自己紹介
あの後、道無き道を進んでいる俺と護衛部隊の若者たち。
周りは木々ばかりなのだが、隊長と呼ばれている青年が時折腕に受けている時計のようなものをチラチラと見ながら移動する。
どうやらあれが地図か、帰り道を示しているらしく一同なんの疑問を持たずに隊長と抱きかかえられた王子を中心に縁を囲う形で行動している。
初めは、会話もなく先ほどの先頭の緊張感もありピリピリした空気が張り詰めていたのだが、だんだんと彼らの見知った場所になってきたのか、少しずつ緊張の糸が溶け始め、ポツリポツリと会話をする若者たち。
いや、周り木しかないんだけどな。
しかし、俺という存在はやはりまだ疑わしいという警戒対象外になっていない空気を肌で感じる。
彼らが言うにはおとぎ話、つまり子供の頃から俺の装備している鎧を着た何かしらのものがすごい悪役としての物語を聞かされてきたのだろう。
日本でいう鬼みたいなものか?
悪さをすると鬼に食べられちゃうぞーとか早く寝ないと鬼が来るぞーとか。
さすがにこの歳になって鬼が怖いか聞かれればそうではないが、実際に目の前に現れられたらビビると思う。
いやビビるね実際。巨乳だろうが美女だろうがツノが生えてる時点でアウトだね。
そんな存在に助けられたからといってすぐに警戒心を解くのは不可能というものであろう。
ここは俺が大人として場の空気を和ませてやるとするか。
前世で22年足すこの世界の少年の記憶プラス5歳。
計27にもなる精神年齢のこの俺が。
となると名前が必要となる。
前世の名前を使うのはなんだか嫌だな。
あの名前は真名として大事に俺の心にしまっておこう。
となるとやっぱり、カタカナ的な横文字的な名前がいいな。
俺が好きなあのヒーローをオマージュするなら〇〇マンとかつけるけどそれもなぁ。
イノシシぶん殴る時にラブパンチとか叫んじゃったから。
ラブリーマン、とか?
いや、この鎧でラブリーはないだろう。
リーを抜いてラブマンとかか?語呂が悪いな。
もしかしたらあの同窓会で自爆テロに巻き込まれた奴らもこの世界に転生している可能性だってあるし、むしろ絶対しているだろ。
物語的にしてないとおかしいだろ。
あんまり変な名前をつけるのもなぁ。
逆に好きなヒーローの最後ふた文字じゃなく頭のふた文字でもいいんじゃないのか?
で、ラブの方じゃなくてリーを採用。
合わせてアンリー。
いい!すごくいい!なんかすっごくぴったりとはまった気がする。
よし!俺はこの世界ではアンリーと名乗ることにしよう!
俺は自分の名前が決まったことで護衛の子たちが静かになる瞬間を見計らって声を出した。
「そういえば、自己紹介がまだだったな。俺の名前はアンリー。諸事情により、この鎧は脱ぐことができないが、今年でもう27にもなる、鎧のお兄さんだ」
少し、沈黙が流れる。
タイミング間違ったか?
誰も何にも反応しなかったんだが。
そんな無視しないでお兄さん寂しい。
と思っていると王子を抱えた隊長が言葉を返してくれた。
「そうですね。僕達も自己紹介がまだでしたね。僕はこの部隊の隊長をやっているシーグルス・フォウ・グレイシャークといいます」
歩きながらそういう隊長。
すごい長ったらしい名前だな。
ライトノベルキャラみたいな名前の子である。
金髪に青い瞳、まだ幼い顔立ちだがもう数年すれば女子を虜にすること間違いなしのイケメンになるだろう。
なんとなしに高貴なオーラを醸し出しているしいいとこの坊ちゃんなのかもしれない
隊長が言うと残りの隊の子たちも続々と自己紹介してくれた。
「私は、レザンカ・ロウノッドといいます。前の副隊長が死んでしまったので、今はこの部隊の副隊長といったところでしょうか?」
丁寧な口調で教えてくれたレザンカ。
この子も金髪だが瞳の色は茶色だ。
かけているメガネがイノシシの先頭でなのかバキバキにヒビが入っておりまだ割れていないのが不思議なくらいである。
「俺はグーデル。こっちのビクビクしてんはルックライ。隊長や、レザンカ、みたいな苗字はない孤児院出だ」
「よ、よろしくお願いします」
ツンツンの赤髪と腰に差した剣が印象的なグーデルがそういうと前髪を目元まで隠していたルックライが軽い会釈をしながらそう言った。
「で、最後は僕か。僕はゴッハム・ハーギル。正確には僕もまだ苗字はないんだけどね。この仕事が終わって彼女と結婚して籍を入れたら彼女の苗字をもらえるんだ」
いたずらっ子のような笑みを浮かべる、ゴッハム。
生き残ったこの部隊の中では一番背が小さく、子供らしい顔をしているが彼女持ちいや、婚約者持ちのリアじゅうのようだ。
爆発しろ!
「隊長にレザンカにグーデルにルックライ、それにゴッハムか。全員いい名前を持っているな」
「あれ?僕だけ隊長呼ばわりですか?まぁいいですが」
そういう隊長だが少し不満そうな顔をしている。
すまない、隊長。俺の心の中でずっと隊長って呼んでたし、周りの子たちも隊長って言ってたから定着しちゃった。
あとは隊長の抱えている王子の自己紹介待ちだったが、気がつけば隊長の手の中でぐっすりと眠っていた。
天使のような寝顔に天使のような吐息をはきながら隊長の腕の中で眠っていた。
見ただけでわかるほどのサラサラの金髪、見た目はまだ5歳ほどだが整った顔立ち。
隊長もそうだが、この国の権力者は美男子が多いのかもしれない。
「君たち何しにこの森に来たんだ?べつに応えたくなければいいんだが」
普通に感じていた疑問をそのまま聞いてみた。
今はもうこの5人しか残っていないがあのイノシシにやられた護衛たちを含めて合計30人はいたはずだ。
そんな大隊でこんな森に何をしに来たというのか。
俺の問いに対して隊長が答えてくれた。
「それはこの、シューガルド王子の7っつの誕生日を祝って王国主催の狩猟会として『デンヲー森林』には行ったんです。この森林は危険な魔物もいないため、この森林と我々の王国騎士団候補生が王子の引率として選ばれたのですが、まさか『ビックバンボア』しかも異常種がこの森林に紛れ込んでいたとは考えもしなたった。
僕達が森林に乗り込む前に王国の優秀な偵察部隊が徹底的な事前調査をし僕ら騎士団候補生で事足りると判断をくだしました。なのにこんなことになるなんて」
隊長が苦虫を噛み潰したような顔をする。
他の子たちも同様な顔をしていた。
騎士団候補生ということは死んでいった子たちの中に友もいただろう。
先輩も、後輩も、同じ釜で飯を食った同胞たちがいたんだろう。
たまたまなのか、意図的なのか。
本当に王国の偵察部隊が見落としていたのか。誰かがあのイノシシをこの森にはなったのか。
急に成長したのかもしれないしどこか別のところでなあばり争いに負けてこの森に逃げてきたのかもしれない。
何かしらの事件がおころ前兆かもしれない。
答えは神のみぞ知るってか。
重くなってしまった空気の中別の話題を振ることにした。
後先考えずに質問してしまった俺のせいなんだが。
話題、話題を変えるとしよう。
「騎士団候補っていうことはみんな似たような年齢ってことなのか?」
俺が尋ねると今度はグーデルが答えてくれた。
「そうだぜ。俺と隊長、レザンカが同い年で今年で16でルックのやつが一つ下で15歳。で、監視員で第二
騎士団のゴッハムさんが今年で22歳だっけか?」
「そうだよ。まだ誕生日迎えてないから正確には21だけどね」
ウインクをしながら答えるゴッハム。
え、お前一番年上だったの!その身長その子供みたいな顔で!
てっきり13歳ぐらいだと思っていたからさすが異世界、結婚する年齢も若いんだぁとか勝手に納得してしまっていた。
それにしても22歳って前世の俺と同じ享年じゃん。
なんとなく親近感がわく。
ゴッサムのほうを見て呟く。
「人は見た目によらんないな」
「全身鎧で覆われている人にそんなこと言われてもあまりピンとこないんだけど。アンリーはなんでその鎧脱げないの?やっぱりその鎧って『世界の否定者』だったりするの?」
ジロジロと興味深く俺の全身をくまなく見るゴッサム。
鎧は脱ごうと思えば脱げるが、今は体は子供のままなので脱いだら舐められる気がする。
できることなら俺も騎士団に入れてもらおうと思っているし。
王子を助けた恩賞として何かしらもらえるだろうし、ビバ国家業務。
異世界に来て就活する羽目になるとは思わなかったけどな。
「『世界の否定者』ってのはイマイチわからんが、鎧を脱がないのは別の理由。ある程度ミステリアスな方が大人な男はカッコいいのさ、少年」
「今見た目だけで少年って言ったでしょ?知られる前ならともかく年齢知られた後も少年扱いされるのは初めてだよ」
ゴッサムがその幼い目で恨めしそうに見てくる。
スマンゴッサム。この鎧脱いだら俺の方が圧倒的に幼いんだ。
「せ、世界の否定者、しししらないんですか?」
おどおどして聞いてきたのは前髪が目にかかっているルックライだった。
「あぁ、知らない。この世界の作りやどういった国や種族がいるのかはある程度知識では、知っているが実際には見たことがない。おとぎ話や童話なんて全くわかんねーな。俺すっと引きこもっていたし。この国に来たのもついさっきだし」
「そ、そうなんで、すね。こ、このまま王都についたら、よかったら、僕がかし、貸しましょうか?こ、この全世界でも、最も有名な6っつのおとぎ話。『六王神話』の一つ。『世界の否定者』ってはなしなんですけど」
「ほんとに。それはありがたいな。ぜひともよろしく頼むよ」
「ルック、ほんっとうに好きだな『六王神話』。あんなの昔に本当にあったかどうかもわからん話」
くすくす笑うグーデルにルックライが少し赤い顔をして顔を伏せた。
「でも、『六王神話』の話一つも知らないなんて、よっぽど辺鄙なところに住んでたんだな。アンリーさんの故郷ってどこ?」
「日本っていう国。酒と飯がうまいが物価が高い平和な国さ」
「聞いたこともねぇな、ニホンね。いつか機会があれば連れてってよ」
ニカっと笑うグーデル。
すまんな。
俺の故郷は次元をまたがなければ変えることができないんだ。
俺も帰れなくなちゃったし。
「ほら、もうすぐ王都が近いと言えみなさん気が緩みすぎですよ。最後まできっちり警戒を怠らないように。それと、王都についたら報告しなきゃならないことがたくさんあるのですから、各自ある程度まとめておいてくださいね」
レザンカがバキバキに割れたメガネを指であげて注意する。
見た目のまんま真面目な委員長タイプだなこいつ。
全員気丈に振舞っているが、やはり多くの仲間を失ったショックは大きかったようでレザンカが報告しなくてはならないというと空気がおもくなった。
レザンカも自分の今の発言は失言だと思ったのか小さくごめんと謝る。
そこからしばらく雑談しながら歩いていると整備された道がみえてきた。
その道をひたすらあるきつづけると巨大な石の壁で覆われた扉が見えてきた。
その扉を見るや否や、隊長が誇らしげにこう言った。
「あれが我が『ドリイム王国』が誇る、王都『ユメガアル』の入り口になります!」
初めての異世界での街。
考えるだけでも夢いっぱいな気持ちになってくるってものである。