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15 クロ先生の学力

「可愛かったな~、赤ちゃん」


 クロは頬に両手を当てながら、今日、うちの神社で行われた初宮参りの事を思い出していた。


「たしかにな」


 俺は腕を組みながらうんうんと頷く。


「ねぇ、薙くん。 もし赤ちゃんを授かるならどっちがいい? 男の子? 女の子?」


 組立式のテーブルの向こう側で姿勢正しく座っているクロは、英語のテキストを片手に目をキラキラさせなが将来の事について話してきた。


「えっ!? お、俺達まだ高校生だし、まだ早くね······?」


「ふぇ!?  た、た、た、例えばの話だよ薙くん?」


 軽く聞いたつもりのクロだったが、誤解して慌てふためく俺の姿を見て、手をパタパタとさせ「そういう意味じゃなくてっ!」と狼狽える。


「もう、お兄ちゃんたち爆ぜろ!」


 テーブルに両ひじをつき、手の上に顎を乗せている楓は、ジト目で俺とクロを交互に見ながら皮肉る。

 それを受けて俺達は、あまりの恥ずかしさにプスーと頭上から白煙をあげたかのように、顔を真っ赤にさせた。


 そんな俺達はいま何をしているのかというと······、部屋にこもり勉強会を開いている。

(といっても、ただいま脱線中だが······)


 先日の、抜き打ちテストの点数があまりにも酷く、その答案用紙が母に見つかったからだ。


『今日はクロちゃんがいるんだから、しっかりと教えてもらいなさい』という母の仰せにより、クロ先生の教えのもと、ただいま猛勉強中。

 ちなみに楓も右に同じ······。


「ねー、お兄ちゃん、この問題どうやるの?」


 楓は数学の問題を俺によこし、「ここ」と言って指を差す。

 つーか、クロに聞かずなぜ俺に質問する?

 悪意を感じるぞ?


「おまっ、いくら俺が勉強出来ないからって、中三ごとき問題、解けないわけ··················」


「──どうしたのお兄ちゃん?」


 ジワリと変な汗が額ににじむ俺にたいし、楓はニヤッと嫌らしい表情を浮かべる。


「くっ、······無念」


「もう! よくそんなで、牧野北高校に受かったよね? 奇跡なの?」


「くっ、何故だっ······」


 誠にもって、正論過ぎてぐうの音も出ない······。


 実のところ、受験前にクロから賜った対策ノートのお陰で合格したのはココだけの話。

 予想が驚くほど当たりすぎていたので、ある意味恐怖すら覚えたくらいだった。


「クロおねーちゃん、ココなんだけど」


 今度はクロに問題を見せ教えを乞う楓。

 おい! その期待に満ちた眼差しはなに?

 俺んとき、死んだ魚の目をしてたよね?

 まあ、分かるけどさー。


「あ、ココわね────」


「ふむふむ。なるほど────これでいいのかな?」


「そう! せいかーい!」


「「いえーい!!」」


 クロと楓は息の合ったハイタッチをし、喜びを分かち合う。


 え、なに、それ? 何か高難易度のクエストでも攻略したみたいな? ──あ、ちょっと楽しそうだなおい。


「さすがクロおねーちゃん!! 教え方が分かりやすーい!」


 褒めそやす楓に、フフフと微笑むクロ先生。


 クロからしてみれば、中学の問題など朝めし前だろう。 それどころか、俺達の通っている高校のレベルですら余裕なはずだ。

 もっとレベルの高い高校を目指せばよかったのにと、俺は常々思っていた······。


「なあクロ、前から疑問に思っていたことなんだけど、何でもっと偏差値の高い学校を受けなかったんだ? クロなら○○学院とか行けただろうに」


「えっ? あ、う~ん、どうかな?」


 俺の率直な疑問に対し、どこか歯切れの悪いクロ。


 いや、絶対に○○学院にいけると思うんだけどなー。 今さらだけど勿体なというか、 なんというか······。


「分かってないなー、お兄ちゃんは。 クロおねーちゃんはね──#%@&◇☆○──!?」


「ダメーーーッ!!」と言いながらクロは楓に飛びついた。

 その拍子で二人とも床に倒れ、クロは楓の口を手で押さえつつ、首をブンブンと左右に振っている。


「だ、だ、だめだよ楓ちゃん!!」


 狼狽えるクロ、ジタバタする楓。


「な、何やってんだよお前たち······」


 楓が何かを言おうとしたところ、それをクロが止める理由がよく分からなかったが、きっと男の俺には理解できない、もしくは言えない女の世界がそこに有るのだと勝手に納得する。

 これ以上聞くのは野暮だと思い、そっとしておくことにした。


「ところでさぁ楓。お前、どこの高校を受験するんだったっけ?」


「あれ言わなかったっけ? お兄ちゃん達と同じ高校だよ?」


「おれが言うのもなんだけど、うちの学校そこそこレベル高いぞ? 今のそんなじゃヤバくないか?」


「大丈夫! 私にはクロおねーちゃんという秘密兵器がついているから!!」


 おいおい、いくらなんでもそれは他力本願だぞ妹よ。 ······人の事を言えないけどさ。 あと、秘密兵器って······。


「頑張ろうね楓ちゃん!」


「うん! 頑張るよクロおねーちゃん!」



 ────コンコン、ガチャ。


「おやつ持ってきたわよ~」


 お盆にケーキと紅茶を乗せた母が、笑顔で入ってきた。


「いつもありがとうねクロちゃん。 もうこの子達、クロちゃん無しじゃ生きていけないから······」


「おい、どんだけ自立できてねーんだよ俺達は! 事実だけどさ」


「いえ、薙くんも楓ちゃんも物凄く頑張ってますよ」


「でもほんと、もう少し頑張んなさいよあんたたち。 それと、クロちゃんに感謝しなさいよ?」


「「はい! ありがとうございますクロ先生!!」」


 クスクスと口に手を当てて笑うクロ。


「ところで、夕方からクロちゃん家に行くんでしょ? みっちゃん物凄く楽しみにしてたわよ」


「え、そうなの?」


 不適な笑みを浮かべる母。

 え、なに? なんか不安になってきたんどけど······。 俺なんかしたっけ?


 今日は、小波家で夕食をとることになっている。

 昨日の夜、クロを家まで送ったときの事である、


『なんや、もう帰ってきたん? てっきり、どっかに泊まって来るもんやと思うとったのに。 ──あ、せや! 薙ちゃん明日何か用事ある? よかったらでえーんけど、夕食を食べにけーへん? いろいろ、聞きたいことがあんねん』


 とまあ、こんな感じで美津季さんに誘われわけだ。


「夕方にクロおねーちゃん家に行くってどういうこと? 何でお兄ちゃんだけなの? 私も行きたいっ!」


「普通にダメだろ? 楓は美津季さんに誘われてないんだから?」


「えーーーっ!! なんで、なんで! ねー、クロおねーちゃんダメなのー?」


「ごめんね楓ちゃん············」


 そう言われた楓は、伏し目がちになり「うぅ······」と、わざとらしく物憂げな表情をしてみせる。


「クロ! 騙されたらダメだぞ」


「うーん、でも1人にさせてしまうのも可愛そうだし············。 そうだ! わたし、楓ちゃんの言うこと何でも一つだけ聞いてあげるよ! どうかな?」


「え? ······何でも」


 ぱっと頭を上げ、そしてニヤッと何とも嫌らしい表情を見せる楓。


「おい、やめとけってクロ。こいつ絶対に無茶振り言ってくるぞ!」


「そんな酷いことは言わないよ~。まあ、でも何にする考えておくね!」


 わざとらしい暗い表情から一転、「う~ん。 何にしようかな~」と楓は上機嫌な声を上げていた。

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