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07 外堀を埋められている?

 玄関の扉を開けた瞬間、熱気が体全体を包み込む。 纏わりつく生暖かい風は、外にいるだけで汗が滲み出て不快だった。


「朝からこれだけ暑いと、昼になったら一体どれだけ暑くなるんだよ?」


 そう独りごちていると、住宅の角から一人の少女が姿を現す。


 カッターシャツの胸元には瑠璃紺色のリボン、そしてスカートは小町鼠色の地に瑠璃紺色のチェック柄の制服姿。


 清涼で爽やかな夏服を見ているだけでも、気分的に涼しくなった気がする。 色合い的にそういった視覚効果があるのだろうか?


 少女は俺を視認するやいなや、一瞬眉間にしわを寄せたあと、腰まである黒髪をゆらゆらと揺らしながら、こっちへと向かって来る。


 その女子高生は俺の1メートル手前で立ち止まり、俺を睨んだ。


「なによ!」


「え?」


 ただ見てただけなんですけど?

 つーか、毎度毎度、飽きずに突っかかってくるもんだと感心してしまう。


 ここ一週間、不機嫌ではあるものの毎日欠かさず俺と共に登下校をしている。

 本人としては不本意なのだろうが、美津季さんの言いつけだから仕方がない、と言った感じなのだろう。


 とは言え、学校に近付けば俺から一定の距離を取って歩くのは相変わらずだった。


 まあ、それはそれとして······。


 一週間前、楓は俺とクロとの関係を暴露した。

 翌日、その事について激しく追及されると身構えていたが、特に何か言われるわけでもなく、今にいたっている。


 あまり聞かれたくない内容なので、このまま何も問い詰められなければいいのだが······。

 とは言え、今のクロの性格からして全く聞いてこないと言うのも、いささか気味が悪い。



 それから俺達は、特に会話することもなく学校に到着し教室へ入ると、そこに水際と桐野の姿があった。


「おはようクロ!!」


「おはよう、くろろん」


「お、おはよう······」


 若干、気圧されつつも、何とか挨拶を交わすクロ。

 今では、普通に会話が出きるほどに親しくなったといえる。 いや、元の仲良し三人組に戻ったと言うべきなのだろうか。


 ──ところで以前、クロから『付き合っていると誤解されるから、学校内では話しかけるな』と言われたことから、俺は今、その言いつけを守っている。


 が、美津季さんからお願いされている以上は、クロのことは視界にいれつつ遠目から見守っている。


 ──はぁー、ちょっと面倒くさい······。


 というわけで、学校でのお側担当は水際と桐野に任せることにしている。


 3人は中学時代から仲が良く、たとえクラスが別々であっても、今のように集まっては姦しくお喋りをしに来るほどだった。


 よくまあ、そんなに話すことがあるものだと感心するが、とはいえ記憶の失ったクロと、またこうして一緒に居てくれる事に関して言えば、とてもありがたい存在ではある。


 そう思いにふけっていると、不意にクロと目があった。

 その瞬間、睨まれはしたが会話の途中だったのか、すぐに俺から視線を外し、再び二人の前で笑顔を作りなおしていた。


 ん、なんだ? 今度は三人揃ってこっちを見ている。


 クロは相変わらず睨んでいるが、水際と桐野は何やら不適な笑みを浮かべていた。 ······何?




 ───下校のチャイムがなった。


 俺はすぐに帰り支度を済ませ教室をあとする。

 そして、少し遅らせてクロが後に続く。


 昇降口にたどり着くと、珍しくクロが話しかけてきた。


「あんた今から用事ある? ちょっと聞きたいことがあるんだけど」


「いま?」


「そ、そうね······」


「いいのか? 学校内で俺と喋ってて。 いつもは駅に付いてからだろ?」


 と、からかってみた。


 するとクロは耳を少し赤らめたあと、眉間にシワを寄せた。


「じぁ、もういい!!」


「え、いいの?」


「この嘘つきっ!」


「いてっ!!」


 お尻を蹴られた······。


 クロはゆっくりと周りを見渡したあと「やっぱり後で良い」と言った。



 学校付近でのクロは、俺から1メートル離れたところを歩き、駅に着けば無愛想ながらも距離を戻して、そこから会話がはじまる。


 というのがいつものパターン。


 しかし今日は、昇降口を出てからは一言も喋らず、地元の駅にたどり着くまで無言だった。


 改札口から階段を下り、バスのロータリーへと出る。 見慣れた景色。 俺達は、そのロータリーの脇にある細い道を無言のまま歩いていく。


 少し歩いたところでたこ焼き屋が見えてき、そこから香ばしい匂いが漂ってくる。


 俺は店の前で足を止め、後ろで付いて歩くクロに目をやった。するとクロも立ち止まり、一旦視線を合わせたものの直ぐに視線を下に向けた。


 俺は「はぁ······」と深い溜め息をつく。


「たこ焼き食べながら帰るか?」


「いらない」


「あの時よく一緒に食べたよな······? お前が嫌じゃなければ、今から思い出話でもするか?」


「············」


「本当は永遠に封印したかった思い出だったけど······。 でも、今度は嘘は言わない。その代わり、覚悟して聞いてほしい」


 クロの関係について、このままずっと嘘を突き通せるのであれば俺はそれでいいと思っていた。


 だけど、楓のお陰でそうもいかなくなった。

 もちろん楓だけでなく、おそらく水際たちもクロに何か吹き込んでいるに違いない。朝のあの様子だときっとそうだろう。


 ──もうこうなってしまった以上、話すしかない······。


 そもそも、クロとの関係が変に拗れてしまうのも本意ではないしな。


 俺はクロの目をじっと見つめ答えを待った。


「······じぁ、聞いてあげる」



 淀川の河川敷にあるコンサート広場で、俺とクロはたこ焼きを食べていた。


 蒸しかえる暑さも夕暮れを目前にし、いまは幾分か和らいでいる。

 川沿いから吹き抜ける南風が肌を撫で心地がいい。


 時折強く吹きつける風が、腰まであるクロの黒髪を持ち上げ、さらさらと川のように流している。



 ──あの出来事について、俺は一生誰にも言わないと決めていた······。


 なのに、俺達に関係する周りの女子どもは、一体どういうわけか、俺の触れてほしくない部分をズケズケと踏み込んではかき回す。


 ──今のクロもそうだ······。


 ほっといてほしというのに······。

 触れないでほしいのに······。


 クロは少し乱れた髪をすくい、耳の後ろに掛け『そろそろ話してくれる?』というような視線を俺に向ける。


「ちょっと長くなるぞ? 一週間くらいにして分ける?」


「そんな茶番はどうでもいいから、全部話して」


 最後の悪足掻きも見事に粉砕······。


 だけど、『いま話してもいいかもしれない』と俺はそのとき不思議な気分になっていた。


次からは過去編に入っていきます。

クロの身に起きた事故とは? なぜクロは性格が変わってしまったのか? その辺りが過去編で分かってきます。


もしよろしければ評価お願いします!

次回からも頑張りますよー!



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