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05 不可解な詮索

「ごめん二人とも······」


「そんな、あやまらんといて! 私たちクロの親友なんだから、これくらい平気」


 そう言いなが、水際はパンッと俺の背中を叩き、桐野にいたっては『そうだよ』という視線を送ってきた。


「うん、ありがとう······」


「ところで、あんた達また一緒に登校してきたみたいだけど、一体どうなってんの?  記憶が戻ったってわけじゃないわよね?」


「まあ、そうなんだけど······」


 俺はクロの記憶が依然として戻っていないことや、性格も戻っていないことを伝える。


 一緒に登校してきた理由は、美津季さんにお願いされたからだと伝えた。

 ただ、ストーカーの件だけは伏せておいた。


「それと、お願いがあるんだけど······。 もし今後、クロから俺との関係について聞かれたら、『知り合い程度の幼なじみ』とだけ伝えてほしいんだ」


 そう、ただの幼なじみ。

 それ以上の関係がないただの知り合い。


 今のクロは、もうあの時のクロじゃない。 だから、イタズラに混乱させたくないのだ。


「森之宮ってさぁ、一時クロが登校してきた際も、そうやってあたしらに釘を刺していたけど、本当にそれでいいわけ? だってあんたたち───」


「いいんだよ! これで······」


 すると、傍でわなわなと震える桐野が口を開く。


「そんなの······、くろろんはきっと悲しむわ······」


「············」


 強く反論する桐野を見るのは初めてだった。いつも、笑顔で人の話を聞く桐野が、目に涙を浮かべながら声を震わせる。


 桐野の言うとおりクロはきっと悲しむだろう。

 でも、もうあの時のクロじゃないだ······。


 俺達の目の前にいるクロは容姿がクロであっても、中身は別人。俺の知っているクロではない。

 ならもう、そっとしておくべきではないのだろうか。


「うん。ありがとう。 ······でも、一からやり直すなんて、もうしんどいかな······」


 クロのことが大事だという気持ちはみんな同じだけど、そこには隔たりがあった。


 水際たちは、クロに事実を話し前に進むべきだと考え、逆に俺は過去の事を消し去り、前に進むべきだと考えている。


 もちろん、水際達の気持ちは十分にわかる。


 だけど、あの時の絶望を前にしたとき、果たして彼女達も、今と同じ答えを導くのだろうか?


 ───俺はあの絶望から背をむけたのだ。


 俺の心はあの時に壊れ、そして大事な物を置き去りにし、今にいたるのだから······。


 二人は一旦俺の考えを受け入れてくれたが、結局、互いの気持ちが埋まることはなかった。


 話しが終わり教室へと戻る。


 すると、とある場所に人が群がり、その群衆の中から最も危惧していた言葉が飛び交っていた。


「ねーねークロちゃん、森之宮君と別れたって聞いていたけど、寄りを戻したの?」


「森之宮君と別れたって嘘だったの? 」


「相変わらず森之宮君とラブラブだよね」


「お前達、結婚してんだろ?」


 四方八方から浴びせられる容赦ない質問。

 その中には、有りもしない噂までも含まれていた。


 俺は群衆をかき分けクロの所へと駆け寄る。

 そして、ようやくクロが視界に入った······。


「あ、あの······え、えーと······」


 クロは、生徒たちによる心ない質問攻めにあい、狼狽え涙目になっている。

 最早、恐怖のあまり肩をすぼめ体を震わせていた。


「ちょっと!! みんなまってくれっ!!!」


 俺は両手を上げパタパタと交差させ質問を制止する。 水際と桐野も中へ割って入り、クロを守っていた。


 しかし、どういうわけか生徒の数が先程よりも増し、こともあろうか質問が過熱するばかりで、全く収まる気配がない。


 質問攻めはさらにヒートアップし、もはや尋問とも取れる質問へと変わり、その矛先は俺にも向けられた。


「あ、森之宮君!! クロちゃんと寄りを戻したの? どうなの?」


「じぁ、森之宮君とクロちゃんが付き合って無いって噂は嘘だったんだね?」


「どうして小波さんはクラスが変わったの?」


 押し寄せる生徒。全く歯止めが効かない!!


 おかしい······。 一体どうしたっていうんだ?


「森之宮!! 何かみんなが変だよ!?」


「みんな、どうしちゃったの?」


 どうやらこの異変に、水際と桐野達も気づいたようだ。


 そうこうしてる間に、気がつけば俺たちを取り囲む人だかりが徐々に狭まり、いよいよ危機が迫っていた。


 その時、


───パン! パン! パン!


「みんなー、静かにー、はい解散、解散!!」


 一人の男子生徒が柏手を打ち注目を集めた。


 すると、驚くことに一堂は素直に解散し、まるで何事も無かったかのように去っていく。


 みんなが去っていくのを見届けたあと、その生徒は「ふー」と言いながら肩の力を抜く。

 そして、甘い笑顔を作り俺達の方へと向かってくる。


「一体何事かと思ったよ。 でも、大丈夫だったかい?」


「あぁ、助かった······」


 俺たちを助けてくれたのはクラスの学級委員長、橋本崇(はしもとたかし)だった。


 次期生徒会長と噂される男。

 端正な顔立ちと親しみやすさから女子に人気がある。 しかも毎回のテストでは学年上位クラス。もはや非の打ち所のない人物だ。


「あ、ありがとう······。 は、橋本くん······」


 クロは橋本を見るなり、ほんのりと頬を赤く染め、そして上目遣いで感謝した。


「ほんと何事もなくてよかったよ。 また、何かあったら僕を呼んでくれ」


 クロに笑顔をみせたあと、橋本は手をヒラヒラとさせてから、自分の席へと戻っていった。



 終業のチャイムがなった。


 常軌を逸した朝の質問攻めは、あれ以降襲われることがなかった。 まるで狐につままれた気分だ。


 一体なんだったのだろうか?


「なにぼさっとしてるの? 早く帰るわよ」


 既に帰る準備を済ませていたクロは、考え事をしていた俺に対し、帰りを急かすように促す。


 朝の事についてクロは何も思わなかったのだろうか?

 いや、あんな怖いことがあったのだ、逆に蒸し返す必要はないか。


 学校からの帰り、俺とクロは無言だった。

 なぜなら、朝の登校時、クラスメイトにからかわれたのが原因で、いまこうして一定の距離をとって歩いているからだ。


 駅に到着すると生徒の数も少なくなったので、クロはそろそろと俺に近付き、仏頂面の様相で俺の横に並ぶ。


「ねぇ······、朝のあれどういうこと?」


「あれとは?」


「だ、だから、私とあんたが······、つ、付き合ってたとか、別れたとか、結婚だとかよ!」


「そうなんだよ!! 俺も、ありもしない事を言われてめっちゃ驚いているだ。 あれってホント、なんなんだろうな?」


「とぼけないでよ!! あれは、からかって言っているようには見えなかったわ! あんた、何でも教えてくれるって言ったわよね?」


 いささか興奮気味のクロは、前のめりになって俺に突っかかってきた。


「前にも言ったけど、俺は俺の言える範囲でしか言わないし、言いたくないことは教えない」


「なによ! それってつまり、何も教えないって事じゃない! 結局あんたもそうなんだ······」


 クロはそれ以上なにも言わず、下唇を噛みしめそのまま俯むいてしまった。


 ホームに電車が到着し俺たちは乗車する。 クロは扉にもたれかかり、どこか遠い場所を虚ろな目で眺めていた。



「私、今から寄り道して帰るから······」


 地元の駅に到着し、改札口を出たところでクロはそう言った。


「買い物か?」


「別に」


 俯いたまま答えたクロは、そのまま俺のもとから立ち去る。


「あれお兄ちゃん!? って、クロおねーちゃんも!?」


 目を丸くしオーバーなリアクションを取る妹がそこにいた。 妹は俺とクロを交互に眺めては、何やら顔をニヤニヤとさせている。


「な、なによ! って、あなた誰?」


「え~! 忘れちゃったの~」


 悪戯っぽく答えた妹だったが、思いのほかクロの薄い反応を目の当たりにし、どこか寂しげな表情をみせたあと「クロおねーちゃん······」と聞こえない声で呟く。


「えーと、あたしは森之宮楓。クロおねーちゃんの横にいるボサッとしたそこの男の妹です!」


 ボサッととはなんだ! ボサッととは!

と言う突っ込みは面倒だったので、俺は静観をきめる一方、クロは「あぁ、またか······」といった物憂げな表情を見せていた。


「ふーん、こいつの妹なんだ······」


 俺と楓は、このあとに続くであろうクロの言葉をまつ。


「ねぇ楓ちゃんって、私の事知ってるのよね?」


「もちろん知ってるよ!」


「今忙しい? 用事ある?」


「暇だよ」


「じぁ、今から一緒にお買い物でもしない?」


 そう言われた楓は、一度俺の顔を見た。


 きっとクロは、楓から過去の事を根掘り葉掘りと聞きだそうとするだろう。


 だったらNOだ!

 俺は、楓に向け首を横に振る。


 すると楓はニヤリと何やら怪しげな仕草で返事をし、クロの腕に自分の両腕を絡ませた。


「さ、行きましょクロおねーちゃん!」


 断られると思っていたクロは虚をつかれ、少し驚いていたが、そのあとすぐ俺の目を見るなり、ニヤリとこれまた怪しげな表情を見せ去っていった。


「おい、ちょっと!!」


······楓よ、くれぐれも変なこと言ってくれるなよ。

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