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4人で夕日をしばらく眺めていると、肌寒くなったのか藤井さんがくしゃみをしたことで一同はホテルに戻ることになった。
俺らの夕飯は早めの時間に予約をとっていたので、ビーチから戻り着替えてすぐに5階にあるビュッフェで豪華な食事となった。
制限時間いっぱいまで楽しみ、それからは自由時間だ。
冬乃と藤井さんはスパに行っており、智明はしらん。
部屋で悶々としているといい。
温泉にでも入ろうかとも思ったのだが、潮風でべたべたになった時に一度シャワーを浴びたのでしばらくはいいかな。
自宅では冬乃がいるし、大学はいつも3人でいる。バイトではほぼ智明とシフトが被る。
たまには一人の時間もいい。
ベッドで横になり海を眺めていると意識が遠のく。
夢を見ていた。
それは冬乃と付き合ってまもなくの頃の夢だ。
大学の合格祝いとして冬乃とのデートをとりつけたそんなある日の話だ。
彼女は金銭的余裕が今ほどなく、俺の奢りで焼肉を食べに行った。
今でも出来るだけ彼女にご馳走したいと思っているが収入面では冬乃のほうがはるかに高い。それもあってか自宅で俺は料理をするようになったのかもしれない。
待ち合わせは駅前の広場。俺よりも早く彼女のほうが先に来ていた。
メイクもほぼすっぴんに近いが肌はきめ細やかで化粧なんていらないほど可愛くて、石鹸の香りがとても好きだった。
ファッションも水色と白のチェックのワンピースによく着ていたカーディガン。質素とも少女風ともとれるそんな見た目。
飾り気がなくとも冬乃は綺麗だ。
お揃いのリングもこの時はまだない。
場所は移り、チェーン店の焼肉屋。
彼女はこんなところに食べに行くのは初めてだと言っていた。その証拠にメニューを吟味しながら一個一個俺に確認をとっては『ありがとう』『とても美味しいよ』と微笑んでいた。
食後に頼んだデザートに目を見開き喜んでいるようだった。
ファミレスなんかでも彼女はすごく喜んでいたのを思い出す。
そーいえば、彼女の財布が破れてしまい機能しなくなった。その日のうちに買ってプレゼントしたのだったが今でも持っているのだろうか。
最近は2つ折りのピンクレザーで作られたブランド物の財布を愛用している。
確かに冬乃は変わったようにも思う。
ただ抑圧された世界で生きてきたのだ、それが開放され素直になったのだとも思う。
昔と今どちらが幸せかというと俺はどちらも幸せだとはっきりと答えることが出来る。
彼女の真意はわからないが、俺は冬乃が隣にいてくれるだけで心が暖かくなるのだ。
夢の世界が霧散していく。
懐かしい冬乃の笑顔がぼやけて消えていく。
覚醒の時が近いのだろう。
『またね。冬乃』