を受け入れてもらい相手を受け入れるのが正しい「契り」です。
そして、例え血の繋がりがあろうと、その心、精神は実は一人一人別々で独立した孤独な存在です。
故に…どの関係にも禁忌などありません。大切なのはどのような心で関わりを持つかと言う事です。
その時に初めて「ヲヲイナルシンリ」から「シンナルカムイノチカラ」が注ぎ込まれ、尊い儀式となるのです。
…今度こそ努々お忘れ無きように…」
そう言い終えると母さんは僕の頭を撫でた後もう一度きゅっと優しく抱きしめて、優しく僕を見つめながら唇をそっと重ねてきました。
僕は何か暖かくそして尊い「力」が流れてくるのを感じました。
「…そう…こう言う事なのです」
母さんは優しく微笑みながらそう言いました。
「さあ、もう上がれるかと思いますが如何かしら?」
優しくそう言うと母さんはそっと僕から離れました。
本当、もう心も身体も何ともありません。ただ…心の奥に優しく暖かい感じだけが残っていました。
入浴後母さんが用意してくれている極上の食事を頂いた後、部屋に戻りました。
「…ねえ竜輝…さっきお風呂でのぼせたりしたの?出てくるの遅かったけど?」
なんて答えるべきでしょうか?楓ちゃんに嘘はつきたくありませんし…。
「…母さんに大事な事を教わっていたんだ」
そのまま伝えてみました。
「なぁに? 大事な事って?」
「う~ん…人と人の関わり方について、ですかね? 正直僕もまだはっきりと解っていないと思います…」
「…そうなんだね。…大切な人は特別に大事にした方が良いよね?」
(え? 話を聞いていたのかな?)
「…私も…私も竜輝の大切な人…だよね?」
いつもとうって変わり神妙そうな面持ちで僕を怖ず怖ずと見つめてきました。
…あ、か、可愛いです…。
またドキドキしてきました。
「ぎゅってして欲しいな…」
「…うん…」
僕はさっき母さんがしてくれたように「慈しみ」を以て楓ちゃんを優しく、でもしっかりと抱きしめました。
それは…心の奥からずっと求めていた何かだと強く感じました…!
僕と楓ちゃんの間で何かがゆっくり、でもしっかりと行き来しているのを感じます…。
そしてさっきのように暖かい「力」が身体の外から流れ込んでくるのも感じます…。
心は穏やかながらあちこちが漲り張り裂けそうになっています…。
「…楓ちゃん…」
張りのある潤んだ唇に目が止まりました。
…さっきのようにしたらまた幸せな気持ちになれるのでしょうか?
僕のことを…期待と…少しだけ不安混じりな表情で楓ちゃんは見つめているようです…。
そしてそのまま楓ちゃんはそっと目を閉じました。
良く解らないけど何故か胸のドキドキが激増してきました…!
その気持ちを…楓ちゃんに伝えてみようと、外にまで聞こえそうなドキドキと共に唇から伝えてみますと…!
「あ…」「あぁ…!」
僕たちは同時に声を漏らしました…同じ事を感じたようです…。
その瞬間に光に包まれて、見る見るうちに輝きを増す光の中で、僕たちも光になってしまったように感じた瞬間…覚えているのはそこまででした…。
「…間に合いましたか…彼の地へ…旅立たれましたね…」
「永く渦巻く旅路の果て、二人に幸あらん事を…」
「…あれは…タカラ…の…かな…?」
朝の日差しが優しくまぶしく顔に射す。
なにやら耳元からだんだんと聞き慣れた声が入ってくる。
どうやらその「声」は、大分前から意思の疎通を試みていたようだ。
だんだん覚醒してくる…そう、ここは…ワの「モシリ=イキリ=ナ・ラ」の「ヲオ・ナ」、そして僕は…
…はっと我に返り声の主に視線を傾けると、そこには馴染みのいつもの顔があった。
「…もう~! ヤチったらやっと起きた? 今日はエ=カムイ=チセ=ネの日だゾ!」
「…ごめん! スセリちゃん! 起きました起きました♪ 準備いたしま~す」
朝のいつものやりとりだった。
アムセトのアマソトキから起きあがり、寝癖でぼさぼさの僕の髪に櫛を…入れてもらう(スセリが言う前にしてくれているようだ)。
ユーカラの一コマのようだが二人急いで駆け下りる。
カリンパニ咲き誇る頃、、トカプチュプ=カムイに祝福されたなじみあるいつもの朝だった。
先行で公開させていただきました地底王国編にも登場したキャラクターの一部と、「ヤチホコ」と「スセリ」がこれからこの世界でお話を繰り広げてまいります。
先行2つの外伝と本編が関係あるのか…?あるならどのように繋がっているのか…?
よろしければお見守りいただければと思いますm(__)m