二番手には二番手の ・
王室における第二王子とは「予備」のひと言に尽きる。
第一王子に不慮の出来事があった時の予備。
第一王子が王位に就いて子が生まれるまで、俺は予備でしかない。
帝王学も一応は学ぶが生かす場はこない。
兄が王になり子が生まれて俺が公爵となろうとも「反逆の芽はないか」「民衆に過度の人気が生まれてないか」「王に害ある派閥を作ってないか」「他国との内密のつながりはないか」
などなど、死ぬまで監視される。
平民のように己の実力で成り上がる夢を持つことも許されず。
自由に世界を旅することも許されず。
国を導くこともなく。
いずれは王家寄りの派閥から選ばれた女性を妻にして、民の納めた税で暮らすのだ。
11歳で人生に絶望したって無理は無いと思う。
「何たそがれたこと言ってるんですか。まだ何も成し遂げてないどころか挑戦もしてない十一歳が」
ポロポロと焼き菓子の粉やら破片やらをドレスに落としながら、マリアンヌが俺の苦悩をぶった斬った。
「お前にはわからんのだ。まだ幼いし、王族でもないし」
「それはそうですけど、一番わからないのはアレクサンドル様がなぜ私の祖父の家でお茶を飲んでるのかってことです。ヴィンス家は貧乏男爵なんですから、口の肥えた方にお出しする茶菓なんてありませんよ?」
「菓子を食べに来たわけではない」
お菓子を食べていたマリアンヌの手が止まった。
「じゃあ何をしにいらしたんです?」
「お前と話をしに来た。何度王宮に誘っても熱があるだの腹が痛いだのと来ないではないか。見舞いに行けば家にはいない。執事が大汗をかいて慌ててたぞ」
「セバスチャンの寿命を無駄に削らないでくださいまし。先触れも無しに王子が訪れるなど、問題ですわよ。それに、お茶会なら王宮に行きたがってる御令嬢を誘えばいいではありませんか。腐るほどいますよ、学園に」
「腐るほどって。お前は王宮に来たくないのか」
そう聞かれてマリアンヌが考える。
「んー……。お茶はたいそう美味しゅうございましたね。あと、フワフワのケーキも上にかかってるクリームも軽いのにコクがあって、最高でした。我が家のアップルパイに負けず劣らず」
「そう言うことを聞いているのではないだろうが」
「はー」と小さな口でため息をついてマリアンヌが、俺の方を見ないまま話を続ける。
「ご存知ですか?私、悪役令嬢って評判になってます」
「らしいな。くだらん噂だ」
「他人事なんですね。私の母は少しだけ傷ついてます。あと、お姉さまだって困ってらっしゃると思います。評判の悪い妹がいたら婿のなり手が減ります」
「ランドフーリア家はカタリナ嬢が継ぐのか」
「まあ、そうなりますね」
「お前はどうするのだ」
「普通ならどこぞの貴族の家に嫁ぐことになるのでしょうけど」
アレクサンドルが落ち着かなくなった。
「その、お前の家ではもう婚約者の目星をつけているのか?」
「目星などつくわけがございませんよ。なんたって悪役令嬢なんですから」
「六歳にして苦労するな」
「そもそも誰のせいですか!」
「わかっている。迷惑をかけているのはお前を茶会に誘った俺だな。すまん」
マリアンヌはお茶のカップを口に当ててコクリと飲みながらチラリと俺を見ると諦めたような顔になってカップをテーブルに置いた。
「あの、ここから先は本音でお話ししてもよろしいでしょうか?不敬罪で頭と体が泣き別れってのは勘弁願いたいのですが」
「ああ、かまわん。好きに話せ」
すると、マリアンヌ嬢が小さな紙切れと羽ペンを持ってきてズズイと俺に押し付ける。
「なんだこれは」
「一筆書いてくださらないと安心してお話し出来ません。『マリアンヌが何を話しても一切の不敬を問わず』と署名付きでお願いします」
真剣な小さい顔が面白い。
この少女といると、過去にこんなに笑ったことがあるかと言うほど笑ってしまう。
今も一筆を迫られてるこの状況が可笑しくて可笑しくて笑ってしまい、手がプルプル震えて文字が乱れる。おかげでマリアンヌ嬢に「それでは偽物の文書と思われます。王族の文書の偽造は死罪ではありませんか」と叱られ、二度も書き直しさせられた。
「書いたぞ」
そう言って紙切れを手渡すと、マリアンヌ嬢はつるりとした顔をしかめながら点検して「ようございます」と言って紙を折りたたみ、ドレスの胸元に突っ込んだ。
「取り上げられるものなら悪役令嬢の胸から取り上げてみろって話です!」と独り言を言っている。もう、何を見聞きしても面白い。
「ではうかがいますが、アレクサンドル様はこの国の王になりたいのですか?」
「なんてことを。王は兄上が継ぐ。俺はそんなつもりはないぞ」
「では、何をやりたいのです? 外国へ長旅? 旅はいずれ終わります。そしてそのお金は民草の納めた税ですよ? それは民に返せる旅ですか?」
「そ、それはわからんが」
「そうですねぇ、学問を極めるのも良いでしょうし、民の暮らしを豊かにするような役に立つ人材を育てるのもやり甲斐がございます。いつか公爵となられるのでしたら領地運営で腕を振るえば良いのでは?」
「領地、か」
その手もありだなと思うアレクサンドル。
「そうです。公爵家の領地で成果を出せば、他領への手本となり、ひいては国全体に良い影響を与えられます。羨ましいことです」
「お前が羨ましがるなぞ、珍しいな」
「二番手には二番手なりの戦い方がございますよ。私は次女ですのでランドフーリア家から出て行く立場です。なので私は私の意見を聞いてくれて領地経営に関わらせてくれるような理解ある殿方と婚姻を結び、腕を振るいたいと思っています。今はそのための力を蓄える時なんです。農地を豊かにする方法、日照りや冷夏、病害虫への対策。領民への教育、健康増進の手立て、特産品の開発。やりたいことがあり過ぎていくら学んでも時間が足りません」
マリアンヌは一機にしゃべり、コクリとお茶を飲んだ。
「二番手には二番手なりの戦い方、か。なるほどな…。やはりここまで来て良かった。礼を言う」
「どういたしまして、王子様。周りの方々を見れば元気に働けるのはせいぜい六十歳ほどまでです。
それも怪我や病気で身体が動かせなくなる可能性を入れずに、です。残りの持ち時間を思えば時間はいつだって貴重ですわ。たくさんの可能性があるお立場なのにたそがれているなど、時間がもったいなさ過ぎます」
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マリアンヌの祖父宅から王宮に戻ったアレクサンドル第二王子は、その日を境に人が変わったように勉学に力を入れた。
自ら領地経営の基本を学び、近隣各国との貿易の情報を集め、国内各地の特産品についても調べるようになった。歴史の専門家を呼び、国内の過去の天候の推移や農作物の被害の記録についても教えを受けた。
王子の変化を宰相経由で王が知ることになったのは間もなくのことである。
王はいたく興味を示し、常に王子に同行している騎士たちを呼び、根掘り葉掘りアレクサンドル王子とマリアンヌの会話を聞き出した。
その夜、王妃の居室を訪れた王が王妃と長いこと話し込み、最近には珍しくお二人の笑い声が何度も部屋から漏れたことが王宮勤めの女官たちの間で噂になった。