死の恐怖
そして、あの日は唐突にやってきた。
普段と大して変わらない訓練だった。ただ、整備班が前日にいずれ訪れるヴァレッドとの共闘の為、合体プログラムや合体機構の調整をしていたらしく、少しだけいつもと勝手が違っていた。
僅かに旋回が遅かったり、ペダルの踏みが甘いかった。その時の私は整備の後だから多少の変化があったのだろうとあまり気にも止めなかった。
しかし、そんな気の緩みがいけなかった。手足のように馴染んだ機体に対して、僅かな違和感を抱くこと自体が大きな問題なのだから。
「今から浮上……ん? 上手く上がらない……」
ある程度の水深まで潜航した後、一旦浮上しようした瞬間だ。機体が上がらないことに気がついた。何か不具合が起きたのか。額から嫌な汗が流れる。
ここは水中だ。危険だからと言って今すぐ脱出できる場所じゃない。もし、本当に不具合があって、全く動かないなんてことが起きたらどうすればいい?
少なくとも私にできることなんて何もなく、ただ助けを待つことしかできない。自分でどうにもできないという無力さがさらに不安を煽る。
心臓が鷲掴みされたように動きが鈍くなる。だけど、一度深呼吸し、落ち着こうとする。焦ったってどうにもならない。そして、モニターを作動させ、不具合を確認しようとした時だ。
コックピットが真っ赤な警告灯に包まれ、甲高い警告音が鳴り響く。
直接本能に訴えかける不愉快な音は恐怖心を限界まで引き上げる。
「な、なに!?」
『リーファ!! 何が起きたの!?』
「不太清楚! こっちが聞きたいわよ!!」
異常を察知した白鳥さんがすぐさま通信を繋いでくれる。
しかし、焦りのあまり白鳥さんに当たってしまう。
『白鳥博士!? 合体システムの不具合ですか!?』
『そんなことは後だ!! リーファ!! 操縦はできるか!?』
「動かない!! 全く、何しても反応しない!」
『……リーファ。落ち着くんだ。その状況では焦ってもどうにもならん! 我々がサルベージするまで待っているんだ!』
「り、了解!」
白鳥さんは余計な不安を抱かせないよう、落ち着いて話をしてくれる。
こういう緊急事態でも冷静に対処してくれる大人は私のような未熟な子供にとっては頼りに存在だ。
不安や焦りがゆっくりと落ち着いてくる。
神様は酷い存在だ。そうやって落ち着いてきたタイミングでさらならトラブルを招き入れるのだから。
モニターにさらなら警報が映し出される。それは空気が漏れていることを知らせるものだ。
「く、空気が漏れてる!」
血の気が引いた。空気が抜けているのが本当なら悠長に救助を待っている場合じゃない。酸素が尽きればその時、私は死ぬ。それだけじゃない。空気の漏れ方によっては水圧が変にかかり、マリンカイザーが爆縮し、私は圧死やら焼死する。
命の砂時計が逆さまにされたような感じだ。
更にトラブルは続く。
足元に冷たさを感じ、慌てて下を向く。
「浸水!? 待って! 待ってよ!!」
頭が真っ白になった。まさか、浸水までしてるなんて。
今はまだ足裏が浸るくらい水量だけど確実に増えている。このまま増え続け、コックピット内が海水に満たされていく。
冷たさを全身に感じながら呼吸ができない苦しみを受けながらゆっくりと死んでいく。
地獄のような苦しみと恐怖が迫ってくる。ゆっくりと首に手をかけられていくような感覚。或いは死神に釜を向けられているような感覚。
どちらにせよ逃場のないこの感情は私の心を壊すには十分だった。
「やだっ! 出してよぉ! 早く出してよぉ!! 死にたくない!」
金切り声に似た叫びを上げながら思い切りコックピットの壁を殴る。
何度も何度も何度も。
当然のように壁は壊れない。私ごときの力で壊れる壁なら戦場になんて出れない。皮膚がが切れて血が流れるけど、もう痛みも何も感じる余裕はなかった。
『リーファ!! 落ち着くんだ!』
「やだ! 出してよ!! 死にたくない!! はやく!! はやく上げてよ!!」
白鳥さんの言葉も全く耳に入らない。
ただ内から湧いてくる恐怖を外に発散したくて暴走することしかできなかった。
それから十分後だ。白鳥さん達の必死の行動のおかげで陸に引き上げられた。
僅か十分程度の時間。それでもあの時の私にとっては無限に感じられほどだった。




