私は人知を越えるモノに『異世界戻りの既婚TSおっさんがその妻から緑色の紙を叩きつけられるRTA』をやらされているに違いない
興味を持って開いていただいてありがとうございます。
他の連載をしてみたいと思って作成した短編です。
夕日が沈み、人と人の顔が分かりにくくなる。
カラスの鳴く声が近所の公園から響いて、私の安アパートに届く。
耳を澄ますと、カラスの鳴き声はとまり、乾いた足音が安アパートの外から聞こえてきた。
聞き覚えのある音。私は布団に潜り込んで震えた。
カツン、カツンと響く音は段々と大きくなり、やがて小さくなる。
勘違いか、と思ってため息をして布団から這い出ようとすると、カツン、カツンと響く足音はまた私の部屋に近づいてきた。
そして、私の部屋の前で止まった。
チャイムの音が私の部屋に響き渡る。隣の部屋のチャイムだと無理矢理自分自身に言い聞かせて布団を被る
2度、3度とチャイムの音が聞こえ、私は息を殺した。
なんでこんなことになるのだろう、何故あんなところに連れていかれたのだろう、そしてなんでこんな風になってしまったのだろう。
私の破滅の時間は間も無くだ。
チャイムの音は途絶えた。諦めたのだろうかと思ったが玄関の扉からまだ離れていない。
不意にテーブルから音が鳴り響いた。
存在を忘れていた携帯電話だ。
ナンダ、イルジャナイ
ドアに差し込まれる金属音で私は体を震わせた。
カチャリ
ドアチェーンはし忘れた。
いや、運が良かったかもしれない。
ドアチェーンをしていれば確実に家にいると思われる。
でも、していなければ、ただの不在だと思ってくれるかもしれない。
ノシリ、ノシリ
足音はどんどん自分の方へ近づいてくる。
布団の前で止まった。
…………
30年くらい前の日のことだ。
当時私はだらしない体をした薄らハゲの40代のおっさんだった。どこにでもいるつまらないおっさんの一人だ。
仕事休みの日の遅い昼、テーブルに置いた携帯電話を見ながら自炊が面倒だからと適当に作ったカップ麺をすすっていた。
急に部屋が眩しい光に包まれて、気がつけば着の身着のままで森の中に放り出されていた。
40代の私は、訳わかんねー、と思いながら本で読んだりテレビで読んだ程度のサバイバル術で数週間森を彷徨い、まもなく死ぬかもと思っていた頃に、金髪で耳の長い部族に囲まれて弓を向けられた。ファンタジー小説とか漫画やアニメに出てくる典型的オーク弱点的生命体美男美女のエルフだった。
エルフたちは明らかに武装のない、元からボロボロだったけれどもさらに拍車がかかったユニクロの部屋着姿の私に不審に思いながら、後ろ手に縄をつけた。
話しかけてくる言葉は何故か理解できた。でも、口の形と聞こえてくる音は違うような感じがした。
エルフの集落には電気ガス水道は無かった。日本には当然あるライフラインがなく、衛生面だとか、利便性とかマジでやばい。
ログハウス状の明らかな木造住宅が何戸かあり、そこでエルフは集団生活していた。
憲兵と思われるエルフにスパイか何かの容疑で問い詰められている時に私は意識が飛んだ。別に何かの攻撃を受けたわけではない、疲労困ぱいで倒れただけだ。
その後、エルフの集落の中で異物として扱われながらも、現代日本で培った空気を読む力で乗り切った。
しかし、寿命だけは乗り切れなかった。
異邦の土地で、衛生環境もよろしくない。馴染みのある食物はない。慣れてない狩りや、慣れない魔法にも本当に疲れた。
私は奇跡的に70歳くらいの爺になるまで生き延びた。
生き延びたのは、日本に残っている妻や子供たちにもう一度会うため。世界を超える魔法がきっとあるに違いないと思って勉強をしても、もとより魔法を使ってこなかった人間には到底理解に苦しむ世界の話だし、エルフも魔法の極意を教えてくれるほど私を信用しているわけではなかった。ほとんど独学で、何代も培ってきたエルフの魔法の極意を超える魔法を使えるようになるとか、普通ありえん。
約30年の月日は僕の体に深刻な老化を与えた。周りのエルフはほとんど顔つきが変わらなかった。
あいつら300年くらい生きるらしい。くそエルフどもめ。いつか日本に帰ったら薄い本に書きまくってやる。そうだな、私の性癖で集めていたTS系の薄い本の刑だ。男がTSして女性にわからせられる系にしてやる。TSされて無理矢理触手攻めもいい。ぬめぬめした触手、タコみたいな触手、ホイミスライムの黄色の末端みたいな触手……いい、やってやる、あのエルフに薄い本で復讐だ。
そんなわけで、私はそんなくだらない妬みと愛する妻と子供たちのために日本に帰ることをいつも願っていたが、寿命には勝てなかったわけだ。
寝ていると、息苦しくなり、どんどん熱が体の末端から消えていく感じがあった。
もう限界なのだろう、と思い口惜しさで涙を流した。
瞼を閉じると、私には不釣り合いの美人の妻が微笑みかけた。
白い世界に二人のスーツ姿の男性がおり、私に対して土下座していた。
「大変申し訳ございませんでした」
床に額をこすりつけていた男性は隣の男性の土下座が甘いと思ったようで、さらに後頭部を手で床に擦り付けた。きっと、擦り付けている方は上役なのだろう。でも、なんで謝られているのかわからない。
すると、上役様の人は慌てて私に、
「私は異世界転移等にかかる補償をしている会社のもので、こちらの方は用件があって異世界転移を担当したものになります」
彼らの説明を聞くと、要するに本来異世界転移をするための魔法によって、目的の人は無事転移できたけど、その魔法に歪みがあって、私がその歪みによって同じ異世界へ、しかも変なところへ無理矢理転移させられたということだった。
まあ、運が良く異世界の言葉が自動翻訳されるという能力は付加されたようだった。
残念ながら、異世界転移を担当した彼は、その歪みに気が付いて後の転移については修正したものの、私同様に歪みで飛ばされた多くの人については知らぬ存ぜぬ、で突き通していた。しかし、異世界転移をして別世界を救ったら戻ってこれる系の人と協力して『歪みで飛ばされた人』が一緒に目的を達成して帰ってきた。その際に異世界転移から戻ってきた場合の褒章等をするものに、その歪みによる被害が暴露されたとのことだった。
それで、他の『歪みで飛ばされた人』を救出及び補償するために彼らが働いているということだった。
私にやらかした異世界転移をしたものの頭が床から少し高くなったのか、補償会社の人はさらに手で床に叩きつけた。床には血がたらたらとあふれてきている。
「あなた様にはとてもご迷惑をおかけしました。できるだけ早く救出したかったのですが、何せ人数が多く簡単には把握できませんでした。あなた様の寿命が尽きたころに私が気づき、この仮の白い世界へ連れて今に至ります」
私はやはり死んでいたらしい。
体を見ようとしてもぼんやりしていて、はっきりしなかった。
結局、妻や子供の元には帰れなかったのか。
「そういうわけでしてね、私の会社である補償会社は出来る限り、あなた様の心情に乗っ取って補償をします。もちろん、これ以上のことはできない、というものもありますが、本来あなた様が享受すべきだったものを得られなかった、慣れない世界でのあなた様の苦しい年月を鑑みてできる限りの補償をします」
補償会社の人はまた床に頭を擦り付けて土下座をした。
多分この人たちは神様というか、人間では理解できない高次元の何かなのだろう。そんなものでなければ、世界から世界へ人を飛ばしたり戻したりだなんてことはできない。
私の目の前にいる二人も、私の元いた世界の基準に見合わせた格好をしており、スーツのズボンにはビシッとプレスされた跡があった。文化に合わせた態度を見せているだけなのだろう。
してくれると言った補償に対して、とんでもない補償を申し立てれば、恐らく私は『見つからなかった』として処分されるかもしれない。
エルフの里でもあった。言葉にない、雰囲気を感じ取らないと、死ぬというタイミングとか、血祭りにあげられるタイミングだ。出来ることならば沈黙を保持、仕方なく言葉を選ぶ時は慎重に。
とにかく、言動に気を付けよう。
補償会社の人の顔は見えないのに口の先が吊り上がるように見えた。
きっと、私の心の声もすべて聞こえているのだ。エルフが人知を超えたものたちに置き換わった。仮に私が補償を受ける側だとしても、そういうことだろう。
「どのような補償をお求めになりますか」
さて、補償会社の人から言われても思いつくものは、
『元の世界に戻りたい』
ということくらいしかない。
考えればきっとたくさん出てくるのだろうけど、下手なことを考えるとただ消されるだけだと思う。
最小限度であれば、
『異世界に飛ばされて直ぐの世界に戻りたい』
というものだろうか。
補償会社の彼は少し驚いたように
「たったそれだけですか」
と言った。やはり心の声は丸聞こえだった。
「異世界で得た能力とか、終わらない寿命とか、なくならないほどの財産だとか大体の方は追加で頼まれたのですが」
そんなもの頼めば絶対余計なことになるじゃないか。
異世界で得た力なんて絶対悪さすることにしか使えないだろうに。終わらない寿命とか終わりがないことが終わりみたいなことになりそうだし、とんでもない財産があったら国をハイパーインフレ起こして大変なことになる。
「いえ、全くこちらの含みをなしに、全然あなた様のご希望が少なすぎるのですよ」
補償会社の彼は私の顔をのぞき込みながら、考え込んだ。
何か、頭の隅々まで見られているようだった。
「あぁ、そういう趣向をお持ちですか。わかりました。あなた様であれば異世界で得た能力は悪用せずうまく活用されると思いますのでその分と、あなた様の趣向を鑑みたを補償にさせてください」
え、なんすか、私の趣向とか。
エルフとの蔑まれた共同生活の記憶を見られて『Мなんですね』とか思ってませんか、全くそんなことないですから。
「大丈夫です、そういう趣向の方は多く見ております。恥ずかしがる必要はありません。その補償をつけて元の世界にお戻しします。」
絶対勘違いしている。元の世界で妻にハイヒールで踏まれる生活とか、いや一度はそんなプレイあってもいいかな。多分、絶対似合うな、そんな恰好。
そんな馬鹿なことを考えていると、徐々に白い世界はより白くなって、何も見えなくなった。
…………
懐かしい天井だ。ニコチンで燻された跡がある。
クンクンと匂いを嗅ぐと、木々の匂いは全くなく、真新しいカップ麺の匂いが部屋に漂っている。
夕日に差し掛かる前のまだ明るい時間帯。
緑色のざらざらした壁。まさに安アパート感が漂う。
体を起こしてテレビを見るとテレビはYouTubeの待機画面が映っていた。
戻ってきた。心は70歳くらい体は40代。おっさん帰って来たよ。
エルフにはしっかり仕返しをしたいから、おいら絵の勉強をするんだ。あいつらをネタにした薄い本をばらまきまくってやる。
しかし、体が寒い。体だけ死んで帰って来たとかなら笑えないと思って体を触ると、体は全裸です。
補償の方、服くらい着せておいてくださいよ、と思って、単身赴任者に必須の姿見が視線に入る。ちなみに単身赴任者に姿見が必須なのは、服装が変でも注意してくれる家族とかがいないからマジでないと社会人として恥ずかしい格好で出歩くことになる。
その姿見にはですね、ジュニアアイドル顔負けの美少女JCがいるわけです。全裸の。
補償の方、それは犯罪じゃないですか。美少女JCを飼いならしてくださいとか、まじ犯罪、そもそもそんな趣向ないし。
私は右手を上げると、美少女JCは左手を上げた。私は左手を上げると、美少女JCは右手を上げた。コマネチ、コマネチと動くと美少女JCもコンマ数秒の狂いなく同じく動く。
つまり、あれだ、間違えて全裸の私が、全裸の美少女JCと一つの屋根の下にいたわけではない。
全裸の私=全裸の美少女JC
ということだ。
私は全裸の姿のまま窓の側へ近づき、大空を見上げる。
そりゃないっすわ……。
元の世界に戻ったら美少女JCの姿になってましたとか、マジいらね。
こっちは既婚者だぞ。そんな補償希望してない。
補償会社の方、あなたは勘違いしている。確かに私の趣向はTS系のアニメとか漫画ですよ。現実でTS希望のわけないでしょ。現実だと困るじゃん。戸籍とか周りの知っている人とかさ。だから、そういうのはフィクションで、困っているところをニチャと楽しむのですよ、ユリユリしているところとかさニヤニヤして見ればいいんですよ。
現実はダメだ。
補償会社の方、私を観察していたら今すぐ元に戻してくれ!
数時間そんな願いを祈りながら、私は布団の中に引きこもっていた。
布団からはい出て、姿見に映るのはやはり美少女JC。
身長は150センチメートルくらい、胸はまだ小さい、しっかり腰はくびれている。髪は黒いショートボブ、陶器のように滑らかな肌、くっきりとした二重まぶたにこげ茶色の瞳。顔つきはどう見ても日本人だけど日本人の中の上位に入り込む美少女っぷり。これからの成長を期待したい。
でも、違うんだよおおお!
元のだらしない40代のおっさんの姿が鏡に写ってくれていることを希望しているんだよ!
この姿で、どうやって妻と会う?
会社にどうやって通えばいい?
子供はどんな反応する?
普通の人が、40代のおっさんだったけど美少女JCにTSしちゃいました、てへっ、なんて信じるわけねえだろおおおがああああ!
まあ、間違いなく、こんな美少女JCが全裸で40代のおっさんの家に上がり込んでいたら犯罪の匂いを感じ取りますよね。
また現実逃避と元に戻る僅かな希望を持ちながら布団にもぐりこんだ。
ちなみにうちの妻、嫉妬深いんですわ。
デートで違う女の子に目が行っただけで足を踏まれた。この年になって保険の女性外交員から声をかけられただけでも悪態をつかれる。
なので、女性関係には特段の注意を払う必要があるのです。
特に妻の敵は可愛い系のアイドルだ。アイドルが出ているテレビを見ていたら、超不機嫌そうな顔つきで「あざといんだよ、アバズレども」とチャンネルを変えられた。
そんな妻の夫にですよ、アイドルのような顔つきの全裸美少女JCが単身赴任先の自宅にいるとか、説明する暇なく離婚待ったなしですよね。
呼び鈴が鳴る。
妻は唐突に、来ちゃった、と単身赴任先の私の家にやってくる。
夕日が落ちた頃のこの時間に大体やってくる。
頼む、私の勘、間違いであってくれ。
呼び鈴が止まると、テーブルの上に放置していた懐かしのスマートフォンの呼び出し音が響いた。
「なんだ、いるじゃない」
とアナウンサーみたいな綺麗な発音をする声。妻の声だ。
畜生。約30年、エルフの里の中、言動をちょっとでも間違えれば死が待っていたところで培った危険察知の勘が冴えてるじゃねえか。まじ、畜生。
妻はシリンダー錠を開けて、スイスイ部屋の中を進んでくる。
何度も来ている部屋だし、狭い部屋だから直ぐに奥までたどり着いてしまう。
布団にできるだけ体薄くなるように隠れた。もしかしたら、不在だったかと思って帰ってくれるかもしれない。玄関にはチェーンロックをしていなかったのだから。
「寝ているのかなぁ」
妻の手が布団の端を握った。くそ、押し入れに隠れればよかった。顔を白塗りして口から吐血したような痕をつけてブリーフ履いて押し入れに隠れたらワンチャン行けたかもしれない。
補償会社のやつ、この状況を見ていて放置しているなら絶対に既婚TSおっさんがその妻から緑色の紙を叩きつけられるRTAを楽しんでいるに違いない。
布団の重量が徐々に軽くなっていく。
緑色の紙が私に叩きつけられるのは後、何秒だ。
稚拙な文章を最後まで読んでいただきありがとうございました。
感想等あればよろしくお願いします。連載時の参考とさせてください。
ブックマークや評価があると、連載時の励みになります。