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ちかちゃんのしょーもナイト24

作者: 熊と塩

 公式企画「夏のホラー2022」の準備稿として書いたものですが、ホラーとして弱すぎるのと展開に面白味が無い事からボツにした作品。供養として掲載しておきます。

 親浩(ちかひろ)が死んだ。ドアノブにベルトを括り付けての縊死、つまり自殺だった。

 おれと親浩は親友……だと思っていた。今となっては、奴にとっての俺はどういう関係だったか分からなくなっている。親しい友人だと思っていたのなら、死ぬ前に悩みの相談でも、一言二言の愚痴でも言って欲しかったが、それも無く、黙って死なれてしまった。中学から十年もの付き合いだった。正直おれには奴が死んだ事よりも、何も告げられずに死を選択された事がショックだった。


 通夜は少人数で行われた。奴の両親、親戚らしき人物が数名、明らかに義理で参加した会社の同僚たち、そしておれ。これはおれの邪推かも知れないが、誰も彼も親浩の死そのものより、その後処理に動揺しているように見えた。

 友達の少ない男だった。あくまでおれの知る限りだが、友達と呼べる人間はおれくらいなものだったと思う。だいたい隔週でオンライン呑みをしていたが、そこに奴を飲み会に誘う同僚の影は見えなかった。毎回「やっと飲めるよ」なんて、まるで心の拠り所かのように言っていた。


 最後になったオンライン呑みもつい二週間前だ。それから死ぬまでの数日間に何があったのか。元々気の小さな男だったから、仕事の失敗、ストレス、そういうものが積み重なっての事かも知れない。或いは、この通夜に参加している誰か、両親や同僚から酷い仕打ちを受けたのかも知れない。だが真相は藪の中だ。問い詰めて回るほどの激情は湧いてこない。結局おれも奴に突き放された人間なんだと思うと、とても憤る気分になれなかった。

 通夜振舞いの寿司を口に運ぶおれの心中には、ただ虚無が広がっていた。


「あの、佐藤(さとう)さん」


 不意に話しかけられて、おれは味のしないマグロを嚥下した。見上げると声を掛けてきたのは親浩の両親で、肩を落として立っていた。おれはすぐに立ち上がって頭を下げた。


「生前は息子がお世話になりました」


「いえ……重ね重ねお悔やみ申し上げます。親浩くんのお力になれず、申し訳ありません」


 顔の皺を一層深くして恐縮しきった両親だったが、父親が誤魔化すようにすぐ本題に入った。


「実は親浩……息子が遺書、と言うより、メモを残してまして。その宛先が佐藤さんだったものですから」


 その言葉を聞いて、胸の奥で薄いガラスが割られるような感覚がした。そんなものを残すくらいなら、命を絶つ前に言ってくれればよかったのに。思わず歯ぎしりした。


「……内容は?」


「それが、その……」


 目を泳がせながら、ちらりと母親に目配せする。すると母親は後ろ手に隠していたそれをおれの前に差し出してきた。

 それはラジカセだった。CDとカセットテープが再生できる機種。見るからに2000年代初頭に売られていた代物で、シルバーの塗装が黄ばんでいる。


「これを佐藤さんに、と」


「は?」


 ふと不躾な聞き返し方をしてしまった。だが当然だろう。わざわざ死の間際に書き残した文がラジカセをおれに渡せというものだったのなら、それは突拍子も無い事だ。

 だいたい、そのラジカセ自体見覚えが無かった。親友ではあったが、家を訪ねたのはそう多くない。見た限りおれたちが中学生くらいのときには既に発売していた品のようだが、おれも親浩も音楽への造詣は浅く、揃って音楽の話題をしていた記憶なんてほとんど無い。

 とにかく、思い出も思い入れもない物だ。何かの誤解かと思った。だが親浩の両親は困惑しながらも真剣な表情で、親浩が書き残したメモというのが確かな物なのだと語っていた。

 おれはしばし逡巡したが、母親の手からそっとラジカセを受け取った。


「テープは無いんですが、CDが入れっぱなしになっているようで……中身は聞いたんですけど、ただの音楽でした。一応そのままにしてありますので」


 親浩の意図がさっぱり分からなかった。確かめる手段ももう無い。

 おれは取り敢えず、ラジカセを手に通夜の席を後にしたのだった。



 ラジカセは結構大きい。リビングのテーブルに置くと凄まじい存在感を放った。親友の遺品というのもあるかも知れない。

 電源ボタンを押下してみると、すんなり電源が入った。電池駆動しているらしい。試しにCDを再生してみると、毒にも薬にもならないようなバンドの曲が、小さく流れ始めた。こんなCDのためにラジカセごとおれに託したとは到底思えない。テープの方も念のためソケットを開いて覗いて見たが、母親の言う通り空だった。

 こんなものをおれに押し付けて、どうしろと言うんだ、親浩。亡くなった友に心の中で問い掛けた。

 その時だった。ラジカセのもう一つの機能に思い当たったのは。ラジカセと言うくらいだからラジオが付いている。ひょっとすると、そこに何かメッセージが隠されているのかも知れない。

 ラジオ機能に切り替えた。そして聞こえてきたのは、ただのノイズだった。液晶はFMの見覚えの無い周波数を示している。電波の入りが悪いのだろうか。そう思ってアンテナを思い切り伸ばしてみたが、相変わらずのノイズ。窓際まで運んでみたけれど、状況は変わらなかった。

 周波数をスマホで検索してみたが、一件もヒットしなかった。

 ラジカセの電源を落とした。一体何なんだ。おれは何となく不気味なものを感じながらも、喪服姿のままなのを思い出し、シャワーを浴びる事にした。


 ベッドに身を横たえる。脇の床ではラジカセが沈黙している。結局、こいつが何なのか見当も付かなかった。

 今夜は眠れるだろうか。分からない。棺の中でぴくりとも動かない親浩の姿が、目に焼き付いて離れなかった。

 亡くなった親友に思いを馳せた。

 思い出すのは呑んでるときのハイテンションな親浩の事ばかりだった。新作のアニメが熱いとか、面白いゲームを見付けたから一緒にやろうとか、そんなような話ばかりしていた。奴のオタク趣味は中途半端だったけれど、そこには確かな情熱があって、一方的に話されているだけでも飽きが来なかった。おれの知り合いの中であれほど饒舌で、話の巧い奴は他に居なかった。

 そんな男が自殺なんて、未だに信じられない。身近な人間が自殺するなど初めての事だし、どんな人間も心の中に闇を抱えている場合があるのはもちろん知っている。でもついこの間話したときは、あんなに明るく振る舞っていたではないか。

 なんだか裏切られた気分だった。

 時刻はいつの間にか日付を跨いでいた。


 ザザ、とノイズが聞こえた。


 陽気な音楽が部屋中に響いて、おれは飛び起きた。咄嗟にスマホを見るが、音の出本ではなかった。

 音楽が鳴っているのは、ベッドの横……ラジカセだ。

 液晶のバックライトが点灯し、フローリングに反射している。

 どういう事だ。確かに電源を切ったはずなのに。

 リズミカルな音楽の音量が下げられていく。そして。


「さあ始まりました! 『井口(いぐち)親浩・しょーもナイト24(にじゆうよん)』」


 聞き馴染んだ声が高らかに言った。


「パーソナリティはわたしく、ちかちゃんこと井口親浩がお送りします」


 何だこれは。


「いやぁ、初めましてという事でね、若干緊張している訳ですけれども。なるべく、なるべくっ、パーソナリティ初心者感を出さずに喋り散らかしていければなと思っております。ので、どうか生温かい目で見守って頂ければ幸いです」


 何の冗談だ? おれは唖然とするしかなかった。

 喋っているのは間違い無く親浩の声だ。録音機能でも付いていたのか。


「さあさあ、この『しょーもナイト24』ですが、なんと初回にも関わらず素敵なゲストさんにお越し頂いてますよ。早速紹介しちゃいましょうかね。今回の『しょーもなゲスト』さんはこちら」


 そこで親浩の声は一層大きく張り上げられた。


「佐藤逸二(いつじ)さんです!」


「……は?」


 録音の親浩の声が明確におれを指名してきた。

 ははは、と親浩の声は高らかに笑った。


「いやぁ、そうだよね。いきなりゲストなんて言われて、どう入ってきたらいいか分からないよねぇ。えっと、それじゃあぼくの方から紹介させて頂きますと、この佐藤逸二さんという方は中学からの友達でして。まあ素人の方なんですね。だからトークが拙いところは、ちょっと大目に見て頂きたいところでして。いや、でも『しょーもなゲスト』としてはとても相応しい方だと思いませんか」


 親浩が一人語りをしている。おれは一体何を聞かされているんだ? 頭の中は疑問符だらけだ。そこへ、録音の親浩は畳み掛けてくる。


「じゃあ、改めて挨拶をして頂きましょう。佐藤さん?」


 おれを呼んだきり、親浩は黙った。その後ろ、どこか遠くの方で、小さくざわつく声が聞こえた。

 まさかだろう。そう思いつつ、おれは呟いた。


「……はい」


「はは、やっと返事をしてくれました。でももう少し声を張って欲しかったですかねぇ。まあ仕方無いですね。何せ初ラジオですから、大目に見ましょうか」


 こいつ。予めこうなる事を予想して吹き込んでいたのか、それとも……青白い親浩の顔を思い出して、背筋に冷たいものが走った。

 確かめなくては。おれは喘ぐように口を開閉しながら、やっと声を出した。


「親浩」


「ん? どうしたのかな佐藤さん?」


 あり得ない。頭から血の気が引いた。

 こいつは今、おれと会話をしている。録音なんかではない。今この時、ラジオパーソナリティとして親浩が喋っている。

 夢でも見ているのだろうか。そう思うしかなかった。


「お前、死んだはずじゃ」


「いや、いやいや、佐藤さん。ダメダメそんな物騒な事言っちゃ。そういう発言はコンプラ違反だから。うーんそうだなぁ……ぼくはね、転職したんだよ。あ、のっけからプライベートな話してすみません。彼ね、いきなりゲストに呼ばれてビビり倒してるんです」


 親浩の後ろで男たちの笑い声がする。まるで本当に親浩が生きていて、スタジオの中で喋っているようだ。それはあり得ない事なのだが。


「まあ今日はね、初回という事でお便りも来ておりませんので、ぼくらのプライベートな話で進めてもいいんです。いいんです、が! ダラけちゃうんで、早いですがここで一曲挟みましょう。鬼頭えい子さんで『首から上だけエイリアン』……」


「おい、待て。待てよ親浩!」


 アコースティックギターを爪弾く音色にテクノサウンドが重なる。謎めいた楽曲が流れるばかりで、親浩の声は全く聞こえなくなった。

 おれは素早く電源ボタンを押した。音楽はぷつりと切れラジカセの電源は落ちた。

 一体どうしろって言うんだ。それがおれの感想だった。死んだはずの友人がラジオパーソナリティをやっていた。そしておれは奴の番組のゲストだった。それは不思議で不気味な体験かも知れない。だがあの陽気さは何だ? とても死人と会話をしたという感覚になれない。おれはどう反応すればよかったんだ。

 頭を抱えながら、一つ、思い出した事がある。

 親浩が以前、ラジオパーソナリティになりたいと言っていた事だ。中学高校の頃ではなく、最近「生まれ変わったらなりたいんだ」と言っていた。死んで願いを叶えた、というところだろうか。


 とにかく。何が何だか分からない現象に遭遇して、眠る事ができなかった。



 朝六時。社長は配送リストをおれに渡しながら言った。


「顔色悪いよ。やっぱ休み取った方がよかったんじゃない?」


 家電配送の仕事は今が繁忙期だ。親友の葬儀があるとは言え、二日も休みを取る訳にはいかなかった。親友の出棺を見届けなくても平気だと思っていた。あのラジオが無かったらの話だが。

 かと言ってやっぱり休みにしてくれとは言えない。おれは黙ってリストを受け取り、配送ルートを確認する。しかし、今日の相棒はよりにもよって中島(なかじま)か。彼は入社して三年目だが、仕事を覚える気が無いようで、まるで役に立たない。ツイてない。


 当然、仕事中はあの『しょーもナイト24』で頭がいっぱいだった。集中できない。寝不足も相まって作業効率は最低だった。それで配送は予定時間を大きくオーバーし、帰社の途につくのはもうじき日が変わろうという頃になってしまった。

 高速道路を走っている。隣では中島がアホ面で眠りこけている。おれは疲労困憊だった。エナジードリンクの効果も虚しく目が霞む。アクセルを踏む膝に乳酸が溜まっているのが分かる。

 時刻はもうすぐ二十四時。


 ザザ、とノイズが聞こえた。


 カーラジオから馬鹿陽気な音楽が流れ出す。そしてパーソナリティが喋った。


「さあ、今晩も始まりました! 『井口親浩・しょーもナイト24』。パーソナリティはわたくし、ちかちゃんこと井口親浩がお送りします」


 おい、マジかよ。おれはチューナーのボタンを叩いたが、親浩の声は途絶えない。


「今回で二回目という事で、リスナーの皆様から前回紹介致しましたコーナー『ちかちゃんと夜渡り』『キモチイイ、わたしのASMR』の二つ、それから普通のお便り、ふつおたに沢山のメールを頂きまして。いやあ、ありがたい事です」


 おれはパニックになった。あのラジカセだけから流れてくるものではなかったのか? まさか本当に放送されている番組なのか?


「さてさて、番組を始める前に、まずゲストの呼び込みをしてしまいましょう。ゲストは昨晩に引き続きこの方……」


「やめろ!」


 おれは叫んだ。中島がびくりと肩を跳ね上がらせて目覚めた。


「ど、どうしたんスか佐藤さん?」


「いきなり大きな声を出すから、ちかちゃんびっくりしてしまいました! はは、前回声が小さいと言ったからでしょうか。ちょっとプレッシャーを与えちゃったかな。では佐藤さん、改めて自己紹介を」


「中島ッ!」


 おれは親浩の声を掻き消そうとがなり立てた。普段は後輩でもさん付けで呼ぶ。


「このラジオ聞こえるか? おれの事を呼んでるよな? おかしいと思わないか!」


「何言ってんスか? ラジオなんてかけてないじゃないスか」


 中島はきょとんとして言い返してきた。馬鹿な。おれにしか聞こえてないのか? おれの幻聴だとでも言うのか?

 いや、むしろそうであってくれ。


「聞こえない。聞こえないからな、親浩。お前の声なんて聞こえない」


 おれが呪文を唱えるように言うと、ラジオの向こうで親浩は笑う。


「はは、ははは。いやいや、そんな冷たい事言わないでよ。寂しくなっちゃうなぁ」


 親浩の顔が浮かぶ。調子に乗って唇を突き出した、ひょっとこのような顔だ。今まさにそんな顔をしているに違い無い。

 どこで? あの世でか? それともラジオの収録スタジオの中か? おれの妄想の中か?


「一緒にやろうぜ」


 耳元で囁き声がして、ハンドルを取られた。車体が大きく傾き、体が宙に浮いて、そしておれは。




 おれは、スタジオの中に居た。

 テーブルを挟んだ向こうには親浩が居て、ヘッドフォンを片手に抑えながら手を振ってくる。


「ゲストから昇格した二人目のメインパーソナリティを紹介しましょうか。それではお名前をお願いします」


 おれはマイクに向かって言った。


「佐藤逸二です。よろしくお願いします」


 親浩と、ブースの外のミキサー室に居る顔の見えないスタッフたちが拍手をした。


「早くも新体制となりました『しょーもナイト24』。それでは今晩も張り切って参りましょう。まずはこの一曲、マヤさんで『魚肉ソーセージ』」

お読み頂きありがとうございました。

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