影
それからヴァレッドは本当に寿限無の話を始めてしまった。
始めこそは面白く話せるのかと思っていたが、意外にも抑揚と間の取り方なんかが上手くて、自然と引き込まれてしまった。リーファは大笑いしていたし、甲太は口角を上げ、ヴァレッドの話を楽しんでいた。
『おじちゃん、もう学校、夏休みになっちゃったよ』
「アハハ!! 超有趣!! 一番面白かったわよ!」
『そう言ってもらえるとAI冥利につきる』
「ちょっと待て!? ヴァレッドはいつ、落語なんて覚えたんだ!?」
『勇気が学校にいる間、インターネットで色々、調べていた。そしたら、落語というのを発見した』
「あぁ、そうか。暇だもんな。でも、よりによって落語なんだな……」
『見え切りの文化を学んでいた時に発見した』
「なるほどなぁ……」
確かに名乗りや見切りというのは日本の歌舞伎が由来だ。その流れで日本の伝統芸能である落語に辿り着くの想像できるが、それにしたってハマるものなのか。
ヴァレッドの独特なセンスに流石の俺でもついていけない。
「ふぅ~楽しかった」
すると、リーファは満足気な笑みを浮かべ、立ち上がる。お皿には食べ残しもなければ食べかすも米粒一つも残ってなく、綺麗な状態だった。
何と言うか育ちの良さがヒシヒシと伝わる。
「もういいのか?」
「うん。今天的菜真好吃! 久々に楽しかった! また、作りなさい!」
「その上から目線を直してくれたらこっちも心を入れ替えて作ってやるよ!」
相変わらず甲太には強気な態度だ。だけど、その表情には嘲りなんか一切なく、純粋な笑みが浮かんでいた。
きっとそれをわかっているんだろう。甲太の表情も柔らかく、満更でもなさそうだ。
この二人ってやっぱり相性いいんじゃないか?
「さて、お風呂入ってくるわ! 絶対に覗いちゃ駄目よ! 特に勇気はね?」
「いや、見ないよ」
「あんた、結構真面目? 甲太みたいなキャラは二人もいらないわよ?」
リーファは思ったような反応がないことに少しムッとしたけど、すぐに笑みを浮かべ、リビングから出て行った。
一気に静かになったリビングにら少しの寂しさが流れる。その中で俺は甲太に話しかける。
「なぁ、甲太? リーファに何があったんだ?」
「どうしてわかるんだ?」
「いや、甲太がやけに心配そうにしてたから」
「呆れてだけだ」
「でも、甲太って不器用だから、純粋に心配しないじゃん」
俺の時だって戦わせたくないからって厳しく当たってんだ。リーファにだって同じ対応しているんだからそう疑うに決まってる。
確信を突かれ、甲太は気まずそうに頭を掻く。そして、ゆっくりと口を開く。
「少し前だ。あいつはマリンカイザーの訓練中に事故に遭ったんだ」
「事故?」
「訓練中にマリンカイザーが動作不良を起こし、操作を受け付けなくなった。浮上することができず、深く暗い海に沈んでいった。マリンカイザーも高性能とは言えど耐水圧に限界がある。水深五千メートルまで行けば爆縮して海の藻屑……いや、跡形もなく消滅するだろう」
「マジか……」
「それだけじゃない。酸素だって無限じゃない。そして、モニターも映らない真っ暗な中、いつ死ぬかもわからない状況。逃げることもできない、極限の状況に置かれて、まともでいられる人間なんていない。あの時のあいつは文字通り発狂していた。その時は待機していた救助隊が迅速に対応してくれておかげで生存できたが……心の傷がかなり深かった」
「休養ってことは……そういう……」
「本当はあのまま除隊してもよかったんだ。あんな事故にあったんだ。逃げても誰も文句は言わない。でも、あいつは俺達と同じ馬鹿だから帰ってきた」
話を聞いただけでゾッとする。
抗いたくても何もできな不自由。逃げたくても逃げれることができない水という密室空間。暗黒という人間に刷り込まれた根源的恐怖につつまれながらじっとり忍び寄る確かな死を感じ続けなければいけないのははっきり言って地獄の苦しみそのもの。
その苦しみを味わってもなお、リーファはこの島に帰ってきて、戦おうとしている。
「俺達……リーファにも何か戦わなきゃいけない理由があるんだな」
「それは俺も聞いていない。だけど、初めて出会った時のあの目はお前と同じ決意に満ちていた。そして、俺と同じ怒りもな」
「怒り……」
その言葉を聞いて、リーファにも何かあったのだろうと思った。
そうじゃなきゃ、死にそうな思いをしてもなお戦おうなんて思うはずがない。




