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11 抱きつきクロと不穏な影

 ─────木曜日


 クロと付き合いだしてから今日で4日目。


 その事を知っているのは、うちの家族以外に、水際と桐野。そして、すでに小波家も?


 とまあ、近しい人たちだけの周知なので特に問題はない。しかし、この事がもし学校内において、白日の下に晒されることになると一体どうなるのか?


 そう、嫉妬、羨望、憧憬といわゆる怨念に帯びた視線を一手に浴びせられることはもはや必至。

  そうなれば、安寧の日々をおくることは最早不可能となる。


 学校一の美少女と付き合うということは、つまりそういうことなのだ。


 俺はどちらかというと、そっとしておいてほしいタイプの人間なので、誰にも知られたくないし、知ったとしても、騒ぎ立てないでほしいと思う。


なのに······


「なーぎくん、ふふふ」


 クロは満面の笑みで、俺の腕を抱きつくようにぴったりと体を付けていた。 事もあろうか学校の正門をくぐった所でだ。


「あの······クロさん?」


「ふふふ、なーに薙くん」


 俺の肩に頭を当て、上目遣いで返事するクロ。


 ───おお!! めっちゃくちゃ可愛い!!


 ······けど、殺意的な視線が全方向から飛んでくるーーー!



 というのが、つい10分前の出来事だった。


「きっと本人に他意はなく、ただ単純に甘えたくなったのだと思うんだけど······」


「猫だけに、甘えたがりみたいな? 」


 そう答えたのは小学生からの親友、交野忍だ。

 水際たちと同じ、こいつもクロの家系を知る人物である。


 長く伸びた髪の毛は無頓着な性格なのか、余り手入れがされていない。 前髪で片目が隠されており、イメージ的にはゲゲゲの鬼太郎のヘアスタイルを、もう少し長くしたような感じである。


 体躯も細身、見るからに病弱そうで陰キャっぽい。


 小学生からの親友ではあるのだが、なにせ謎の多い人物で、実際のところどういう奴なのかよく分からない。

 まあ、自分でも何言っているのかよく分からないんだけど、とにかく不思議系ということ。


 最たるところで、こいつはあまり通学してこないレアキャラということは確かだ。


 あまり詳しくは聞いていないが、どうやら親父さんの仕事に関係していると言うことだけは、昔にチラッと聞いたことがある。


「でも、早かれ遅かれ君たちは付き合うことになっていただろうし、それを隠したところでいつかはバレるだろ?」


「まあ、そうだけど······、せめてバレないようにしてほしかったというかなんというか」


「ふ、これも宿命だ。 諦めろ」


 何が面白いのか忍はクスクスと笑う。


 まあ、こればかりはどうにもならない。 しばらくの間は怨嗟の声を甘んじて受けるとしよう。


「ところで忍、おまえ通学してくるの久しぶりじゃないのか?」


「そうだな······、少なくとも入学式と翌日の1日だけ出席しただけだからな」


「それってもうアウトじゃねーのか? 進級は大丈夫なのか?」


「あぁ、大丈夫だよそれは。 学校にも通してある」


「何それ、なんか怖いんだけど? 脅し?」


「まぁ、似たようなもんだ」


 目を細め肩を小刻み揺らす忍。 ジョーくなのかどうなのかちょっと微妙だが、これもきっと父親さんの仕事と関係があるのだろうと、良い意味でそう思うことにした。


「やあ、久しぶりだね交野君」


 怪しい会話が一端切れたところで、笑顔を見せる橋本崇の姿が視界に入った。


 爽やかな顔立ちにスマートな出で立ち。 性格も良くて頭の良いクラスの委員長だ。

 俺達とは次元の異なる『THE陽キャ』を体現したような人物。


「やあ、久しぶり橋本君」


 本多の明るい挨拶に、交野も呼応する。


「話が少し聞こえたんだけど、もし困ったことがあれば何でも言ってくれ。 俺の出きる事なら協力するよ」


「ありがとう、その時はよろしく頼む」


 笑顔の橋本に笑顔で返す忍。


 基本、忍は社交的てはないのだが、人によって意図的に変化をさせる癖がある。 つまり今の忍は偽の顔。 外向けの仮面をしている。


 うんうんと橋本は得意顔を見せたあと、今度は俺に視線を向けた。


「ところで森之宮君、先ほどは大変だったね。 その······、周りの視線というか何というか······」


 どうやら橋本は、先程の惨状を言っているだろう。たまたまその場に居合わせたらしく、俺に対する周りの視線がとても危険で心配だったという。


 まあ、確かに怨念のような眼差しが、俺に向け四方八方から注がれていたわけだが。


「人気の小波さんだからどうしても注目を浴びるよね。 でも、できることなら学校内ではそういう行為は控えた方がいいと思うよ?」


「そうだよな、すまない。 クロ······いや、小波にも言っておくよ」


「それにしても、君と小波さんは幼なじみだったんだよね? まさか付き合うとは思わなかった。 いや、当然と言うべきなのかな?」


「あははは······」


 少し申し訳という気持ちから、俺は俯きながら頭を掻く。


 ······ん?


 何故かその時、橋本の言葉に違和感を感じた。


『まさか付き合うとは思わなかった』


 少し嫉妬の色をした微妙な声音。


 ······気のせいだろうか。


「長く続けばいいね」


「······っ!?」


 おもむろに橋本の顔を見る。

 するとそこには、陽キャの笑顔が剥がれ落ち、張り付けたような薄気味悪い笑顔を見せていた。


 ちょうどその時、予鈴のチャイムが鳴った。


 橋本は、元の笑顔に戻し「じゃっ」と言い残して自分の席へと帰っていく。


 今の出来事に俺は呆気に取られていた。

 すると、忍は俺の目の前で手をひらひらとさせる。


「!? な、なんだ」


「なぁ、薙」


 眼光を鋭くする忍。


「橋本崇に用心しろよ······」


「え!? どういう事だ」


 忍の思わぬ一言に、俺は眉を寄せた。


「一瞬あいつの表情が変わったろ? その時の奴の目を見たか? あれは近々何かしでかす目だ。嫌な予感がする。 お前もだが、小波にも気をつけるように言っておけ」


 まさか橋本に限って······、とは言いきれない先程の豹変ぶり。

 俺は忍の警告を固唾をのみ心にとめておくことにした。



 1日の授業も終わり、 いつものようにクロが迎えに来るはずが············今日はまだ来ていない。


 ホームルームでも長引いてるのか?


 そう思い何気に廊下へと目をやると············居た。

 でも、様子が変だ。


 教室には入らず、廊下でモジモジと申し訳なさそうにこちらを見ている。

 もちろん、すれ違う女子とは挨拶を交わしてはいるものの、どこかぎこちない。


「森之宮君? 呼んであけようか?」


「え!? だ、大丈夫だよ! ありがとう」


 ブンブンと両手を振って狼狽えるクロ。

 もはや挙動不審だ。 おそらく、俺にどう弁解しようか困っているのだろう。


 意を決したクロはおずおずと教室に入り、壁づたいに、そろりそろりとこちらに向かってくる。

 その様子があまりに滑稽だったので、俺は目を会わさず鷹揚にして帰る準備をする。


 側までたどり着くと、目を潤ませながら俺のことをじっと見つめる。 そして、ようやく口を開いた。


「は、薙くん······。 あ、あの······今朝のこと······ご、ごめんなさい······」


 そう言うとクロは謝る姿勢で、ぷるぷると震えている。 その様子を目撃した全ての生徒が驚きのあまり目を大きくさせていた。その後すぐ、非難の視線がオレに降り注ぐ。


「ちょっ!!」


「あぅ」


 いまだにぷるぷると震わすクロの手を取り、俺達は逃げるようにして教室をあとにした。


······鷹揚な態度をするじゃなかった。



 帰りの電車。

 相変わらず車内の乗客は少ない。

 今日もクロは俺に寄り添うようにしてピタリと座る。


「薙くん。 け、今朝はごめんなさい······」


 朝の抱き付きについてクロは謝った。


 学校内で自分がどういう存在なのかクロ自信よく自覚している。 そして、俺があまり注目を受けたくないこともよく理解していて、今回の行為に深く反省しているようだった。


 でもなぜ、クロはあのような行動を取ったのだろうか? そんな疑問を抱いていると、それを察したクロは話し始める。


「あ、あの時、薙くんと付き合ってるんだって考えたら急に気持ちが高ぶっちゃって······。そ、その······嬉しくて、気がつけばキュッてしていました······」


 顔を真っ赤にして俯くクロ。


「──っ!!」


 ──か、かわいい······。 いや、じゃなくて!

 朝のあれって無意識だったのか!?


 不意に、胸の奥がギュッと締め付けられ熱くなる。 ドクドクと打ちつける心臓の鼓動。 心地よくて温かい。


 付き合う前はこんな気持ちになることは無かったのに······。 苦しいのに気持ちの良い高揚感。


 あぁ、今すぐ抱き締めたい······。

 だけど、今は電車の中だし無理。 うぅ、じれったい······。


 抱きしめられない代わりに、俺はクロの頭を優しく撫でる。 するとクロは気持ち良さそうに目を細めた。


 ──そうだよ。


 他人から注目されるのは嫌だからって、それをクロに押しつけるのは、ただの驕りでしかない。 学校一の美少女と付き合う時点で、そうなることはもはや宿命だとわかっていたはずだ。


 でもいま、俺にとって一番大事なことは、クロの気持ちを真正面から受けとめるべきではないのか?

 でなきゃ、許嫁失格じゃん!!


「ありがとうクロ。 はじめはビックリしたけど、でも嬉しかった。 これからも気を遣わず、クロの好きにすればいいよ。 俺もあまり周りの事を気にしないようにするからさ」


「薙くん······」


 もう一度クロの頭を撫でる。 すぐに車内アナウンスが地元の駅名を伝えたので、俺は美しいクロの黒髪から手を下ろした。

 すると「あ······」と、クロは名残惜しそうな声をあげていた。

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