ボーナスステージの人生
何もない真っ白な空間。
永遠に続く、何もない世界。
俺自身も実態はなく何か頭の中がぼんやりとしてうまくまとまらない。
ここがあの世ってやつか?それはないか。生前に死後の世界なんてコレッポッチも信じていなかったくせにいざ自分が死んだらあると思い込むなんてそれはずるいだろ?
これは夢だ、断言できる。
俺は確かよくわからない狂人の自爆テロに付き合わされて死んだんだっけか?
じゅあ、運良く生き延びたわけだ。
こうして夢が見れているんだから。
あいつも無事だろうか?
他にも同じ高校や大学で仲良くなったあいつらも無事だろうか?
同窓会では喋れなかったけど、無事だと良いな。
目が覚めたら、どうなってるんだろう俺の体。
病院のベットの上なのは間違いないだろうし、あの爆発の威力だ。
全身火傷でひどい体になってるかもしれないし、何かしらの後遺症があるかもしれない。
やめだ、やめだ、生きていたんだ、ラッキーと思っておこう。
生きる理由がないからって別に死にたいわけでもなかったし。
リハビリが済んだら思いっきり、探そう。
自分の生きる目的や目標ってやつを。
死んだつもりで生き返ったつもりで、今度はきちんと答えられるように。
真っ白の空間に何もないその場所に一人で決意する。
何もないと思っていたその夢の空間に気がつけばそれはいた。
真っ黒な靄。
少しづつ、しかし確実に俺の元へと近寄ってくる。
目の前の光景が真っ黒になる。
そろそろ、夢も終わりのようだ。
意識が遠のいていく。
まずいなこれやっぱり死んじゃうやつじゃねーの?あいつがよく死ねとか言うから。
真っ黒な靄はゆっくりと俺の全てをその白い空間を包み込む。
遠のく意識の中俺の心の中に何かどす黒い感情が流れてくる。
怨念、憎悪、不安、怒り、嫉妬、絶望、孤独。
ドロドロとした感情が俺の中に流れ込んでくる。
見たこともない記憶、聞いたこともない言語、何もしていないのに向けられる畏怖の視線、誰も自分のことなど気にもしない態度、集団で自分に向けられる敵意、何かを無理やりの飲み込ませられ暗い穴倉に放り込れ、そのまま放置された。
なんだこれ?
なんだこれ?
記憶?いや誰のだ?
俺にこんな記憶はない、経験したこともライトノベルやアニメで知った話でもない。
これはまごうことなき誰かの実体験である。
流れてくる黒い感情。
拒んでも拒み方がわからず、ただ身をまかせるように感情が俺の中に流れ込んでくる。
黒い靄は何も言わず、ただ俺を飲み込もうと全身をおおう。
飲み込む?こいつは俺を食おうとしているのか?
これは本当に夢なのだろうか。
薄れゆく意識の中、何か聞こえてくるような気がした。
なんだろうか?
俺やっぱりこのまま死ぬのだろうか?
さっき、自分は頑張ろうとか決意してもう、死ぬの?
すげー恥ずかしいんだけど。
黒い靄が俺の意識のほとんどを侵食する。
俺は抵抗をやめて、それを素直に受け入れた。
抵抗しても無駄だし、思い切って受け入れてやる。
こうなりゃ、やけだやけ!
お前の全てを受け入れてやるから、さっさと入ってこい。
この程度の黒い感情ごとき俺の大好きなヒーローなら余裕でパンチひとつで倒して救ってやれるんだろうけどな。
ほとんどない、意識の中見たこともない様々な記憶が俺の心を蝕んでいく。
べつにいいさ、ただ目が覚めたら覚えておけよ?
俺の意識は完全に途切れる。
途方もないほどのドロドロとしたどうでも良いような悪感情に蝕まれながら。
意味のわからない悲鳴のようなありがとうを聞きながら。
目がさめるとそこは知らない天井だった。
知らない天井どころか、土?いやゴツゴツとした岩でできた天井だった。
どこだここ?
周りには日がついた松明が刺さっており、洞窟内をうっすらと灯りだ照らしていた。
なんかよくわからない夢を見ていたような?
運良く生き延びたみたいだが、もうダメかもしれない。
生贄として差し出されて、はや三日、なぜか飲まず食わずでこの生贄の祭壇で何もせずじっとしているが生きている。
なんの話だ?確かに運良く生きてはいたが死にかけた理由は自爆テロだろ?
生贄?祭壇?邪神様への供物?名前のない子供。
忌み嫌われる視線、誰も関わろうとしない関係性、うす暗い部屋でただ意味もなく生きていた。
部屋にあるのは薄汚れた本、俺を逃さないための丈夫な鎖。
なんだこの記憶?俺の頭の中に経験したことがない体験が、まるで経験したことのごとく頭の中をかきめぐる。
いや、逆なんじゃないのか?
俺という人格がこの記憶を持った子供の体の中に入り込んでしまったんじゃないのか?
俺の記憶と、この子の記憶が今混ざり合っているのではないか?
気持ち悪い、俺とこの既往の持ち主の自我の奪い合いである。
猛烈な吐き気を催すも胃は空っぽだったようで何も吐き出すことができずにいた。
視界がぐるぐると回り、ありもしない経験が俺の記憶にインプットされる。
俺の記憶が、この子供の体に上書きされる。
いくらの時間が経っただろうか?
体感時間的には一週間ほどの時間が経った気がするがよくわからん。
少なくとも、初めに洞窟を照らしていた松明が燃え尽きるほどの時間は経ったということだ。
辺りも真っ暗になっていたが、目が暗闇に慣れたせいか結構はっきり見えている。
ゆっくりと立ち上がり、祭壇の階段を下る。
無駄に長い階段はろくに整備もされておらず一歩一歩歩くたびにゴツゴツした岩が肌に食い込む。
俺は死んだ。
前世であっけなく、意味もなく、理由もなく死んだ。
それは間違いがない現実である。
なんの因果か、今この少年の体に転生したらしい。
少年に名前はなかった。
両親もなく、友達もなく、家もなく、俺と同じで生きる理由も目的もない。
それどころか、感情というものがほとんどなかった。
自分を売りに出した両親にも、自分を生贄に捧げた村人たちにも、仲睦まじそうに遊ぶ子供達に対して何も思っていなかった。
悲しさも、憎悪も、寂しさも、怒りも、空腹も、夢も、怨念も、何一つ感じてはいなかった。
生きていることに疑問を持たない毎日である。
俺だったら、そんな人生リアルタイムで送っていたら発狂ものの絶望である。
この子供の体を俺が乗っ取ったのか、それとも俺はこの子としてこれからの人生歩めば良いのかわからない。
だから、考え続けるとしよう。
なぜ、俺は生まれ変わったのか。せっかくもらったボーナスステージだ。
次に死ぬときはしっかりと答えられるように全力で生きよう。
やりたいことを見つけよう、なさなければならないことを探そう、転生ってことは何かしらのチート能力とかもらっているのだろうか?
でも女神様とか、神様的な人に会ってなぇしなおれ。
俺が生まれ変わってるってことはテンプレ的にあの同窓会会場にいた奴らも転生している可能性が高いな。
俺と同じくらいに転生しているのか、それとももっと後に生まれるのか先に生まれるのか。
軽くワクワクしてきた、前世で22年今世で5年足して27歳にもなる精神年齢で恥ずかしい限りだが情熱というものを心の奥底から感じる。
この子供に転生したからなのか、それとも生まれ変わったおかげか、やる気に満ち溢れている。
少し変な夢を見たおかげかもな。
父さん、母さん、先立つ不孝をお許しください。
俺はこの世界で今度こそ見つけてやる!
なんのために生まれたのか何をして生きるのかを。
祭壇の階段を下りきり、これといって特徴のない洞窟をただ真っ直ぐに歩く。
出口が見えてきたのか、遠くにうっすらと明るい光が見える。
始めようか、異世界転生!
生贄文化が残っているとはいえ大きな街にでもつけば何かしら支援してもらえるだろう。
希望に満ちた俺の胸に光がどんどんと近づいてくる。
その近くからは何やら激しい音が聞こえてくる。
爆発音や鉄が固いものにぶつかる金属音、それに人々の叫び声。
まるで俺のこれからの異世界転生を祝福してくれるパレードのごとく。
子供一人ぐらいとおれそうな小さな穴そこをくぐると俺の異世界生活はスタートした。
「いいか!絶対に王子をお守りするんだ!」
「わかってますが隊長、不可能です!くそう、なんでこんな平和な森に『ビッグバンボア』の成体がいるんだよ!しかも異常タイプの!!各自魔法をはなてぇ!早くと罰する、ぐはぁ!!!」
「副隊長!くそぉ、ファイヤーボール!くそぉ、ちくしょうなんで聞かないんだよ!もう部隊の半分は壊滅したってのに、いつ倒れるんだよ!このイノシシやろうが!」
「王子!早くその洞窟に逃げ込んでください、あの洞穴の大きさなら『ビッグバンボア』も入れません。だめだ、誰か王子を担いで洞穴に逃げ込め。腰が抜けて動けなくなっていらっしゃる!」
洞窟の外に出るとそこは地獄でした。
どうしよう、早くも心折れそうになってしまったんだが。
俺はそっと、洞穴に逃げ帰るように戻った。
何あれ何あれ何あれ!
あのバカでかいイノシシは!
10tトラック並みのでかさがあったぞ!
なのにあのスピード、副隊長とか呼ばれていたおっさんモザイクかかるレベルの砕け散り方していたぞ。
ぐっちゃっていって、地面にふしたぞ!
洞窟の洞穴からそっと覗き込むと、死屍累々である。
人の死骸らしき肉片や残骸。
平和な日本で生まれた俺には馴染みのない光景。
スプラッタ映画とか見たことないし、映像とか比べるまでもなくリアルだ。
匂いも音も何もかもがリアルで嫌という程現実である。
はらから胃酸がこみ上げてくる。
何も胃袋に入っていないのに吐き気がとまらない。
口から胃線が垂れ出すのを止めることができない。
俺はおぞましい光景から目を背け洞窟の暗闇を見る。
異世界転生のチートキャラならここでカッコよく王子様を助け、国王に感謝されそのまま国の英雄としてハーレムでも築き上げるのだろうが、残念ながら俺は神様にチート能力どころか、邪神様に生贄として差し出された身である。
俺にできることはもうここであの王子様の部隊が全滅するか、でっかいイノシシが朽ちるかの二択である。
さっき見た感じ結構イノシシもボロボロだったし、王子様の部隊が勝つでしょう。
そのあとのこのこ、出て行って保護してもらおう。
うん!それがいい。
俺みたいな生きる理由もなく生きている27歳には丁度いい選択である。
一人でうなずいていると気がつけばそれはそこにあった。
本当に気がつけばだし、いつの間にか俺の肩の上あたりで浮いていると言ったらいいのか?
洞窟内での薄明かりでもはっきりわかるほどの純金の玉。
地球よりも月よりもまん丸でふよふよと宙に浮いている。
真ん中にはひし形のダイヤモンドのようなものが目のようにひっついている。
不気味に輝く純金の玉、美しいとも思うのは俺だけだろうか?
なんだこれ?
俺は気になって純金の玉のひし形部分をそっと人差し指でさわると純金の玉は形をかえた。
巨大なマントのようになり、俺の全身を飲み込んだ。
わぁつっぷ!
のみこまれ目の前が真っ暗に染まる。
純金でできた球の形が変わるのが手に取るようにわかる。
今の俺の子供の体型からは大きすぎるほどの巨大な鎧に。
ある程度ライトノベル知識があれば鎧がどんな造りかなのか知っている。
だが、俺を飲み込んだ金の球は鎧の最大の弱点と言える関節部分の境目すらない。
完全に鎧に変形し金の鎧に飲み込まれた俺。
なぜか、手も足も自由自在に動かすことができる。
これなら、あのイノシシ簡単に倒せるんじゃないのか?
これが俺が得た異世界チートなのだろうか。
よくもわからん自信がみなぎってくる。
じゃあ!サクッとあのイノシシ倒して王子様救っちゃいましょうかね!
俺は意気揚々と洞窟から出ようとして入り口が子供くらいしか通れない大きさだっため、つっかえた。