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10 修行が足りないらしい

 ───水曜日。


 朝の5時半。

 大神神社おおかみじんじゃの朝は境内の掃除から始まる。

 雀のさえずりをBGMに、竹箒たけぼうきを使って参道を綺麗にする。

 あとは、鳥居から拝殿へとつながる参道に水まきををすれば完了だ。


 俺は参道に手のひらを出し『こちらへどうぞ』のポーズをとる。そして、本殿に居られる神様に向かって申し上げた。


「神様、神様、今日も大変天気がよくお散歩日和でございますよ」


 そんな俺の姿を間近で見ていたクロは、口に手を当てクスクスと笑う。


 ここ大神神社は、代々森ノ宮家が神職を勤めており、俺はそこの跡取り息子。


 水曜と土曜日の早朝は俺が担当する事になっており、境内の清掃、拝殿の掃除、神前へのお供え、祝詞のりと奏上そうじょうを行う。


 なぜ俺が手伝いをしているのかというと、親父いわく『規則正しい生活をさせるため』ということらしいが、実際のところ手抜き──いや、定かではない。


 ちなみに何故、関係者ではないクロが手伝っているのかというと、美津季さんいわく『規則正しい生活をさせるため』だという。


 こちらはガチの躾のため手伝わせているようだった。

 祝詞奏上以外の全てを甲斐甲斐しく手伝ってくれるので、とてもありがたい。


 あ、そうそう。

 あそこの階段でウトウトしながら掃き掃除している寝癖満開の楓も、俺と同じ曜日を手伝わされている。もはや、居ても居なくても同じである。


 神様への祝詞奏上が終わると、拝殿の外で待機していた母から「さ、朝食にしましょう」という声が掛かった。


 これを合図に楓はカッと目を見開き「ごはん! ごはん!」と言いながら社務所へと駆けていく。

 何とも現金なやつだ。


 ところで、個人が運営する神社は住居と社務所を兼ねるところが多いらしいが、うちに関しては別の場所に住居を構えている。


 祖父の代までは住居を兼ねていたようだが、父の代で別々になったそうだ。

 もちろん、内装や外装は綺麗にリフォームされていて、住もうと思えば普通に住めるほどである。


 なのに何故わざわざ住むところを移したのか、少し疑問に思ったことはあるが、さしたる問題ではないので考えるのをやめた。


 要するにうちの社務所は、御守りの販売や祈祷受付、事務処理、職員(家族)の休憩するだけの建物なのだ。


 社務所に入り居間へ向かうと、既に朝食の準備がなされていた。

 テーブルの向こう側にはすでに親父が座している。 左の手前には楓が座り「早く、早く!」と手招きをし俺達を急かす。


「おつかれさん! クロちゃんいつもありがとね!」


「おはようございますごうさん。 いえ、こちらこそいつもお世話になっています」


 丁寧に挨拶するクロに感心する轟は「うん、うん」とにこやかな笑顔で頷いていた。


 ちなみに俺の親父てある森之宮轟は、見た目を一言で表すとチャラい。

 金髪で、顎髭を生やし、もはや神職とは思えない様相を呈している。


 初めて、親父と対面した人は必ずと言っていいほど呆気にとられる。

『この人にお払いをしてもらって大丈夫なのか?』と、きっと思う事だろう。


 まあ、俺の知る限り、今のところ苦情や悪い噂を耳にしたことがないから、一応大丈夫だとは思うのだが。


 そもそも何故こんなチャラ親父と母は結婚したのだろうか? とそんな事を考えたところで仕方ないことなのだが、しかし、俺や楓はこの年までグレずよくまあ成長したものだと、自分たちを誉めてやりたいところでもある。


 幼いときから付き合いのあるクロは、そんな轟を見ても臆する事は一切なく、ちゃんと一人の大人として接しているのだからある意味凄い。


「さ、今日もしっかり食べて学業に励んで来なさいね」


 そう言いながら、母はお茶をのせたお盆から、各々の席にコップを置いていく。

 あとは、俺とクロの席にコップを置くだけなのだが、どういうわけかピタリとその動きを止めた。


 すると母は、俺達の顔を交互に見るやニヤニヤと気味の悪い笑みを浮かべはじめる。

 このシチュエーション、どこかで見たような······。 デジャブ?


「な、なんだよ気味の悪い······」


 悪態つく俺に母はまったく意に介さず「ふふん」と目を細め、何か分かったような素振りを見せた。


「ねぇ、轟さん」


 そう言葉を振られた親父は、母の指し示す視線に視点を会わせ「ほほう」と、何だか意味の分からん理解をしめしている。


「やるじゃん、薙!」


 親指を突き立てて誉める親父。うざい······。

 当然、楓も釣られるよう疑惑の場所に目をやると、ニヤッとこちらも嫌らしい顔をさせ「ふふん」と揶揄からかうように鼻をならす。


 みなが興味を示すその先を、俺は訝しげに確認した。でも、やはりそこには何もない。一体、この人たちは何を見て喜んでいるのだろうか?


「だ、だから何なんだよ」


 すこし苛立つようにそう言い放つと、楓は唖然とした表情を見せた。


「え? え? お兄ちゃん······マジで言ってる?」


「マジだけど······」


 首をかしげる俺をよそに、今度は母が「あら、そうなの?」と目をキラキラとさせ、親父にいたってはウンウンと首を上下させ頷いていた。


「ったく! 何なんだよっ!」


「お兄ちゃん、修行が足りないんじゃないの?」


 楓は呆れた口調で言ったあと嘆息した。


 ──修行が足りない。 どこかで聞いたようなセリフだな。


 あ、そういえば昨日水際にも言われたんだっけ。

 というか、みんなには何が見えてるんだ?


 分からん······。


「はい、はいそうですか」


 楓の嫌味に俺は拗ねた口調で返事をする。


 一体何の事なのか結局家族では要領を得なかったので、その答えを聞くべく俺はクロの方へと目線を向けた。


 するとそこには、顔を真っ赤にし俯きながら「は、はずかしい······」とポツリとこぼすクロの姿があった。



「で? で? で?」


 食事が終わるやいなや、楓は先程の続きが聞きたいらしく、グイッとテーブルの上に半身を乗せ、食い入るような姿勢をとってきた。


「だからー、さっきから何度も言っているけど、何の事なんだよ!! まずはそこからだろっ?」


「じぁ、お兄ちゃんとクロおねーちゃんはいつから付き合ったの?」


「────っ!?」


 目を大きくした俺に対し、目を細めしてやったり感を出す楓。


「な、なぜ知ってる!?」


「そりゃわかるよー、そんなにラブラブオーラをだだ漏れにしてりゃーねぇ」


「そ、そうなのか?」


 一体、俺とクロとの間に何がおきてるんだ? 

 なぜ付き合っていること分かった?


 俺が困惑の表情を浮かべていると、クロはおずおずと俺に寄り添い、そして申し訳なさそうに呟いた


「ご、ごめんね薙くん······」


「薙ちゃん、あまりクロちゃんに心配掛けちゃだめよ」


「そうだぞ薙! 男なら愛する人をしっかりと守ってあげないと!」


「······お、おう」


 半端ない疎外感だが、まあ悪い気はしないから良しとしよう。 つか、いい加減だれかおしえてーーっ!

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