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14 おまじない

 某ハンバーガー店で軽く腹ごしらえしたあと、俺達はT‐SITEへ向かった。

 地下1階、地上8階建ての商業施設で、本やDVDなどの販売からレンタル、その他多種のテナントが入っている。


 いま俺達は、そのビルの4階フロアにある雑貨屋さんに来ており「これ、かわいいね」「そうだな」なんて言いながら店内をまわっていた。


 楽しそうに見てまわるクロとは反対に、俺はいま、お返しをどうしたらよいものかと激しく苦悩中だ。


 だって、そんな特殊イベント過去に一度たりともしたことないし分かるわけないじゃん!

 いま俺のポケットの中には、今朝母から貰った五千円札が汗まみれの手で握りしめられている。


 ──クロはどんな物を貰ったら喜ぶのだろう?


「ん?」


 ヘアアクセサリーコーナーを横切ろうとしたその時、ある物が目に入り俺はそれを手にした。

 それは、小さな黒猫があしらわれた赤色のヘアピンだった。


「かわいいヘアピンだね」


「このヘアピン、何だかクロっぽいなと思って見てたんだ。 あ、でも、クロには子供っぽいかな?」


「どれどれ」


 クロはそのヘアピンを前髪に合わせた。

 台紙が付いていて、少しイメージがしにくかったものの、それでも似合っていると思った。


「うん、凄く似合っているよ」


「ほんと?」


 クロはお店の姿見鏡でチェックする。


「薙くんが似合ってるって言ってくれたし、私これ買ってくれね」


「あー、ちょっと待った!! 」


 キョトンとするクロからヘアピンを取り上げる。


「俺が買ってくる。 お弁当のお返し」


 そう言い残し俺はレジに向かった。



「ありがと薙くん! 大事に使うね」


 ヘアピンの入った小さな袋を胸に抱き、それを両手で優しく包みこむクロ。

 ニコニコと嬉しそうにする様子を見ていると、こっちまで嬉しくなる。


「さっそく付けてみていい?」


「うん」


 クロは袋から丁寧にヘアピンを取り出し、台紙を外す。左側の前髪を横に流しピンを止めた。


「どう?」


「───っ!?」


 あまりの可愛さに俺は思わず絶句をしてしまった。

 どちらかと言えば、あどけない顔立ちのクロだけど、ヘアピン一つでこうも見た目が変わるとは······。可愛すぎだろ!


 大人びていて魅惑的なクロ。

 俺の目の前でコテッと首を傾げて「どうしたの?」っというような表情を浮かべている。 悶えじぬ~。


 で、でも、ちゃんと感想を言わないと······。


「物凄く似合っててかわいいよ。 ヘアピンは少し子供っぽいけど、でも不思議とお姉さんって感じもする············ギャップ萌え? みたいな?」


「───えっ? ······························あぅぅ······」


 大きく目を見開き俯くクロ。

 顔の表情が見てとれないけど、耳や首が真っ赤っかになっていた。



 小一時間ほどウィンドショッピングを楽しんだあと、お店を後にする。

 スマホの時計を確認すると18時を過ぎていた。

 時間的には夕刻だと言うのに、空はまだ明るい。


 とはいえ、いつもなら帰る時間ではある。

 だけど今日はまだ帰りたくないという、何ともモヤモヤとした気持ちが身体の奥底でくすぶる。


 ───もう少しクロと一緒にいたいな。


「もう少しだけ······遠回りして帰らないか?」と言うと、クロは「うん」と答えてくれた。

 きっとクロも一緒の気持ちだったのかも知れない。


 今いる場所から再び来た道を戻る。

 駅の高架を潜るとバスのロータリーが見えてきた。

 ここから左を曲がれば自宅に帰られるが、俺達は曲がらず真っ直ぐ進む。


 飲食店やカラオケ店などが軒を連ねる繁華街を、柔らかくて温かなクロの左手を握りしめながら、ゆっくりと歩いていく。 横からはクロの鼻唄が聴こえてきた。


 繁華街をぬけると、目の前に巨大な病院が姿を現す。

 一見するとホテルと見間違えるほどの立派な建物で、その横には付属大学をも擁していた。

 まさに我が町を代表する病院だ。


「こんなにも大きかったら、どんな病気や怪我でも治してくれそうだな」


「そうだねぇ」


 俺達はビルを見上げながら、そのそびえ立つビルの威圧感に気圧されていた。


 そのあと俺達は病院と大学の間の道を通り抜ける。その時、不意に前方から強い風が吹き抜けた。 沿道に立ち並ぶ木々がザワザワと音をたて大きく揺らぐ。


「きゃっ!」


 風に煽られ黒髪を巻き上げられたクロは、とっさに前髪とスカートを押さえた。


「───ッ!?」


「もう! 風さん!」


 イタズラをした張本人が既に去っていったことからか、クロは怒りの矛先を空に向けて(可愛く)怒っていた。


 その時一瞬、スカートが捲れ白いおパンツが見えちゃったのはここだけの秘密です。 有難うございます風さん。


「ははは! ここ、ビルに囲まれているせいで、時おりキツい風が抜けるんだよ! すぐそこは川だしな!」


「む~!」


 頬を膨らませるクロ。

そんな可愛らしい姿を見ていると、胸がキュンと高鳴るのを覚え自然と笑顔がこみ上げる。


「行こっ! 薙くん」


 気を取り直したクロは、再びやってくるかもしれない突風から避難するかのように、ぐいっと俺の手を引っ張った。


 病院と大学のビル横を抜けると、そこは行き止りとなっていた。 と言ってもそこは堤防で、ここから右へ曲がるのか左へ曲がるのか、もしくは河川敷へおりかの選択となる。

 俺達は一旦そこで歩みを止め、目の前に広がる風景に心を奪われていた。


 そこには、夕日の半分が山の稜線に沈み、辺りは薄暗くなりはじめていた。

 夕日は最後の力を振り絞るかのように、空を真っ赤に燃やし、それに当てられた雲は、赤やオレンジに染まる。 幻想的に彩られた空。

 そんな美しい空を淀川の水は、ゆらゆらと揺れながら茜色の空を写し出す。


「きれい······」


「そうだな」


 西に沈みゆく夕日見ながらクロはしみじみと感想を述べ、俺も同じような気持ちでそれに応える。


「じっくり二人で、夕日を見るのは久しぶりだよな」


「うん。 薙くんとまたこうして一緒に見られるなんて嬉しい······」


そう言い終えた瞬間、俺の右手に繋がれたクロの左手に力が入る。


「ん?」


 何かと思い視線を横に向けると、そこには俺をジッと見つめるクロの姿があっあ。

 夕日の美しさに当てられたせいなのか、俺を見つめるその瞳は揺れている。


「────っ!?」


 俺は息を飲んだ。


 こ、これは! あれだよね? キ············ス?

 いまからクロとキ······スだよね?

 ······でも、どうやってすんの?


「薙······くん」


 蕩けるような甘い囁き。

 だけど、その声音はどこか不安を孕んでいるように思えた。


 チキンかよ俺っ!!! 行けよ俺っ!!!

 ············首を右に曲げる? 左に?

 ····································。


 狼狽える俺に対して、さらにクロの左手に力が入る。

 ジッと俺の目を見つめるその瞳は、 覚悟を決めたのか瞼を静かに下ろした。


 夕日の色に染まるクロのその姿は艶かしく、魅惑的だった。

 心臓の鼓動は痛いほど打ち付け、狂わしいほどの衝動に駆られる。


 ─────────────。


 一瞬頭が真っ白になり、気がつけば······。


 俺は両手でクロの両肩を優しく抱きしめ、唇に柔らかな感触とほんのりな温もりを感じる。

 “ピクッ”とクロは微かに震えた。


「んっ······」


「──っ!?」


 軽い口づけ。 これで正解なのか······?


 物凄くドキドキする。

 ──でも············、心が満たされる。


 うっすらと目を開ける。

 クロはまだ瞼を閉じている。

 いい匂い······。 あ、まつ毛が長くて可愛い······。


 そんな風にクロに見とれていると、不意に目の前の瞼が静かに上がった。

 うっとりとしたその瞳は、俺を映し出す。


「───っ!? ご、ごめん! つ、つい······」


 弾くように俺はクロから離れてしまった。


「えーと、えーと············こ、これは、あの、その、あ、そうそう! これは、おまじないだよ!  おまじない!」


 あまりの恥ずかしさから、俺ほ思わず訳の分からないこと発してしまった。 おまじない? はて?


「おまじない······?」


 なおもうっとりとした眼差しで、コテッと首を傾げるクロ。


「そう。 ······おまじない」


「························」


 何も語らず、潤んだ瞳でジーッと見つめるクロ。

おまじない? 

 ······やっぱり意味分かんないよね? 俺もわからんよ。 ごめん······。


 するとクロは上目遣いで


「············うん。 薙くん············、おまじない······もっとして欲しいな······」


 頬を赤く染めながら、クロはにかむ。


「──────ッ!?」


 ドクンッッ!!!!


 ドッドッドッドッドッドッドッドッドッ────。


 その一言に、俺の心臓は大きく跳ね、すぐさま早鐘を打ちつける。

 自分でも驚くほどの鼓動の早さ。

 俺は思わず手を胸に当てた。 ······心地いい拍動。


「うん」


 どうしようもなく脈打つ鼓動を少しでも落ち着かせるため俺は一度、クロをギュッと抱き締める。


 ん? 少し震えてる? 緊張?


 ────俺も男だ! しっかりリードしないと!


「クロ」


 背中に回していた両腕をほどき、再びクロの両肩を両手に抱く。 クロの瞳と俺の瞳が交う。


「うん。 薙くん······」


 それを合図に、クロの顔が近くなり唇と唇とが触れ合う。次第に、“おまじない”から“深いおまじない”へと重なり合う。



 夏の夕方、河川に沿うようにして生暖かい風が吹き抜けた。

 その風を受け、クロの黒髪がなびき、甘い香りと共に俺の頬を優しくなでる。


 あれから俺達は“おまじない”という名のキスに夢中になり、時間を忘れるくらいお互いを貪りあった。


 柔らかくて甘い耽美な唇。

 もっと触れていたい、繋がりたい、離れたくない、しかしそういう気持ちをこらえながらも、俺はやさしく唇をほどく。


「あぁ············」


 離れていく唇を、クロはどこか名残惜しそうに、そしてすがるように目で追う。


「ごめんクロ。 俺、つい夢中になりすぎて······、時間、大丈夫?」


 辺りはすっかり暗くなっていた。

 対岸に見える建物の外観は黒く染り、今さらながら遅くなったことに気づく。

 時計を見ると20時になる少し前。そろそろ帰らないと、さすがに美津季さんも心配するだろうと思った。


 スマホの時計を確認したのち、クロに目線を向けると、自分の唇に手を当て、俯き加減にボーっとしている。 まるで、心ここにあらずと言った様子だ。


「クロ?」


ふりふりとクロの顔の目の前で手を振ってみせる。


「っ!! ─────な、なぁに!? は、薙くん?」


「大丈夫か?」


「う、うん、大丈夫だよ······」


「時間、大丈夫?」


「うん······。 学校の帰りに、今日は薙くんとお買い物して帰るからって、ラインメッセージで送ってるから大丈夫」


「そっか。まあ、でもそろそろ帰らないとな」


「うん、そうだよね」


 そう言い終えると、どちらからともなく手をつなぎ帰路につく。

 道中、足どりの軽いクロは鼻歌を歌う。


「なーぎくんの“おまじない”、 “おまじない”は凄いんだよー♪」


「······お願いだから、言葉にするのやめて」


「フフフ、やめなーい!」


 恥ずかしさを隠すため、俺は長めの嘆息をついた。


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