12 クロの手作り弁当
────金曜日。
「薙ちゃん、今日はお弁当を作っていないから」
「え、うん······。え!? って、体調でも悪いの?」
「ん? 体調? 悪くないわよ」
身体の心配をしてあげたにも関わらず、何故か「ふふん」と不敵な笑みをこぼす母。
朝から面倒くさい対応に少しうんざりするも、そのあと続くであろう母の言葉を待つ。
「今日は薙ちゃんのために、クロちゃんがお弁当を作るんだって! 青春だね!」
「───え?」
そう言って母は親指を突き立てて微笑んでいたが、俺はしらけた眼差しでそれにこたえた。
母いわく、昨晩クロから電話があり「明日のお弁当は私に作らせてください」と言う連絡があったらしい。
「あー、そうなんだ······」
「えーっ! 感想それだけー? もっとこう、嬉しそうにガッツポーズするとか、ニヤニヤするとかないわけ?」
「あー、うん······ない」
無いわけがないし本当は嬉しい。
その証拠にニヤニヤと頬がピクつくのを堪えているのだから。
ただ母の前でその表情を見せたくなかったので、俯いてその場をしのいだ。 だってそんなの気恥ずかしいじゃん!
「それと、ハイこれ」
母はエプロンのポケットから五千円札を取り出し、俺に手渡した。
「何これ?」
「学校の帰りにどっか寄って、何かお返ししてあげなさい。 男ならそれくらいしないとね?」
「お、おう······」
母が俺の手をとりお金をポンと置いたところで、家のインターホンが鳴った。
「さっ! 美味しく頂いてきなさい!」
そう言うと母は俺の背中にパシッと気合いを入れ、手をひらひらさせ見送った。
◇
四時限目のチャイムが鳴った。
それまで静かだった教室は一気に喧騒に包まれ、 昼食を取るべく各々が慌ただしくなる。
ある者は教室で一人寂しく食事を取り、ある者は仲のいいメンバーとつるみ昼食を取る。
場所は教室や学食だったり、そして、外へわざわざ出向くグループもあったりする(特に陽キャ)。
俺はというと毎日一人寂しく昼食を取っている訳だが······。
本来、忍と昼食を共にしているが、悲しいかな奴は滅多に学校にやってこない。
──だからいつも一人なのだ。
とは言え、仲のいい友達が居ないわけではない······? いや、居なかったっけ?
交野忍、水際沙織、桐野桃子、そして小波クロ······。 あと数人、仲のいい友達が居たような気がするんだけど············あれ、思い出せないなぁ?
自分自信の記憶を訝しんでいると、横から鈴を転がすような耳さわりの良い声が聞こえた。
「お待たせ薙くん!」
スクールカバンを体の前で両手にさげ、にこりと微笑むクロの姿があった。
「お、おう」
その時一瞬クラスが一気にざわめく。
下校時間以外で滅多にやって来ないクロの登場により、その場で居合わせたクラスの男子たちは色めき立ち、女子達に関しては珍しそうな目でこちらを見ている。
「お昼時間に小波さんがこのクラスに来るなんて珍しい」
「小波さん、いつ見てもかわいいよなー」
「あの二人って本当のところ付き合ってるのかなー」
「幼なじみらしいぜ。 それ以上でも以下でもないとか」
「え、マジ!? 俺にもワンちゃんあるかな」
あー、やっぱりそうなるよね······。
ってあれ? 先日の抱き付き事件で、俺達が付き合ってるという噂が広まってなかったっけ?
クロはそんなクラスの陰口に臆することなく、そして笑顔をも絶やすことなく会話を続ける。
「薙くん、今日は天気がいいからお外で食べよ?」
とクロは笑顔で提案してきた。
「そうだなー、······ん?」
俺さっき、わざわざ外て昼食とる奴の事を『陽キャ』って、思っていなかったっけ? ま、いっか。
居心地の悪い教室の中、俺は憧憬の眼差しを背に受けるのを感じながら、後頭部をガシガシと掻き教室を後にした。
◇
運動場へと続く階段、その一段で俺達は腰を下ろす。
はじめは中庭でとも考えたが、あそこは陽キャどもの集いの場所であり、クロを伴うとなると悪目立ちするために避けることにした。
ちなみに運動場へ出られる階段は二ヶ所あり、そのうちの一ヶ所がここ。
この場所は昇降口から離れていることから、あまり利用する人は少ない。
上を見上げると桜の枝葉が広がっている。
そのお陰で、強い日射しはいくぶんか遮られ、時より吹き抜ける風が心地よくさせてくれる。
「はい、薙くん」
クロはスクールカバンから弁当箱を取り出し、大きい方を俺に手渡す。
その後「はいこれもどうぞ」とおしぼりまでも頂いた。 うん、気のきく許嫁様です。
「ありがとう。 早速開けていいか?」
「はい、どうぞ」
クロは、はにかみながら少し頬を赤く染める。
思えば、クロにお弁当を作ってもらうのはじめてだよな? それどころか手料理自体もはじめてだ。
うっ、なんか緊張してきた······。
カポッ!
「おぉーーっ!」
鮮やかに彩られたお弁当に思わず感嘆の声をあげる。
定番の唐揚げにアスパラベーコン、チーズちくわ、卵焼き。 色合いにはレタスとミニトマトが添えられていた。
ご飯は、甘辛く煮た鶏そぼろと炒り卵、そして鮭フレークがまぶされており、見るからに食欲を掻き立てられる。
──ゴクリ。
「これ全部手作り?」
「鮭は市販のものだけど、他は全部手作りだよ」
「じ、じぁ、いただきます!」
まずは唐揚げから口にいれる。
そしてじっくりと味わうようにして咀嚼をくりかえす。その様子を不安げに見つめるクロ。
「おっ!! うまいっ!!! え!? これ美味くね?」
あまりの美味しさに驚嘆する俺の姿を見ていたクロは、それまで心配そうにしていた表情から、パァッと花が咲き誇るような満面の笑みを浮かべた。
「よかったぁ、薙くんに喜んでもらえて」
次に俺が選んだのは卵焼き。
「あ、これはもしかして······」
「ふふん」と得意気な表情をさせたクロは、卵焼きの正体を明らかにする。
「そうだよ。 薙くんの大好物! なめ茸の卵焼き! 昨日、幸江さんからこっそり薙くんの大好物を聞いていたんだ」
「意外とこれ簡単に作れるのに、ちょー美味いんだよなー。 でもまさかこれを作ってくれるとは、やりますなクロさん!」
「えへへ」と笑顔で返事したクロは、ようやく自分の弁当を開き、ミニトマトから箸をつけていた。
今度は鶏そぼろエリアのご飯をすくい上げ、口を開け放り込む。
そぼろの滲み汁を含んだ白米を、俺はじっくり噛み締め、そして青空を仰いだ。
「うまし······」
「もう、大げさだよ晴くん」
クロは口に手を押さえくすくす笑う。
とその時、優しい風が吹き抜けた。
桜の木は葉擦れ、クロの艶やかな黒髪も一緒になってサラサラとなびく。
「初めてだね。 薙くんとお外でお弁当食べるの」
「そう······だったか?」
青空を眺めながら、ぼんやりと思い返す。
──確かにそうかもしれない。
基本、学校での昼食は別々に取っている。
そしてプライベートでは、例えばキャンプなどで一緒に食べる機会があったとしても、そこには必ず家族の者がいる。
そう思うと、クロと二人して弁当を食べるのは、今回が初めてだったかもしれない。
「そうだよ。 意外にありそうで一度もなかったんだよね 。 あ、そうだ······。 ──ふふふ」
何を思ったのかクロはいきなり不敵な笑みをうかべた。
その刹那、自分の弁当からなめ茸の卵焼きを取り出し「薙くん、はい。 あーん」と言うなり、そのまま俺の口へと運ぶ。
少し顔を赤らめ、手で受け皿をつくりながら、あーんの表情で止まっている。
「──っ!? ク、クロさん?」
「あーん」
か、かわいい······。 じゃ、なくて······え? こ、これってあれだよね······。 恋人たちがやるとされる儀式······。
「あ、あーん······」
パクリ。
もぐもぐ。
「は、恥ずかしいね······」
クロは嬉しそうに「これ、やってみたかったんだ」と微笑む。 俺は「そ、そうか······」としか返事ができず、徐々に顔が熱くなるのを覚えた。
────ん?
そ、そういえば、いま食べさせてくれたその······お箸······。 か、か、間接キス!? いや、間接お箸舐め? えっ? こ、これって何て言うの?
視線をゆっくり横に向けると、リンゴのように顔をまっ赤に染め、あまりの恥ずかしに悶えているクロの姿があった。




