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12 クロの手作り弁当

 ────金曜日。


「薙ちゃん、今日はお弁当を作っていないから」


「え、うん······。え!? って、体調でも悪いの?」


「ん? 体調? 悪くないわよ」


 身体の心配をしてあげたにも関わらず、何故か「ふふん」と不敵な笑みをこぼす母。

 朝から面倒くさい対応(フリ)に少しうんざりするも、そのあと続くであろう母の言葉を待つ。


「今日は薙ちゃんのために、クロちゃんがお弁当を作るんだって! 青春だね!」


「───え?」


 そう言って母は親指を突き立てて微笑んでいたが、俺はしらけた眼差しでそれにこたえた。

 母いわく、昨晩クロから電話があり「明日のお弁当は私に作らせてください」と言う連絡があったらしい。


「あー、そうなんだ······」


「えーっ! 感想それだけー?  もっとこう、嬉しそうにガッツポーズするとか、ニヤニヤするとかないわけ?」


「あー、うん······ない」


 無いわけがないし本当は嬉しい。

 その証拠にニヤニヤと頬がピクつくのを堪えているのだから。

 ただ母の前でその表情を見せたくなかったので、俯いてその場をしのいだ。 だってそんなの気恥ずかしいじゃん!


「それと、ハイこれ」


 母はエプロンのポケットから五千円札を取り出し、俺に手渡した。


「何これ?」


「学校の帰りにどっか寄って、何かお返ししてあげなさい。 男ならそれくらいしないとね?」


「お、おう······」


 母が俺の手をとりお金をポンと置いたところで、家のインターホンが鳴った。


「さっ! 美味しく頂いてきなさい!」


 そう言うと母は俺の背中にパシッと気合いを入れ、手をひらひらさせ見送った。



 四時限目のチャイムが鳴った。

 それまで静かだった教室は一気に喧騒に包まれ、 昼食を取るべく各々が慌ただしくなる。


 ある者は教室で一人寂しく食事を取り、ある者は仲のいいメンバーとつるみ昼食を取る。

 場所は教室や学食だったり、そして、外へわざわざ出向くグループもあったりする(特に陽キャ)。


 俺はというと毎日一人寂しく昼食を取っている訳だが······。

 本来、忍と昼食を共にしているが、悲しいかな奴は滅多に学校にやってこない。

 ──だからいつも一人なのだ。


 とは言え、仲のいい友達が居ないわけではない······? いや、居なかったっけ?


交野忍、水際沙織、桐野桃子、そして小波クロ······。 あと数人、仲のいい友達が居たような気がするんだけど············あれ、思い出せないなぁ?


 自分自信の記憶を訝しんでいると、横から鈴を転がすような耳さわりの良い声が聞こえた。


「お待たせ薙くん!」


 スクールカバンを体の前で両手にさげ、にこりと微笑むクロの姿があった。


「お、おう」


 その時一瞬クラスが一気にざわめく。

 下校時間以外で滅多にやって来ないクロの登場により、その場で居合わせたクラスの男子たちは色めき立ち、女子達に関しては珍しそうな目でこちらを見ている。


「お昼時間に小波さんがこのクラスに来るなんて珍しい」


「小波さん、いつ見てもかわいいよなー」


「あの二人って本当のところ付き合ってるのかなー」


「幼なじみらしいぜ。 それ以上でも以下でもないとか」


「え、マジ!? 俺にもワンちゃんあるかな」


 あー、やっぱりそうなるよね······。

ってあれ? 先日の抱き付き事件で、俺達が付き合ってるという噂が広まってなかったっけ?


 クロはそんなクラスの陰口に臆することなく、そして笑顔をも絶やすことなく会話を続ける。


「薙くん、今日は天気がいいからお外で食べよ?」


とクロは笑顔で提案してきた。


「そうだなー、······ん?」


 俺さっき、わざわざ外て昼食とる奴の事を『陽キャ』って、思っていなかったっけ? ま、いっか。


 居心地の悪い教室の中、俺は憧憬の眼差しを背に受けるのを感じながら、後頭部をガシガシと掻き教室を後にした。



 運動場へと続く階段、その一段で俺達は腰を下ろす。

 はじめは中庭でとも考えたが、あそこは陽キャどもの集いの場所であり、クロを伴うとなると悪目立ちするために避けることにした。


 ちなみに運動場へ出られる階段は二ヶ所あり、そのうちの一ヶ所がここ。

 この場所は昇降口から離れていることから、あまり利用する人は少ない。


 上を見上げると桜の枝葉が広がっている。

 そのお陰で、強い日射しはいくぶんか遮られ、時より吹き抜ける風が心地よくさせてくれる。


「はい、薙くん」


 クロはスクールカバンから弁当箱を取り出し、大きい方を俺に手渡す。

 その後「はいこれもどうぞ」とおしぼりまでも頂いた。 うん、気のきく許嫁様です。


「ありがとう。 早速開けていいか?」


「はい、どうぞ」


 クロは、はにかみながら少し頬を赤く染める。


 思えば、クロにお弁当を作ってもらうのはじめてだよな? それどころか手料理自体もはじめてだ。


 うっ、なんか緊張してきた······。


 カポッ!


「おぉーーっ!」


 鮮やかに彩られたお弁当に思わず感嘆の声をあげる。


 定番の唐揚げにアスパラベーコン、チーズちくわ、卵焼き。 色合いにはレタスとミニトマトが添えられていた。


 ご飯は、甘辛く煮た鶏そぼろと炒り卵、そして鮭フレークがまぶされており、見るからに食欲を掻き立てられる。


 ──ゴクリ。


「これ全部手作り?」


「鮭は市販のものだけど、他は全部手作りだよ」


「じ、じぁ、いただきます!」


 まずは唐揚げから口にいれる。

 そしてじっくりと味わうようにして咀嚼をくりかえす。その様子を不安げに見つめるクロ。


「おっ!! うまいっ!!! え!? これ美味くね?」


 あまりの美味しさに驚嘆する俺の姿を見ていたクロは、それまで心配そうにしていた表情から、パァッと花が咲き誇るような満面の笑みを浮かべた。


「よかったぁ、薙くんに喜んでもらえて」


 次に俺が選んだのは卵焼き。


「あ、これはもしかして······」


「ふふん」と得意気な表情をさせたクロは、卵焼きの正体を明らかにする。


「そうだよ。 薙くんの大好物! なめ茸の卵焼き! 昨日、幸江さんからこっそり薙くんの大好物を聞いていたんだ」


「意外とこれ簡単に作れるのに、ちょー美味いんだよなー。 でもまさかこれを作ってくれるとは、やりますなクロさん!」


「えへへ」と笑顔で返事したクロは、ようやく自分の弁当を開き、ミニトマトから箸をつけていた。


 今度は鶏そぼろエリアのご飯をすくい上げ、口を開け放り込む。

 そぼろの滲み汁を含んだ白米を、俺はじっくり噛み締め、そして青空を仰いだ。


「うまし······」


「もう、大げさだよ晴くん」


 クロは口に手を押さえくすくす笑う。

 とその時、優しい風が吹き抜けた。

 桜の木は葉擦れ、クロの艶やかな黒髪も一緒になってサラサラとなびく。


「初めてだね。 薙くんとお外でお弁当食べるの」


「そう······だったか?」


 青空を眺めながら、ぼんやりと思い返す。


 ──確かにそうかもしれない。


 基本、学校での昼食は別々に取っている。

 そしてプライベートでは、例えばキャンプなどで一緒に食べる機会があったとしても、そこには必ず家族の者がいる。

 そう思うと、クロと二人して弁当を食べるのは、今回が初めてだったかもしれない。


「そうだよ。 意外にありそうで一度もなかったんだよね 。 あ、そうだ······。 ──ふふふ」


 何を思ったのかクロはいきなり不敵な笑みをうかべた。

 その刹那、自分の弁当からなめ茸の卵焼きを取り出し「薙くん、はい。 あーん」と言うなり、そのまま俺の口へと運ぶ。


 少し顔を赤らめ、手で受け皿をつくりながら、あーんの表情で止まっている。


「──っ!? ク、クロさん?」


「あーん」


 か、かわいい······。 じゃ、なくて······え? こ、これってあれだよね······。 恋人たちがやるとされる儀式······。


「あ、あーん······」


 パクリ。

 もぐもぐ。


「は、恥ずかしいね······」


 クロは嬉しそうに「これ、やってみたかったんだ」と微笑む。 俺は「そ、そうか······」としか返事ができず、徐々に顔が熱くなるのを覚えた。


 ────ん?


 そ、そういえば、いま食べさせてくれたその······お箸······。 か、か、間接キス!?  いや、間接お箸舐め? えっ?  こ、これって何て言うの?


 視線をゆっくり横に向けると、リンゴのように顔をまっ赤に染め、あまりの恥ずかしに悶えているクロの姿があった。

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