視察団 ・
屋敷に戻ったらくつろぎたいけどそれは無理。なぜなら陛下用のポニーを用意しなくてはならないから。
「マリアンヌ様、陛下に献上するのは本当に普通の自動走行機でいいんですかい?」
工場長が不安げだ。
「豪華なポニーにすべきかしら? 四本の支柱と屋根を付けて、使う木材を黒檀にして、ブレーキレバーに宝石を埋め込むとか?」
「お嬢、それはなんというか……」
「悪趣味だな」
バッサリ斬って捨てたのはアレクサンドル様だ。
「ポニーは簡素で実用一点張りな所が長所なんだから。宝石は必要ないよ。そうだなぁ、父上は黒塗りがお好きだから黒く塗っとけばいいんじゃないかな」
「殿下、その程度で大丈夫ですかい?」
「何より一番喜ばれるのは素早い納品だと思う」
あっ、工場長が走って行ったわよ。こりゃ徹夜してでも早く仕上げそうだわ。
「それよりマリアンヌ、ハルベリー嬢に絡め手で色々提案されたそうだね。母上から聞いたよ。俺からも注意しておく」
「いえ、もう十分です。今後何かありましたらアレクサンドル様にご相談してからお返事することにします」
「そうだな。窓口を俺にしてくれ。俺が出資者だと言っておくといい」
第二王子様からの言葉はなんとも心強い。
「それと、ホランド国の視察団は受け入れてくれるそうだな。俺からも礼を言う」
「石炭あっての自動走行機ですから。両国で互いに助け合えたらいいなと思っているんです」
「世の中、なかなか上手く行かないものだな。兄上のお相手がマリアンヌなら、この国はもっと……いや、それは俺が困るな。うん、今のは無しだ」
「そもそも私はアレクサンドル様がいいのですから、そんなことを言われましても」
アレクサンドル様のお耳あたりが急に赤くなったのを見て、いま自分が結構なことを言ったことに気づいた。
ひゃー。
アレクサンドル様が私をふわりとゆるく包むように腕を回して、そのまま二人がけの椅子に座らされた。
「今のセリフをもう一度頼む」
いやいや、無理無理。恥ずかしすぎて。私はブンブンと顔を横に振った。
それにしても王子様って、ものすごくいい匂い。王家はどんな石鹸を使ってるのかしら。もしかしてお洋服も高級石鹸で洗っているのかしら。スンスンスンと匂いを嗅いでしまった。
「はー。いい匂いって癒される〜」
「コホンッ!」
お姉さまの声の咳払いがされた。慌てて離れようとしたけど、ゆるい抱擁は揺るがない。身内にイチャイチャしているところを見られるなんて、これはどんな辱めだろうか。
グイグイとアレクサンドル様の胸を押して逃れようとするけど、アレクサンドル様はびくともしない。
その上平然としたお声で返事をなさる。
「カタリナ、ちょっとマリアンヌを借りているぞ」
「はい。恐れ多くも殿下を長いことお待たせした妹ですからね。どうぞお気が済むまでそのままで。そのままで結構ですので、視察団についてご存知のことだけでも教えてくださいませ。自動走行機の販売者として、知っておきとうございます」
お姉さま、変わりましたねぇ。氷の淑女はいつからそんな仕事人間になりましたか。
□ □ □ □ □
十日後、陛下に献上する黒塗りの自動走行機が出来上がった。何度も塗り重ねた黒い塗装が高級感あるけれど、基本的には普通の仕様のままだ。
ポニーを献上すべく、父と私と工場長とで納品に向かう。
私は第二王子の婚約者だけど、今は納入業者だからと通用門から入り荷物検査をしてもらおうとした。
そうしたら警備の人に「もしやこれは陛下のっ?」と食いつくように言われて「はい、そうです。献上品です」と答えた。
そこから衛兵の隊長さんが出て来て、以降はポニーを積んだ馬車のまま真っ直ぐに王宮の中庭に案内された。
そのあとは我が家のお披露目の時と同じ。陛下も王妃様もホランド国の視察団もキャッキャワイワイと盛り上がった。
楽しそうで何よりだ。開発者冥利に尽きる。ホランドの視察団の皆さんは思っていたより若い人が多くて、熱心に駆動部分を見ていた。
「これの大型を作る予定はありますか?」と尋ねられたので、「あります、今はまだいつ仕上がるかはわからないのですが」と返答した。
そのあとは我が家の工場に移動して、視察団との質疑応答となった。
視察団の皆さんは熱心に見学され、詳しい説明に満足されたようだった。鋭い質問もたくさん出た。
全部に答えて、ひと段落した。
「我が国から輸入された石炭がこのように活用されるとは。なんとも愉快なことです!」
三十歳くらいの団長さんが笑顔でそう言ってくれて、私もみんなも表情が明るい。物作りの現場の人間はみんな「楽しい、愉快」を燃料にして生きてると思う。
休憩時間になり、視察副団長のピーター・ヴィズさんが私に話しかけてきた。
「マリアンヌ様、お母さまはヴィンス家のご出身だそうですね」
「はい。母はヴィンス男爵家の出身です」
「これは我が一族の言い伝えなのですが、私の祖父の祖父になる人物はロマーン王国の出身で、ヴィンスという家の出身でした。優秀な馬を育てる家の次男だったと聞いています」
「ええっ! もしかして、その人って!」
私の言葉に、居合わせたお母様も目を見開いて次の言葉を待っている。
「自分の発明品に斜めになった麦の穂を刻む人です。我が国ではハロルド・ヴィズと名乗っていました。その先祖は沢山の子や孫に見守られて息を引き取る時、その場にいた者たちに伝えたそうです。『自由を手放すな。人生は短い』って。いつも発明に夢中で、本当に自由な人だったそうです」
私とピーターさんは、遠い親戚ということか!
お母様が手を握って話を聞いている。
「それと、彼の血を継ぐ子孫の数は、今ではホランド国内で四百三十一人です。すごく多いでしょ? 僕の祖父は麦の穂の血筋を受け継ぐ家系図を作ることを趣味にしてた人で、僕も詳しいんです」
母の目が潤んでいる。
母の一族はその人の名前を呼ぶことも控えて『あの人』と呼ぶほど、爵位を放棄して消えた身内を申し訳なく思ってきたのだ。お母様は胸に来るものがあるのだろう。私だってジーンとしている。
お母様が涙をハンカチで押さえながら団長さんと握手している。おじいさまにもこの話を伝えなくては。
思わぬ血縁者との出会いで、その夜の会食会は楽しく盛り上がった。
『自由を手放すな。人生は短い』
その言葉を胸で繰り返しつつ、楽しげに会話しているアレクサンドル様の横顔を見つめた。





