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第六話

 


 人は、人に勝手な幻想イメージを抱く。


 あの人はカッコイイから、こんなことはしないだろう。

 あの人は綺麗だから、こんなことはしないだろう。

 アイドルはトイレもいかないしオナニーもしないタバコも吸わないだろう。

 そんな自分勝手で身勝手な幻想を、ろくに話したこともない赤の他人に抱いてしまうんだ。

 人間、生きていればそんな事一度や二度はあると思う。


『まさか、あの人があんな性格悪いとは思わなかった』

『まさか、あんな真面目で大人しいあの人が犯罪に手を染めるとは思わなかった』


 そんな風に思った事はないだろうか?

 そして、自分が抱いた幻想とまるっきり違うからといって、勝手にその人の事を幻滅してしまうのだ。

 裏切られた!信じていたのに、裏切られた!

 別に、その人が直接自分に何かした訳でもないのに。

 自分が抱いた幻想と違うからって、一人勝手に傷ついてしまうのだ。


 と、何で突然哲学っぽいことを考えているかというと、たった今僕の幻想が崩れ去ろうとしているからだ。


 僕は勝手に、園原唯に幻想を抱いていた。

 黒髪ロングの清純派美少女。

 成績優秀で学級委員長。

 いつも笑顔で、誰にでも分け隔てなく優しい。

 きっと純粋無垢なままで、オナニーもしたことないんだなとか思っている。

 絵に描いたような清く美しい女子高校生だ。


 そんな彼女が、“パンツを履いていなかった”。

 いわゆる、“ノーパン”で登校していたのだ。


(園原さんって、痴女だったの?)


 今世紀最大の謎に困惑してしまう。

 いやいやいや、早まってはいけないぞ黒崎光太。

 もしかしたら、今日だけ履き忘れしまった可能性もあるじゃないか。それか、学校に来る途中にパンツが濡れてしまい、仕方なしに脱いだ可能性がある。

 ……いやいや、学校に来る途中にパンツだけ濡れるってどういう事件だよ。落ち着け僕、慌てるんじゃない。


 ただ、ただだ。

 もし仮に、万が一、園原さんが痴女で、そういうアブノーマルな性癖だった場合、僕は彼女の事をどう思うのだろうか。傷ついたり、あるいは幻滅したりするのだろうか。


「はよー黒崎」

「お、おはよう」


 その答えに辿り着く前に、教室に辿りついてしまっていたようだ。

 窓側一番後ろの主人公席に向かうと、手前の席のスーパーギャル安藤さんに声をかけられる。なぜかここ最近、安藤さんや彼女のギャル仲間である夢野さんや七瀬さんにも声をかけられる事が多くなった。というか、勝手に僕がイジられてるだけだけど。

 だけど、こうして朝の挨拶のやり取りをするぐらいの関係にはなっていた。


 そんな安藤さんは、僕の下半身に視線を送ると、突然「ブフ!」と吹いてしまう。


「あは!あははははははははは!!」


 腹を抱えて爆笑する安藤さん。彼女が何に笑っているのか分からず困惑していると、安藤さんは僕の下半身を指しながら、


「黒崎さ~、いくら自分がタってるのでイジられてるからって、開き直ってフルボッキはないんじゃないww」

「ほえ?」


 そう指摘され、僕は間抜けな顔を下に向ける。僕のマイサンは、これでもかというぐらい完全体であることを主張していた。


「びやああああああああああああああああああああああああああ!!!???」


 タってる!?僕のボクがタってるよおおおおおおおお!!!

 えええ何でえええ!?いつからタってたの君いいいい!?

 もしかしてあれか?園原さんのノーパンのぬくもりを感じた時からなのか!?

 そうとは知らず、ここまでスカし顔で来たのか僕は!?完全状態フルボッキで!?というか、ガッチガッチにさせておきながらあんな哲学的な事を考えていたのか僕は!?気持ち悪いどころじゃないよ!!


 奇声を発してしまったことで、クラスにいる生徒達がこちらに視線を寄越してくる。僕は慌てて自分の席に座って前屈みの姿勢になった。

 そんな気色悪い対応に、安藤さんは涙を溢れさせるほど笑っている。


「ひーーーーー、ダメだって、死んじゃうw笑い死んじゃうってw」

「ねえモモちーん、何をそんなに笑ってんのお~?」

「ねえ聞いてwこいつ朝っぱらからw超スマした顔でwビンビンで来たの……ブフゥ!」

「ええ~マジ~?朝からどんな妄想してたのかな~?モモも見たいな~」


 そう言って、夢野さんは頭を下げて僕の息子を見ようとしてくる。僕は慌てて膝を閉じた。硬く閉ざされた両膝を掴んで、夢野さんは強引にこじ開けようとしてくる。

 やめて下さい、これ以上僕に恥を晒させないでください!


「朝っぱらから堂々と盛ってるとか、あんた陰キャの癖にオープンなんだね……」


 七瀬さんがドン引きしながら冷たい眼差しを送ってくる。

 ああ、僕は七瀬さんのイメージを壊してしまった。凄く最悪な気分だ。簡単に言うと死にたい。


「そんで~、黒崎は何を妄想してタっちゃったのかな~」

「や、違っ……」


 安藤さんは僕に近づき、ガシっとアームロックしてきて耳元で問いかけてくる。

 さらさらな髪が顔をくすぐり、妖艶な香りが鼻腔を犯し、ゾクっとするような声音が鼓膜を侵略した。僕の全神経が、安藤さんに注がれていた。

 あああああああやばいやばい!童貞陰キャにそんな事しちゃダメだって!!

 ホント、マジで!もっとやばい事になっちゃうから!!


「ほらほら~言ってみ~」

「早くモモにも見せてよ~」

「アンタら、少しはこいつの気持ちを考えてやれよ……」


 安藤さんに責められ、夢野さんに全力で抵抗し、七瀬さんから哀れみの目を向けられる。

 そんな調子で、僕は放課後までずっと彼女達に一日中イジられ続けたのだった。






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