Dead or Alive
バイオヴィレッジのライカン、強すぎん?
埃臭さが漂う教室に入るや否、俺は全身が凍りついた。
教室には久方ぶりに再会した友人達と夏休み中の起きたことの話に花を咲かせ者や受験勉強の鬱憤を晴らすかのようにプロレス技を掛け合いじゃれ合う男子生徒達は誰もいない。
俺が求めていた喧騒も日常も何もなかった。まるで通夜の会場のような冷たい空気が漂っていた。
教室を見回しているとクラスメイトがじっと俺を凝視していた。
視線が妙に暖かい。俺が存在していることを安心しているかのような奇妙な感覚。
その目線を止めてくれ。俺がここにいることが奇跡のように扱わないでくれ。
違うだろ。生きていることを奇跡にしないでくれ。普通で当たり前のことでいいだろう。
「久しぶりだな……日登」
一人の男子生徒が俺の傍に駆け寄ってきた。
風間倫太郎。俺の数少ない友達の一人だ。
友達とは言っても、わざわざ休日に集まって遊んだり、連絡を取ったり、オンライゲームで協力プレイなど特に特別なことはしないが何かと気が合い、学校ではそれなりに一緒にいることが多い。
風という名字に相応しく爽やかな顔立ちは女子から絶大な人気を集めている。
だが、今はそんな誇れるような顔立ちは見えなかった。まるで理科室に置かれている骨格標本のような痩せこけた顔立ちに変わっていた。
「あぁ……久しぶりだな」
「……聞いたよ。最近まで入院してたんだって」
「……巻き込まれんたんだ。あの日……」
久々の再会だと言うのに重苦しい空気が流れ、会話がぎこちなく続く。
倫太郎の明らかにおかしい様子を目の当たりにして、俺は現実を知る他なかった。
このクラスで当然のように生きれなかった人達がいると。
「そうか……良かった。生きててさ」
倫太郎は俺の肩を叩くと、もう耐え切れないと言わんばかりに速歩きで自分の席に戻り、目を伏せる。
俺は叩かれた肩に手を添える。倫太郎の手は酷く震えていた。恐怖や悲しみがこもっていたような気がした。
そんな顔なんて見たくなくて、顔を背ける。
ふと、高嶺が瞳に映った。
俺と一緒に教室に到着した高嶺は三人の女性に泣きつかれているのを見た。
嫌だ。もう、この場から逃げ去りたいと思った。
でも、ダメなんだ。俺は……この現実に向き合わなければならないんだ。
「おはよう……ございます」
重苦しい空気に中に流れる掠れた声。教室にいる誰もがその声が聞こえた方向に顔を向ける。
教室の入り口には一人の男性が呆然と立っていた。俺は一瞬、誰だかわからなかったがあの声と特徴的な眼鏡は紛れもなく担任の先生であった。
だって、あの三者面談の時に見せた気さくな笑顔と緩い雰囲気が一かの切なかったから、全く整っていないボサボサの髪と明治時代の政治家のような長い髭。
頬は骨格が浮き出るほど痩せこけ、目の下には深いクマができており、瞳も虚ろでまるでゾンビのようで似ていると思っていたジョン・レノンとは全くかけ離れていた。
先生を見ると生徒達は雰囲気を察し、一斉に席につく。俺も周りにならって席につく。
先生は教壇に立ち、虚ろな瞳でゆっくりと教室を見回す。空席は八席。三六人で纏めれるクラスにおいて約四分の一がいないことに俺は意気消沈するしかなかった。
「……みなさん……おはようございます」
先生は今にも途切れそうなか細い声で挨拶を行う。それに対して返ってくる言葉は僅か。
あぁ。こんな些細な挨拶ですら返すことが奇跡だなんて、誰が思うのか。
「……僕は全員で卒業をできると当たり前に思っていました。ですが……ですが……みなさんの知っている通り……相澤奈々さん、伊藤亮太君……」
嗚咽混じりの声で今ここにいない生徒の名前を告げていく。
視界が真っ白に染まっていき、気が遠くなっていく。冗談であって欲しい。本当は夏休みボケが抜けていなくて、遅刻しているだけであって欲しい。でも、先生の様子のせいで到底、冗談には思えない。
まるで縄で首を絞められたかのように息苦しく、気を失いそうになる。
「先日の未確認生命体の事件に巻き込まれて……亡くなりました……」
特に騒ぎは起こらなかった。俺以外誰もが知っているのだろう。
ところどころ、啜り泣く声が聞こえてくるだけ。
俺は改めて気づいた。
生きる為に抗い、戦えたことは誰しもができる普通ではない。
今、生きているのはとてつもなく運が良かっただけだと。




