指切り
もう年末かよ……
山から下りた時にはもうすっかり日も傾き、街が暖かな茜色に染まっている。
先ほどまでそれなりに多かった人通りも今は疎らになって、少し寂しささえ感じる。
「あぁ、もうこんな時間! マリィちゃんに五時までには帰るって約束しるから帰らないと!」
「小学生かよ……」
マリィという人は恐らくルームメイトか同じ屋根の下で生活する相手だろう。そんな相手に帰る時間を決められているなんて子供扱いか。
いや、気持ちはわかる。正直、一人で出歩かせたくないレベルで子供っぽくてもし、帰ってこないとなると事故に遭ってないか心配になるかもしれない。
それに時間を決めないとお腹が空くまで帰ってこなさそう。
「じゃあ、ここでお別れか」
「うん! 今度は学校で会おうね! その時はこのナナ先輩が色々教えてあげる!」
「それなら、お願いしますよ。先ぱ……」
流れに乗ったまま俺は頭を下げようとしたが、その寸前で動きも言葉も全てがピタリと止まる。
それはまるでフリーズしたパソコンみたいに突然にだ。
「先輩? ナナは中学生の時からここにいるのか?」
「ううん。だって勇気は来たばかりだから一年生でしょ?」
「そうだけど……」
「それなら私は三年生だから後輩だもん!」
「……いや!? 嘘だろ!? ナナが俺より学年が上!? いやいや! ありえない!!」
衝撃の事実を突きつけられ、失礼だがナナの言葉を全て否定してしまった。
すると、ナナは俺が驚いている理由を理解していないようで不思議そうに首を傾げている。
「……そうか! 飛び級なのか!? それなら合点がいく!」
一つだけ例外がある。
飛び級だ。飛び級なら俺と同い年、或いは年下でも俺より学年なんてことはあり得る。
日本じゃあり得ないけど、この学園でならそんな珍しいことじゃないはず。
まぁ、まだ入学すらしていないからわからないけど。
「トビキュウ? なにそれ? 美味しいの?」
「説明は後でするから。ナナって今は何歳なんだ?」
「私は確か十八歳だよ!」
「嘘……だろ?」
どう考えても目を擦っても逆立ちしても年上には全く見えない。
見た目も正直十八歳とは思えないくらい童顔。というより、性格が最早小学生レベル。
何というか何も言えない。今まで年上を子供扱いしてたことが衝撃過ぎた。
いや、今日一日過ごして年上と思えるような素振りは一切なかったから仕方ないだろうがそれはそれでいいことなのか?
こう考えると高嶺ってめちゃくちゃ大人びていた。ナナとは正反対だ。
「ま、まぁ。いいや。それより時間は大丈夫なのか?」
「そうだった! じゃあね、勇気! 腕時計のオジサン! また会おうね!」
「あぁ! またな!」
『今度は私とも話そう!』
そして、ナナはまるで猫のような身軽な足取りで走り出していき、その後ろ姿を手を振って見送る。
「なんか……色々凄いやってだな」
『あぁ。私もああいう人とは初めて関わったよ』
「そうなのか? 博士達も大概だろうと思うけどな。それにヴァレッドはナナと会話してないだろ?」
『それもそうだな』
俺達はくだらない談笑を交わす。
それからだ。俺は妙な違和感を抱く。
いや、待てよ? 何か可笑しくないか?
俺はブレスレットの付いた左腕を顔の前まで上げ、ヴァレッドと目を合わせる。
どうやらヴァレッドも何か引っかかっているようだ、ジッと俺の顔を凝視している。
それから少し間を置いてから、ようやく気がついた。
『「ちょっと待て!?」』
俺とヴァレッドの声が綺麗に重なる。それだけで俺達さ答え合わせをする必要はないと悟った。
俺は考えるまでもなく見送ったはずのナナを猛ダッシュで追いかける。
自分でも驚くくらいの速さでナナに追いつき、追い越し、ナナの前に立ち塞がるように止まる。
「あれ、勇気も帰りはこっちなの? それにしても足速いね!」
ナナは呑気に笑っている。
もう、俺達は笑っている余裕なんてなく、ゼェゼェと肩で呼吸しながら、ナナの肩に手を置く。
そして、俺は決死の形相で問い詰める。
「そいつはどうも……じゃなくて!いつヴァレッドに気づいた!?」
「オジサン、ヴァレッドって言うんだね!」
『一応、年齢に関しては設定されていないが私は老人ではないぞ』
ナナはヴァレッドの存在に一切驚きはしない。
まるで元から知っているかのようだ。
俺がヴァレッドと会話しているところを見ていたのか?
だとしてもヴァレッドは俺がナナと行動を共にしてから、一切言葉も発していなければ画面に姿を現してすらいない。
存在を気づくにしても、出会う前に俺とヴァレッドを聞いていなければ気付けない。
「そんなことよりも! いつこのブレスレットにヴァレッドがいるって気づいたんだ!?」
「うーん……だってずっと傍にいたからだよ!」
「傍にいたって……何にもやり取りしてないのにどうやったら気づくんだ……?」
「だって、傍にいるんだから気づくに決まってるじゃん!」
話にならない。そう思った。
多分だ。多分、ナナは俺とヴァレッドとのやり取りなんて見てない。だけど、野生だったり女の勘というのが働いているんだろう。
ナナはそう言う奴だ。常識では通用しない奇天烈な人間だ。
だから、細かな理由などかなぐり捨てて、もう受け入れるしかなかった。
「わかった。ナナの言うことは信じるよ。だけど、一つ約束してくれ。ヴァレッドのことは誰にも言わないでく
れ」
「なんで?」
「詳しい理由は……言えない。納得できないかもしれないけど、これだけは頼む」
俺は深々と頭を下げる。
すると、ナナはニンマリと笑う。
「わかった! 二人だけの秘密みたいでいいね!」
秘密を抱えることにナナははしゃいでいるようだ。
残念ながら組織の人間なら誰でも知っているからナナが考えているようなロマンチックなことではないけど、わざわざそんなことを言うのは頼む側としては野暮だろう。
「それじゃあ、あれやらないと!」
「あれって?」
そう言うとナナはピシッと右手の小指を出す。
約束で小指を出すと言えばあれしかない。
本当に子供みたいだ。
でも、たまにはいいなと思いながら俺も同じ側の小指を出し、お互いの小指を絡める。
「指切りげんまん、嘘付いたら……なんだっけ……そうだ! 手足ちーぎる! 指切った!」
「中々物騒な指切りだな」




