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06 薙とクロの本当の関係~クロ視点~

「クロおねーちゃん! どこに行こっか?」


「そうね······」


 買い物をしようと誘ったものの、いざどこに行くかは全く決めていなかった。

 そもそも森之宮の妹とは言え、まるで面識がないというのに。


 ───森之宮の妹······なんだよね?

 あ、そうか。 そうよね。


「ねぇ、よかったらでいいんだけど、T-SITEのスタバに行かない? ついでに本屋にも寄りたいし」


「うん、いいよ!」


 そうと決まると私たちは、駅前にあるT-SITEという商業施設へと向かった。



「ダークモカチップフラペチーノが一つと、楓ちゃんは何する?」


「じぁ、私はストロベリー&パッションティーフラペチーノ!」


楓はメニュー表に指をさしそう注文した。


「1260円になります」


「はい。あ、楓ちゃんは出さなくていいよ、私が誘ったんだから」


「ありがとうクロおねーちゃん!」


 外で話したい気分だったので私はテラスの方を確認する。

  運よくカップル達が席を立ち移動しようとしていたので、獲物を捕らえるが如く私は素早く席の確保をする。 よし!


 今日もジリジリと暑くうだる日だった。

 だけど、テラスはうまい具合にビルの陰に入り、日差しは遮られている。

  風の通り道ということもあって、暑さは幾分か和らいでいた。


 楓はテーブルの上にストロベリー&パッションティーフラペチーノを置いたあと、ストンと落ちるようにして席に着く。 その時、栗色のボブヘアがふわっと膨らんだ。


「えへへ」と、楓はあどけない笑顔を見せ「これ飲んでみたかったんだ」と、嬉しそうにストローを突き刺していた。


「ところで楓ちゃんって、いくつなの? ······って、こんなこと聞くのおかしいよね······」


「大丈夫だよクロおねーちゃん! 私は15才、中学3年生です」


 申し訳ないという私の気持ちに対し、楓は明るい声音で答えてくれた。


 楓ちゃんは私の事をどれだけ知っているのだろうか? 聞きたいことは山ほどある。


 でも、もし森之宮の言うように、ただの知り合い程度の仲だったとしたら、内容によっては彼女を傷つけてしまうかもしれない······。


───あぁ、むしろ何だったら聞いていいのだろう?


 どう切り出せばいいのか分からず沈黙が続く。 すると、そんな私の思っていることを察したのか、楓は救いの手を差しのべた。


「クロおねーちゃん、凄い顔してるよ······」


「え!? そんなにひどい顔してた?」


「うん」


 そう言って楓は、じゅるじゅるとストロベリー&パッションティーフラペチーノを美味しそうに吸い上げる。


「ねぇ、クロおねーちゃん。 私に何か聞きたいことがあるから誘ってくれたんだよね? いいよ、何でも聞いて」


 その助け船はとてもありがたかった。


「でも、もしかしたら楓ちゃんを傷つけてしまうかもしれないよ?」


 それを聞いた楓は、思わずストロベリー&パッションティーフラペチーノを吹き出しそうになったが、何とかギリギリのところでこらえていた。


「大丈夫だよ!! 私とクロおねーちゃんの仲はそんな程度じゃないから、ドーンと来なさい!!」


 笑いすぎて涙目になっていた楓は、グーにした右手を胸に叩き、そして両手を広げかかってきなさいのボーズをとる。


「ありがとう楓ちゃん······」


なになになに!? 物凄く優しい子じゃない! 本当にあいつの妹なの? あ、ちょっと涙が出てきた······。


「じぁ、楓ちゃんちと私んちの仲······いやそうじゃなくて、私と楓ちゃん、もしくは森之宮との関係は『知り合い程度』だったのかな?」


 森之宮に聞いた質問をもう一度楓ちゃんに聞いてみた。 何故なら、私が質問したとき森之宮の挙動がおかしかったからだ。 きっとあいつは何かを隠している。


「え、知り合い程度? なにそれ? そんなレベルじゃないよ? ズブズブの幼なじみだよ?」


「ズブズブって······」


「うん、ほとんど毎日のように三人で遊んでいたからね」


「え、そうなの!? ······じぁ、どうしてそんなにも仲が良かったのに、今まで、いや最近かな?  顔も会わせなかったのかしら?」


「うん、そうだね······。 クロおねーちゃんが事故して記憶をなくした辺りから、遊ばなくなったかな。

ん~、ここからは私からは言えないけど······、あ、でも詳しく知りたかったらお兄ちゃんに聞いてみて」


 私があいつや楓ちゃんとも仲がよかった······。


でもそれならそうと、なぜあいつは嘘をついたんだろ? やっぱり事故と何か関係がある?


 私の記憶は事故で失ったと聞いていた。その時の事は覚えていない。

 だけど、何かとても大切な事、そして忘れてはいけない何かがあるような気もしていた。


「あ、あともう一つ聞いていいかな?」


──これが本題······。


「うん。いいよ何でも聞いて!」


「あいつ、いや、森之宮と私ってもしかしてだけど、付き合ってたりなんか──」


「付き合ってたよ!」


「えっ!?」


 楓は待ってましたと言わんばかりに、私の言葉を被せてきた。


「もう、付き合うどころか許嫁だったしね」


「い、許嫁っ!!!?」


 私は思わずけたたましい声を上げ、ガタンと椅子をはねのけた。


 その瞬間、それまで饒舌に語っていた楓は口に手を押さえ、見る見る顔色を変えていく。


「ちょ、ちょっと、楓ちゃん!! 大丈夫?」


 楓は、あわあわと手を動かし「しまったーっ!!!」と言いながら慌てふためいている。


「ク、クロおねーちゃん、い、今の無し!!! 聞かなかったことにして! お、お願い!!」


 テーブルの上に両手を置き、頭を下げ懇願する楓。


 えーーーーーっ!! なになになに!?


「これ言ったらダメなやつだった。お兄ちゃんにきつく止められてて······、つい口が滑っちゃった」


「え!? もしかしてあいつに何か弱み握られているとか?」


「ち、ちがう、ちがう! お兄ちゃんはそんなことする人じゃないから! ハハハハハハ!」


 笑顔だった楓の顔に少し影が落ちる。


「でもね······、二人にとって、あの事故はとっても、とっても、つらい事故だったんだ······」


「まぁ、許嫁で、しかも好きどうしだったみたいだし、そりゃ辛いわよねそれは」


 そういった瞬間、楓は私を見つめ目を潤ませている。


 し、しまった思わず他人事のように答えてしまった。 一応、当事者だもんね私。 軽率だった······。


───でも、つらい事故って何?


「こ、ごめんなさい楓ちゃん! 悲しませる言い方をしてしまって······」


「ううん、大丈夫だよクロおねーちゃん」


「あ、そうだ! もう一つ、もう一つだけ聞いてもいい?」


 もっと聞きたかった······。

 だけど、これ以上は楓ちゃんに負担を掛けるわけにはいと思い、私は取り繕うように話を変えた。


 それを受けて楓は縦に首を振り、それで次は何かな? っという具合に目を爛々と輝かせた。


「以前の私ってどんな性格だったのかなって?」


 楓は人差し指を顎に押し当て少し考えている。


「とても優しくて、いつもニコニコしていて、ほわんとした人かな。 お兄ちゃんは才色兼備だって難しいこと言ってたけど」


「そ、そうなんだ······」


 それって私? まるっきり正反対というかなんというか······。


 このあと私達は、何でもない世間話に小一時間ほど花を咲かせた。 こんなにも楽しいと思えたのは、もしかすると初めてだったかもしれない。


 気付けば辺りは暗くなりはじめ、ビル肌は黒く染まり、行き交う人は足早に家族の元へと急いでいた。


「楓ちゃん、そろそろ帰ろっか」


「うん! クロおねーちゃん!」



「久しぶりにクロおねーちゃんとお話してきたよ! あぁ、楽しかったなー!」


 ロングTシャツ姿の楓は、髪をタオルで拭きながら、ソファー目掛けジャンプ座りをする。

 その反動で、足の裏が天井に向き同時にパンツがあらわになった。


「おい! もういいお年頃なんだから、家の中とはいえ少しくらいは恥じらい持てよ!!」


「え、何? もしかして恥ずかしいの? ムラムラしちゃった?」


「あのなー、お前のそんな姿を目の当たりにしても、なんっの感情も湧いてこんわっ!!! むしろイラッとする!!」


 そう言われた楓はショックだったのかピタリと動きを止めた。

──と思いきや、いきなりケラケラと腹を抱えて笑いだし、足をバタつかせている。


······だからはしたないって!


 つかこいつ、外ではちゃんとしているのだろうか? ちょっと心配だ······。


 散々笑った楓は涙を指でぬぐったあと、居住いを正す。


「ところでさぁ、お兄ちゃん······」


「なんだ。つか、ズボンはけ」


「ねぇお兄ちゃん、またクロおねーちゃんと付き合うことは無いの?」


「恐らくないと思う」


 そう言うと楓は暗い表情になった。


「だって、性格は少し変わっちゃったけど、見た目は丸々一緒だよ?」


 見た目が一緒だからって性格は全く違う。 言ってしまえば今のクロは別人なのだ。 再びやり直せと言われても、そんな簡単には割りきれない。


「そんなことより、お前、あの事をクロに言ってないだろうな?」


「──ぅ!」


 楓はおもむろに口を尖らせ、明後日の方向に向き口笛を吹きはじめた。


「あれほど言うなって、日頃から釘を刺していたというのに······つか、口笛吹けてないぞ!」


 俺は眉間に手を当て、そして深いため息をつく。


 気まずくなった楓は、「ズボン、ズボン」と言いながら立ち上がり、リビングから出ていこうとした。


 その間際「またクロおねーちゃんとくっつけばいいのに······」とボソリと言い残し、部屋をあとにするのだった。


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