06 薙とクロの本当の関係~クロ視点~
「クロおねーちゃん! どこに行こっか?」
「そうね······」
買い物をしようと誘ったものの、いざどこに行くかは全く決めていなかった。
そもそも森之宮の妹とは言え、まるで面識がないというのに。
───森之宮の妹······なんだよね?
あ、そうか。 そうよね。
「ねぇ、よかったらでいいんだけど、T-SITEのスタバに行かない? ついでに本屋にも寄りたいし」
「うん、いいよ!」
そうと決まると私たちは、駅前にあるT-SITEという商業施設へと向かった。
◇
「ダークモカチップフラペチーノが一つと、楓ちゃんは何する?」
「じぁ、私はストロベリー&パッションティーフラペチーノ!」
楓はメニュー表に指をさしそう注文した。
「1260円になります」
「はい。あ、楓ちゃんは出さなくていいよ、私が誘ったんだから」
「ありがとうクロおねーちゃん!」
外で話したい気分だったので私はテラスの方を確認する。
運よくカップル達が席を立ち移動しようとしていたので、獲物を捕らえるが如く私は素早く席の確保をする。 よし!
今日もジリジリと暑くうだる日だった。
だけど、テラスはうまい具合にビルの陰に入り、日差しは遮られている。
風の通り道ということもあって、暑さは幾分か和らいでいた。
楓はテーブルの上にストロベリー&パッションティーフラペチーノを置いたあと、ストンと落ちるようにして席に着く。 その時、栗色のボブヘアがふわっと膨らんだ。
「えへへ」と、楓はあどけない笑顔を見せ「これ飲んでみたかったんだ」と、嬉しそうにストローを突き刺していた。
「ところで楓ちゃんって、いくつなの? ······って、こんなこと聞くのおかしいよね······」
「大丈夫だよクロおねーちゃん! 私は15才、中学3年生です」
申し訳ないという私の気持ちに対し、楓は明るい声音で答えてくれた。
楓ちゃんは私の事をどれだけ知っているのだろうか? 聞きたいことは山ほどある。
でも、もし森之宮の言うように、ただの知り合い程度の仲だったとしたら、内容によっては彼女を傷つけてしまうかもしれない······。
───あぁ、むしろ何だったら聞いていいのだろう?
どう切り出せばいいのか分からず沈黙が続く。 すると、そんな私の思っていることを察したのか、楓は救いの手を差しのべた。
「クロおねーちゃん、凄い顔してるよ······」
「え!? そんなにひどい顔してた?」
「うん」
そう言って楓は、じゅるじゅるとストロベリー&パッションティーフラペチーノを美味しそうに吸い上げる。
「ねぇ、クロおねーちゃん。 私に何か聞きたいことがあるから誘ってくれたんだよね? いいよ、何でも聞いて」
その助け船はとてもありがたかった。
「でも、もしかしたら楓ちゃんを傷つけてしまうかもしれないよ?」
それを聞いた楓は、思わずストロベリー&パッションティーフラペチーノを吹き出しそうになったが、何とかギリギリのところでこらえていた。
「大丈夫だよ!! 私とクロおねーちゃんの仲はそんな程度じゃないから、ドーンと来なさい!!」
笑いすぎて涙目になっていた楓は、グーにした右手を胸に叩き、そして両手を広げかかってきなさいのボーズをとる。
「ありがとう楓ちゃん······」
なになになに!? 物凄く優しい子じゃない! 本当にあいつの妹なの? あ、ちょっと涙が出てきた······。
「じぁ、楓ちゃんちと私んちの仲······いやそうじゃなくて、私と楓ちゃん、もしくは森之宮との関係は『知り合い程度』だったのかな?」
森之宮に聞いた質問をもう一度楓ちゃんに聞いてみた。 何故なら、私が質問したとき森之宮の挙動がおかしかったからだ。 きっとあいつは何かを隠している。
「え、知り合い程度? なにそれ? そんなレベルじゃないよ? ズブズブの幼なじみだよ?」
「ズブズブって······」
「うん、ほとんど毎日のように三人で遊んでいたからね」
「え、そうなの!? ······じぁ、どうしてそんなにも仲が良かったのに、今まで、いや最近かな? 顔も会わせなかったのかしら?」
「うん、そうだね······。 クロおねーちゃんが事故して記憶をなくした辺りから、遊ばなくなったかな。
ん~、ここからは私からは言えないけど······、あ、でも詳しく知りたかったらお兄ちゃんに聞いてみて」
私があいつや楓ちゃんとも仲がよかった······。
でもそれならそうと、なぜあいつは嘘をついたんだろ? やっぱり事故と何か関係がある?
私の記憶は事故で失ったと聞いていた。その時の事は覚えていない。
だけど、何かとても大切な事、そして忘れてはいけない何かがあるような気もしていた。
「あ、あともう一つ聞いていいかな?」
──これが本題······。
「うん。いいよ何でも聞いて!」
「あいつ、いや、森之宮と私ってもしかしてだけど、付き合ってたりなんか──」
「付き合ってたよ!」
「えっ!?」
楓は待ってましたと言わんばかりに、私の言葉を被せてきた。
「もう、付き合うどころか許嫁だったしね」
「い、許嫁っ!!!?」
私は思わずけたたましい声を上げ、ガタンと椅子をはねのけた。
その瞬間、それまで饒舌に語っていた楓は口に手を押さえ、見る見る顔色を変えていく。
「ちょ、ちょっと、楓ちゃん!! 大丈夫?」
楓は、あわあわと手を動かし「しまったーっ!!!」と言いながら慌てふためいている。
「ク、クロおねーちゃん、い、今の無し!!! 聞かなかったことにして! お、お願い!!」
テーブルの上に両手を置き、頭を下げ懇願する楓。
えーーーーーっ!! なになになに!?
「これ言ったらダメなやつだった。お兄ちゃんにきつく止められてて······、つい口が滑っちゃった」
「え!? もしかしてあいつに何か弱み握られているとか?」
「ち、ちがう、ちがう! お兄ちゃんはそんなことする人じゃないから! ハハハハハハ!」
笑顔だった楓の顔に少し影が落ちる。
「でもね······、二人にとって、あの事故はとっても、とっても、つらい事故だったんだ······」
「まぁ、許嫁で、しかも好きどうしだったみたいだし、そりゃ辛いわよねそれは」
そういった瞬間、楓は私を見つめ目を潤ませている。
し、しまった思わず他人事のように答えてしまった。 一応、当事者だもんね私。 軽率だった······。
───でも、つらい事故って何?
「こ、ごめんなさい楓ちゃん! 悲しませる言い方をしてしまって······」
「ううん、大丈夫だよクロおねーちゃん」
「あ、そうだ! もう一つ、もう一つだけ聞いてもいい?」
もっと聞きたかった······。
だけど、これ以上は楓ちゃんに負担を掛けるわけにはいと思い、私は取り繕うように話を変えた。
それを受けて楓は縦に首を振り、それで次は何かな? っという具合に目を爛々と輝かせた。
「以前の私ってどんな性格だったのかなって?」
楓は人差し指を顎に押し当て少し考えている。
「とても優しくて、いつもニコニコしていて、ほわんとした人かな。 お兄ちゃんは才色兼備だって難しいこと言ってたけど」
「そ、そうなんだ······」
それって私? まるっきり正反対というかなんというか······。
このあと私達は、何でもない世間話に小一時間ほど花を咲かせた。 こんなにも楽しいと思えたのは、もしかすると初めてだったかもしれない。
気付けば辺りは暗くなりはじめ、ビル肌は黒く染まり、行き交う人は足早に家族の元へと急いでいた。
「楓ちゃん、そろそろ帰ろっか」
「うん! クロおねーちゃん!」
◇
「久しぶりにクロおねーちゃんとお話してきたよ! あぁ、楽しかったなー!」
ロングTシャツ姿の楓は、髪をタオルで拭きながら、ソファー目掛けジャンプ座りをする。
その反動で、足の裏が天井に向き同時にパンツがあらわになった。
「おい! もういいお年頃なんだから、家の中とはいえ少しくらいは恥じらい持てよ!!」
「え、何? もしかして恥ずかしいの? ムラムラしちゃった?」
「あのなー、お前のそんな姿を目の当たりにしても、なんっの感情も湧いてこんわっ!!! むしろイラッとする!!」
そう言われた楓はショックだったのかピタリと動きを止めた。
──と思いきや、いきなりケラケラと腹を抱えて笑いだし、足をバタつかせている。
······だからはしたないって!
つかこいつ、外ではちゃんとしているのだろうか? ちょっと心配だ······。
散々笑った楓は涙を指でぬぐったあと、居住いを正す。
「ところでさぁ、お兄ちゃん······」
「なんだ。つか、ズボンはけ」
「ねぇお兄ちゃん、またクロおねーちゃんと付き合うことは無いの?」
「恐らくないと思う」
そう言うと楓は暗い表情になった。
「だって、性格は少し変わっちゃったけど、見た目は丸々一緒だよ?」
見た目が一緒だからって性格は全く違う。 言ってしまえば今のクロは別人なのだ。 再びやり直せと言われても、そんな簡単には割りきれない。
「そんなことより、お前、あの事をクロに言ってないだろうな?」
「──ぅ!」
楓はおもむろに口を尖らせ、明後日の方向に向き口笛を吹きはじめた。
「あれほど言うなって、日頃から釘を刺していたというのに······つか、口笛吹けてないぞ!」
俺は眉間に手を当て、そして深いため息をつく。
気まずくなった楓は、「ズボン、ズボン」と言いながら立ち上がり、リビングから出ていこうとした。
その間際「またクロおねーちゃんとくっつけばいいのに······」とボソリと言い残し、部屋をあとにするのだった。




