高鳴り
水星の魔女クソ面白い
ユリコーンやらシスコーンやら言われてるエアリアル君、かっこいい
けど、一番好きなベギルベウが型落ちになってそうで出てこなさそうなのが辛い……
「いったぁぁぁ!」
コンクリートに叩きつけられた後頭部に強い衝撃が伝わる。その衝撃は脳にまで響き、頭の中がゴチャゴチャにシェイクされたような感じがして、意識が飛びかけた。
視界はバチバチと白くて小さな火花が弾け、よく見えない。
火花の間から少女の顔が覗かせているのだけはわかった。
「あれ? あなたは?」
少女は不思議そうに顔を傾けているのは確認できた。なんでそんな痛がっているのか理解していない様子だった。だからなのか、まるで観察するかのように顔をグイって近づける。
痛みが引くと同時に意識が段々と回復し、視界も元にに戻っていくと彼女の顔がはっきりと映る。赤みのある茶色の髪型に整った眉毛。まつ毛は長く、いい感じにカールが巻いてある。
鼻は高く、パッチリ二重の瞼の下には見たことのない赤い瞳がキラキラと宝石のように輝いていた。
多分、男百人がいたら九割が可愛いと思う。いや、女性でも同じ感想を漏らすだろう。
まるで人形のように愛らしい顔立ちが俺の瞳に乱反射して、奥まで焼き付けられる。
「あぁ……その……俺の顔に何かついてる?」
俺だって男だ。可愛い女子に凝視されれば照れや恥ずかしさを感じる。
すると、少女はグイッと勢いよく腕を前に出す。
「ねぇねぇ! リボン取れたんだよ!」
「はぁ!? ……あぁ!?」
だが、浮ついた心は一気に下降し、冷静さを取り戻す。
少女はいきなり、握り締めた赤いリボンを見せつけてくる。
「風に飛ばされてたのも取ったんだよ! 凄いよね! 褒めて! 褒めて!」
俺は唖然とした。
見た感じ、彼女は俺と同じかそれ以上の年齢だと思う。つまりは高校生だと思うけど、その話し方には一切大人っぽさを感じず、子供っぽさしかない。
更に話の内容も風に飛ばされたリボンを取ったことが嬉しいから褒めてと子供っぽい。いや、最早投げたボールを持って来て、尻尾を振る犬や猫っぽいかもしれない。
ただ、そんなことよりだ。
リボンを取るために俺に突っ込んで押し倒したことに対して、何一つ心配も謝罪がなかったことが気になった。
「なぁ、あんたさぁ。人のこと押し倒しておいて、謝罪の一言もないのか?」
「シャザイ?」
「ごめんなさいとか謝らないのは人としてどうかと思うが?」
「そっか! ごめんなさい!」
割と厳しい口調で伝えても、俺の細やかな怒りは届かず、彼女は笑顔で謝る。
全く反省の色が見えない。というか悪いことをしたなんて自覚が一切ないんだろう。
これは何を言っても駄目なんだと深い溜息を吐いている傍らで彼女は捕まえたリボンで長い後ろ髪を結ぶ。
「おっけー!」
「ちょっと待て! しっかり結びなよ!」
あまりの酷さに思わず突っ込んでしまう。
彼女は上手くできた感じでいるが全くできていなかった。
リボンの左右で長さも大きさは違うし、髪も纏まっていなくて、ボサボサで酷い有様だった。
折角、綺麗な顔立ちをしているのに素材の良さを殺してしまっている。
「でも、鏡ないとできないの!」
「あぁ、もうわかった。ちょっと、こっちに来て」
いても立ってもいられず、俺は彼女を手招きをする。
彼女は何も疑問も思わず、飼い主に駆け寄る犬のように来る。
俺は彼女の後ろに回ると雑に結ばれたリボンを解き、結び始める。
「ここをこうして……」
彼女は見知らぬ男に髪の毛を弄られても嫌な顔を一つせず、されるがままだ。
今あったばかりの男に気を許し、髪をいじらせるなんて、変わった奴だ。普通なら警戒したり、遠慮するもんだろ。
一年前くらいの職業体験で幼稚園に行った時もこんな感じに女の子の髪の毛を結んだことを思い出した。
子供のように無邪気だ。見た目と中身が一切釣り合っていない。
「はい、できた。どう?」
取り敢えず、髪の長さとリボンの大きさを左右で揃えた。
髪の毛を纏め終えると少女は波打ち際まで駆けていくと青い海を鏡代わりに髪型を確認する。顔を左右に振る度もポニーテールが連動して揺れる。
すると、ピョンと兎のように飛び跳ねながらこちらに振り向く。
そして、屈託ない笑顔を浮かべて、
「ありがとう! めちゃくちゃ可愛いね!」
彼女はそう言葉を放った。
ドンと俺の心の中で大きな爆発が起きた。
今まで心の奥底で眠っていた何かが目覚めたような気がした。
俺は酷く困惑した。ただ、女の子の髪を結んだだけ。それ以外に何もやましいこともなければ悪意もない。勝手にお節介を焼いただけなのにこの胸の高鳴りはなんなんだ。
まるで自分が自分じゃなくなるような気がして、僅かな恐怖さえあった。
今度は俺の顔をまじまじと見つめてくる。
「今度はなんだ?」
「見たことない顔だぁ!」
「それはつい昨日ここに来たばかりだからな」
「そうなんだ! それじゃあ一緒に遊ぼうよ!」
「遊ぶ?」
「私がここの楽しいところ教えてあげる!」
「いやでも……遠慮……」
「よ〜し! いっくよ~!!」
「俺の話を聞いてくれ!」
何となく、一緒に振り回されて疲れる未来が見えたから断ろうとするも、彼女は聞く耳を一切持たない。
自分がやりたいことをただやる。我儘というか何なんだろう。
俺にもよくわからない。
ただ一つ理解していることは俺の常識というのは彼女の前では非常識であることか。
「わかった。一緒に遊ぶからさ……その前に一つ聞きたいことがある」
「何?」
「君に名前は?」
これだけ関わりを持って、遊ぶのに名前を知らないのはムズムズする。
すると、彼女は笑顔で答えた。
「私はナナ! ナナ・マリエル!」
「ナナ……か」
「あなたの名前は?」
「俺は日登勇気」
「ヒノボリ……ユウキ?」
ナナにとっては俺の名前は少し難しいのかはたまた馴染みがないのかぽけーっとした表情で俺を見つめてくる。
確かに日登ってなかなかない苗字だし、パッとしないのもわかる。
「ユウキでいいよ。そう覚えた方が楽でしょ?」
「ユウキ……うん! 覚えやすい! よろしくね! ユウキ!」
またしても、彼女は笑顔を浮かべた。
その笑顔は太陽のように眩しく見えた。




