心労のカタリナ
妹がアレクサンドル様のお茶会に招待された。
第二王子のアレクサンドル様は私と同級生だけれど、伯爵家風情ではお話をすることもなかったのに。妹のお気楽さがお気に召したのかもしれないわね。
そう言えば朝、妹と一緒に学園に行き、自分の教室へと向かう途中に二階から下を見たらマリアンヌがアレクサンドル王子とお話をしていたっけ。
マリアンヌは普段から礼儀もなってなくて、それを反省する様子もないわがままな性格。
失礼があったらどうしようとヒヤヒヤした。
王子は心の広い方なので何事もなく済んだようだけれど、お手を振って下さる王子に向かって、あろうことかマリアンヌも手をふり返した。
(そこはお辞儀っ!)
ギリッと奥歯を噛みしめていたらマリアンヌが私に気付いて手を振ってきたけど、手を振り返す気になれなかった。
お父さまはなぜマリアンヌにあれほど甘いのだろう。私の時とは全然違って毎日笑顔でよく話しかけていらっしゃる。
あの女性の産んだ子供だからか。
そんなにあの女性が気に入ってるのか。
亡くなったお母さまとは真逆の、庶民のような女性。
ガラス細工のように繊細だったお母さまと比べたら農民のように丈夫そうな体つき。
たびたび声を上げて笑ったりして。
料理もあの女性が我が家に来てからはずいぶん変わってしまった。
濃厚なソースと香辛料を使った料理が減って野菜が多くなり味付けもずいぶん簡単になった。
お父様は「貴女のおかげでみんなが健康になる」とおっしゃる。
料理長まで「素材の良さがわかる味付けなのでいっそう仕入れに力が入ります」などと言う。
でも私は平民の食事に近づいたようで釈然としない。
「淑女であれ」
「貴族としての規範であれ」
私はいつでもそう言われて育てられたのに。叱られたことはたくさんあるけど、褒められたことなんて無かった。いつの間にかこの家は変わってしまった。
ああ、それよりも王子のお茶会だわ。
本来ならありがたくお受けすることなのに、マリアンヌが何をしでかすか心配で胃が痛い。
他にどなたかしっかりした御令嬢も参加して下さるといいけれど。あの子がみっともない振る舞いをせずに済むように。
天国のお母様。お助けください。
そう祈るけれど、お母様がなんとお返事くださるか、想像がつかない。
お母様はときおり廊下ですれ違う時にご挨拶してくださったくらいで、あまり私とはお話しすることがなかったから。
お友達に聞いても皆さん同じようで。
「両親とはあまりお話ししたことはありませんわ」と。
まあ、この家を継ぐ私と他家に嫁ぐマリアンヌでは育て方が違うのかもしれないけれど。
そうそう、お茶会に持っていく用意はどうなってるかしら。万事にそつの無いセバスチャンが用意してくれていると思うけれど、なんでも揃っている王宮に持っていくのは気を遣うわね。
さあ、ドレスを選んで、アクセサリーと靴も選ばなくては。
え?なあに?
考え事をしていたらメイドが心配そうに話しかけられていた。
ええっ!
「マリアンヌが新しいお母さまとお菓子を焼く」って?「それを王子のお茶会に持っていく」ですって!?
ちょっとめまいが。なぜ誰も止めないの?
「子供同士のお茶会だから大丈夫」って…そんなわけないでしょうが!万が一王子のお体に障ることがあったら我が家は破滅だわ!
そもそも何を焼くというの?
え?カスタードクリーム入りのアップルパイ?そんな庶民の食べ物を王子に食べさせると?
私は階段を駆け降りて厨房へ突進した。はしたないなんて言ってる場合じゃない。
「ハァハァハァハァ…マリアンヌ!」
「はぁいお姉さま。どうかしましたか?」
「あなた、あなた、アレクサンドル様に手作りのアップルパイを食べさせるつもり?」
「はい。どうせあちらはこの国一番の料理人が控えているんですから、高価なお店のケーキを持って行っても仕方ないかなって。
だったら高い菓子店の物より手作りで素朴なアップルパイの方が節約になりますし珍しくて喜ばれるんじゃないかなーって。えへ」
えへ、じゃない。
聞いたことないわよ、王宮に手作りお菓子なんて。
あまりの驚きで言葉が出ずワナワナしていたら
「大丈夫ですよお姉さま。ちゃーんと何人に毒見をされても良いようにたっぷり三ホールは焼きますから!」
隣で新しいお母様もウンウンとうなずいてるけど。
神様…。
なぜ王都で一番の貴族御用達の菓子店の物を用意するという発想がないの、この親子。
ちょっとめまいがしてヘナヘナしてたらマリアンヌが椅子を持ってきて座るように勧めてきた。
「お姉さま、落ち着いてください。これ、我が家での試食用に焼いたものです」
言うなり焼きたてのアップルパイを小さく切って私の口に突っ込んできたわ。
「アッツ!」
嗚呼、思わず下品な声が出てしまったじゃないの。
…もぐもぐもぐ…
サクサクした生地を噛み破ると中から程よく火を通した甘いりんごが溢れてとてもジューシーだわ。
甘さを控えたカスタードクリームと合わさって、豊かな味が口の中いっぱいに広がって…
ごっくん。
「ね?美味しいでしょう?お母さまがおばあさまに教わったご自慢のレシピなんですよ!」
ふわふわの金髪を揺らしながらマリアンヌが笑っている。
そ、そうね。美味しくないこともないわね。
この、底の部分がやたら香ばしくて風味が良いのはナッツ粉か何か入ってるのかしら。
まあ、これならば「素人の手作りなど不敬な!」と断罪されることはないかもしれないわね。
そう祈りましょう。