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口から息が、声にならなかった何かが漏れる。
冬乃先輩の言葉の意味がわからない。いや、意味はわかるが理由がわからない。
何も言えず、彼女を見つめたままでいると。冗談で言っているようにも思えない。そもそも、こんなことを言う先輩ではなかったはずだ。
この一年で変わったかもしれないが。そうとも思えない。
時計の秒針が幾ばかりか鳴ったあとようやく俺は口を開く。
「冗談でいってるわけじゃないっすよね? それはなんなくわかります。でも、俺は訳の分からないまま冬乃先輩を抱けません」
勢いに任せて抱いてもいい。いいが、それは違う気がした。
警告のようなものを感じたのだ。
ここでなにも知らずに先輩を抱けば、塵として崩れ去ってしまうような気がした。
「抱いてくれないの?」
萎む冬乃先輩。
弱々しくて儚い。美しもあるが、ガラス細工のように繊細ですぐに壊れてしまう。実際その通りなのだろう。
そんな危うさが今の彼女にはあった。
「抱かないとは言ってません。教えてくださいなにがあったのか」
「……わかった」
それから冬乃先輩が語ったのは、彼女の小さな存在で背負うには重く理不尽な出来事。
子供の頃から父親がいないこと。
母親が倒れたこと。
休学し朝から晩まで働いても、それでもお金が足りないこと。
そして、
「今日、春人くんで出会えたのは」
一度言葉を区切り覚悟を決めたのか、冬乃先輩はゆっくりと顔を上げ。真っ直ぐと俺の顔を睨むかのように見つめた。
「風俗で働くの。その面接の帰りだったから」
「……」
返す言葉がなかった。
風俗。要は身体でお金を稼ぐこと。手っ取り早くお金を稼げる。最終手段。
若い女性だからこそできる。
本人はどう思っているかはわからないが、冬乃先輩の容姿ならば客がとれないこともないだろう。
「わかりました。冬乃先輩が後悔しないのであれば」
「……ありがとう」
「ただし、一つだけ条件があります。それをのんでくれるのであれば喜んで先輩を抱きます」
「条件?」
シリアスというか、こんな重たい話をしたあとでも首を傾げて指先を唇に当てる仕草が、死ぬほど可愛かった。
ずるいよ……。
「どんな条件なのかわからないけど、わかった。お願いします」
「ちなみに俺童貞っすから、期待しないでください」
「大丈夫。私も処女だから」
なにが大丈夫なのだろう?
「あと、あとね?」
いたずらな顔だった冬乃先輩は、ちょっと困り顔になりつつ。
「ここ、ともても壁が薄いの……。だからね? お隣さんや下の階まで音がもれちゃう」