大人になる
思い出がいっぱいという曲でサビが「大人の階段上る 君はまだシンデレラさ」なんですけど自分は何故か「最後の階段上る 君はもう死んでいるさ」だと思ってました
「いいのよ。それじゃあ、仕事に行くね」
「もう? もうちょっとゆっくりすればいいの」
「何? 寂しいの?」
「そ、そうじゃないけど、まだ来てそんなに時間も経ってないし」
俺はそっと顔を背ける。
真矢さんの言う通り、ちょっとだけ寂しい。いくら一人でいることに慣れているとは言え、流石にずっとというのは心細い。
「それにガールフレンドが待ってるようだし」
真矢さんが後ろを一瞥する。
入口の端からそっと俺を見つめる高嶺がいた。高嶺は俺に気づかれると「しまった!」と言わんばかりにそそくさと隠れる。
俺は「はぁ」と溜息を吐く。
訂正する。ずっと一人と言うわけではない。入院してから毎日、高嶺がお見舞いに来てくれている。高嶺は「助けてくれたお礼をしたいから」なんて言ってお菓子や果物なんか差し入れしてくれたり、何かと世話をしようとしてくれる。
気持ちはわからなくはない。ただ、あまりにも頻度が多くて申し訳ないけど迷惑と思いつつあるのが正直な気持ちだ。
「真矢さん。高嶺は彼女でも何でもないよ。ただの……ってわけじゃないけどクラスメイトだよ」
「そうなの? でも、あんな可愛い女の子がお見舞いに来てくれるなんて、ゆう君も隅に置けないわね。絶対に気があるわよ」
「そんなわけない」
「絶対、好きだって」
「そんなわけない」
「女子の勘がそう言ってるもん」
「そんなわけない」
「嫌いなの?」
「そんなわけない」
「ふーん。なるほどね」
「あ、いや……別に……何さ!」
真矢さんは僕の顔をまじまじと見る。
真面目な雰囲気を出していながら、真矢さんはこういう甘酸っぱい話が大好きだ。
半年前のバレンタインにたった一つだけ、クラスメイトからチョコレートを貰ったら、真矢さんはまるで釣り糸に垂らされた餌に群がる魚のように食いついてきた。
そういうところは面倒くさいと思う。
今は流石に墓穴を掘った俺が悪いけど。
「嫌いじゃないんだ。なら、まだまだわからないね」
「……何でそんなに嬉しそうなのさ」
真矢さんは優しく微笑んでいた。
その笑みの意味が俺にはよくわかなかった。
「……秘密」
「教えてくれたっていいんじゃん」
「それじゃあ、"大人"になったらね」
「大人って……それってだいぶ先になるじゃん」
まだ、義務教育も終えていない俺にとって大人になるということは遠い未来の話だ。そんな先まで待っていられない。それに未来なんて確実にあるわけじゃない。
今回だって生きていることが奇跡に近い。いや、奇跡だ。本当は俺もあの混乱の中で一人の犠牲者に紛れていた。でも、偶然ヴァレッドが助けに来たから。俺が戦う決意ができたから。何とかヴァレットの力になれたからこそ俺は生きている。偶然が重なって、奇跡になったんだ。
もうこんな奇跡は起きることはないと思う。
だから、今、知りたい。来るかどうかはわからない未来を待つのはごめんだ。




