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智明達に冬乃先輩を紹介してから3日が経った。
あいつの迷言によりはれて同棲することになった。
俺は先輩との時間を増やすために、先輩は親バレ防止のために。
そして今日は彼女の家に荷物を取りに行くことになっている。
「これだけっすか?」
「うん、ほとんど衣類だけだよ」
旅行に使うようなキャリーケースにボストンバッグ2つ分。この家における彼女の荷物だ。
少し高そうな香水やアクセサリーは別の小さな鞄に入っている。
「そーいえば、冬乃先輩ってアクセサリーあんまつけてないよね?」
「え? お揃いのリングはつけてるよ?」
きょとんした表情をしながら右手を掲げる。
「こういうのっすよ」
テーブルに置いてある鞄を彼女に指さしてみせる。
「それはお客さんからのプレゼントなのー」
と、すぐに興味を失ったのかキャリーケースに純白のドレス詰め込んでいた。『趣味じゃないし、質屋に持っていけば良いらしいけど』とのこと。
気に入った物があれば貰ってもいいらしいが、生憎と同じく興味がないうえにプレゼントのプレゼントはたとえ知らない人からのものだとしても受け取る気にはならない。
うーん、先輩の誕生日はまだ先だけどプレゼントを考えるのは苦労しそうだ。
「春人くん家のクローゼットの空きってどのくらいかな?」
「全然余裕ありますよ。ベッドの下にも収納スペースありますし。まぁ、俺そもそもファッションに興味ないから」
「そっか。いくつか捨てちゃおうかなって思ってたけど、古い物だけ捨ててればいいかなぁ」
手際よく分別していく。
まだまだ着れそうな気もするけど、春先に見たカーディガンやロングスカートなどもゴミ袋に放り込まれていく。
思い出があるので少し残念に思った。
俺の知っている先輩が少しずつ消えていくような感覚もあって複雑だ。
「じゃあちょっとゴミ捨て場に持っていくから待っててね」
「あいっす」
先輩が入れてくれた紅茶を飲みながら改めてこの部屋を見回す。
俺たちが結ばれた場所。
荷物が減って生活感が薄れているが、アロマが焚かれていたのかオリエンタル系の残り香も感じられる。
最近冬乃先輩から漂う香りはこれか。
香水も使っているようだが、お試しだったようで決まった匂いはしなかったな。
でも、石鹸の優しい匂いが俺の中の先輩のイメージだ。
敷きっぱなしになっている布団に寝転がりスマホを取り出し適当なサイトを眺めながら、まったりとしていると先輩が戻ってきた。
「あれ? もしかしてしたい?」
「違いますよ!」
戻ってきて開口一番いたずらな口調で言ってのけてくる。
「よぉーし、終わったよ」
「それじゃ、行きますかー」
「そっちの鞄も持とうか?」
ケースの上に鞄を乗っけているので、片手はフリーだ。普通に手に持つほうが重そうに感じして提案してみた。
「大丈夫だよ。春人くんにほぼ全部持ってもらってるし」
「疲れてたらいつでも言ってくださいね。持ちますから」
「うん! ありがとう」
徒歩30分。電車で45分。
いつもよりはスローなペースで自宅に戻った。
案外キャリーケースを引きずるってのは歩くペースが遅くなるようだ。途中でなんども踵をぶつけてしまった。
ベッドの上に荷物を起き、先輩から鞄を受け取り追加。
ここから俺の出番はあまりない。
「ここの一列とベッドの左2つは空いてるんで自由に使ってください」
「はーい」
元気のいい返事が返ってきた。
キャリーケースから仕事用らしきドレスやヒールが入っているケースやらはベッドの下へ。
「それ使わないんですか?」
「んー?」
「仕事用なのかと思って、ベッド下から毎回取り出すのは面倒かなーって」
「あー、ごめん。着て欲しいのかと思って……」
えへへと笑う冬乃先輩。
はにかんだ顔が眩しい。
「これは予備だよー。いくつか職場に置いてあるし、頼んでおけばボーイさんがクリーニングに出してくれるし。貸しドレスもあるんだけどねー」
「へぇー」
「家から着ていくものって多分下着ぐらいかなぁー」
と、いくつかベッドの上に開いて見せてくる。
白色の下着メインで、レースだったりサテン生地のものある。
黄色、青、水色、黒、赤と華やかになった。色も形も素材も違う。男性物なんてワンパターンしかないから、改めて女性物の下着を見るというのは新鮮だ。
ガーターベルトなんかもいくつかあった。
「正直、下着類が一番消耗品なんだー。そのうえ高いし、これなんて上下で1万円超えるんだよ?」
「お、おう……」
先輩はその上の一着を手に取り身体に当てて言う。
置いているだけなら布なんだけど、否応でも反応してしまう。
「短時間で脱いだり履いたりするし、脱がすのが好きなお客もいるし、少し雑に扱われるとどうしてもね」
一般男子として知らない世界だ。
少し興味が湧いてくるものの自分の彼女が仕方ないとはいえ風俗で働いている。
深く考えないようにしていたが、まざまざと事実を突きつけられた。
風俗という職種に偏見はない。
それこそ歴史を読み解けば大昔からあるものだ。
だけど自分の預かり知らぬところで彼女は抱かれている。
「冬乃……」
彼女をそっと抱きしめる。
不安になる。
いくら本番がないとはいえ、男女が二人きりにいる何がおきるかわからない。
信じているし、彼女に限ってそんなことをするとも思えない。
昔は弱々しい印象だったけど、それでも嫌なことは嫌といえるタイプだったから。
危ない客が来るかもしれない。
――執着だ。
自分で思うより、俺は独占欲が強かったらしい。