兜山甲太の過去
ザウォートを改造したんだけど、なんだあのキットは。
モデラー魂をくすぐってくる神キットや
「畜生……俺は何やってんだ……! 他人に当たり散らして!」
月明かりが殺風景な荒野を柔らかく照らす。
俺はキャンプ地から少し離れた高台で星を眺めていた。
星を見ても俺の心が安らぐことはない。
自分の不甲斐なさが許せず、苛立ちが今でも煮えている。
日登勇気。あいつの判断はあの状況において、間違ってはいない。きっと少し前の俺なら同じ判断をしていたのは確かだ。
しかし、その判断をしたことで結局は人を救えず、メルフェス……ドリラを逃した。
さらに日登勇気が生活していた街に出現してしまい、多数の犠牲者を出し、日登勇気が戦うきっかけとなってしまった。
たった一つのミスが取り返しのつかない事になってしまった。
こんな苦しみは俺一人背負えばいい。被害者である日登勇気が背負い、味わう必要なんてない。
だから、あいつには戦って欲しくない。例え、戦うことになるのなら俺の指示を従ってくれればいい。
そうすれば全ての責任になる。あいつは何も気負うことなんてないんだ。
なのにあいつは真っ直ぐで純粋だから、目の前で失われようとしている命を救おうと全力になってしまう。
それが絶望に通じる落とし穴だとしても、気づかずに落ちる。それが日登勇気という人間なんだろう。
「俺は……どうすればいいんだよ。親父」
そう呟きながら無数に光る星に目をやる。
♢ ♢ ♢
本来、俺はこんな大組織に所属できるような大それた身分でもなく、また特別な力があったわけではなく、至って普通の家庭の普通の男として生まれた。
強いて言うなら親父が自衛官だったことだ。そう、そんな僅かな繋がりのおかげで俺はこうして戦っているなんて、数奇な運命だろう。
親父は規律を重んじる自衛官ということもあり、とても厳しい人だった。
ルールは守るのは当然で、人を無闇に傷つけたり、挨拶と礼儀は必ずやれとそれはもう耳にタコができるくらい叱られた。
でも、嫌いにはなれなかった。寧ろ、尊敬していた。言っていることは全て筋が通っていたから叱られても納得ができた。
そんな親父と俺はある約束をしていた。
「俺がいない間、母さんのことを頼む。それだけじゃない。困っている人がいたら率先して助けろ。本当はそういう時なら拳を奮っても構わない。誰かを助ける為に振るう力は間違いじゃない」
親父は弱い者イジメが大嫌いだった。勤務中、数人の上司が同僚を囲って、イジメを行っていたのを発見した時、全員を殴り飛ばして止めたことで謹慎処分を受けたことがある。
この処分は当然だとは思う。規律を重んじる組織において、上司に歯向かえば肝心な時に指揮系統が乱れる可能性もあるし、やはり暴力で事を収めるのは褒められたことじゃない。
それでも俺は親父のやったことは間違ってはいないと思う。寧ろ、正しいことだ。組織が大事とは言え、個人を己の感情の為に傷つけることが正しいわけなんかない。
なりふり構わず助ける人だから周りの人から親父は尊敬されていたし、無論、俺もその一人だった。いつかこんな人になりたいと大きな背中をずっと見ては追いかけていた。
そして、隣に並んで追い越してやりたい。それが俺の夢だった。
でも、ありきたりの日常が変わったのは突然だった。
俺が十五の時だ。久しぶりの休日でこれから家族三人で温泉にでも行こうと準備していた時、親父のスマートフォンに緊急の連絡が来てしまった。
自衛官である以上、急な呼び出しなどよくあることだから不思議には思わない。でも、折角の旅行が潰されるとなると、正直な残念な気持ちでいっぱいになる。
でも、電話を取る親父の顔を見て、俺は不安になった。
親父の顔には焦りや緊張というより、何か覚悟が浮かんでいた。それだけ重大なことが起こったのだと俺は感づいた。
それはお袋も同様で文句なんか言わず、素直に受け入れた。
すると、親父は出勤の準備をする。いつもはテキパキと準備しているがその日はやけにゆっくり……というよりダラダラとしていた。何だか親父らしくなかった。
そして、これから家を出る時だ。親父は真っ直ぐな瞳で俺を見つめる。まるで瞳に焼き付けるかのように。
「後を頼む」
そう言うと俺の頭を思いっきりクシャクシャと撫でる。いつもより力が強い。
そして、名残惜しそうに手を離し、使命を果たしに行った。
家を出る瞬間、俺に見せた親父の背中は今まで見た背中の中で一番大きく、一番遠いものにだった。
あの時に見た背中が、最後の姿になることを俺はまだ知る由もなかった。




