王妃 ・
ハルベリー様の言葉を聞いて、私は「え?」と驚いた。
いやいや、トワイス家こそ軍事転用をしたいのではないのか。代々トワイス家は戦争のたびに軍事物資を軍に納入していて「武器侯爵」の二つ名を持つ家じゃないか。
これまで可もなく不可もない存在だったランドフーリア伯爵家が自動走行機を開発した。それを面白く思ってないこと、傘下に取り込みたいであろうことは私にだって想像がつく。
ハルベリー様の言葉にどう対応したらいいのか。お姉さまならどう切り返していただろうか。
考えている間に続けて話しかけられた。
「ホランド国は最近、鉄製品を大量に作り出して輸出で力を付けています。これ以上あの国に対して利益を提供するのは批判されかねないわ。私はマリアンヌさんの立場が心配でならないの」
へー。
自動走行機を見たときに、はしゃいでいたみんなの顔が浮かぶ。楽しかったな。みんなキャッキャ笑って喜んでて。楽しい乗り物を作ったのに、なんでこんなことになってるかな。
だめだ、落ち込んでいる場合じゃない。ここで私がしっかりしなくては。
「ホランド国は我が国に石炭を輸出してくれています。これからの民の暮らしは、ホランド産の石炭のおかげで便利になっていきます。私は両国が共に手を取り、民の暮らしに役立つ知識と技術を共有できたらいいと思っています。陛下もそうお考えの上で、ホランド側の視察団を受け入れたのだと思いますが」
ハルベリー様がため息をついた。
「マリアンヌ。あなたは人がよすぎるわ。この世から戦争は消えないの。いつだってどこかしらで戦争が起きていることは、あなただってご存知のはずよ? 強い力を持っていればこそ、他の国に侵略をためらわせる。貴方の作った走行機は強い力になり得るの」
なんと反論しても無駄な気がした。
唐突に昔のことを思い出した。幼い頃に庭で観察していた蜘蛛の巣は、巣に引っかかった獲物がもがく振動で、蜘蛛が獲物に気づき、近づいていた。
私はいま、何を言っても蜘蛛が近づいて来る予感しかしない。
頭の中で羽虫に近寄る蜘蛛を想像していたら、お城の使用人さんが近寄って来てハルベリー様に耳打ちをした。
「チッ」と今、舌打ちしました? 社交界の女王が舌打ちしましたよね?
使用人が下がるのと入れ替わりに部屋へ入って来たのは王妃様だった。
ひえー!初めて近くでご本人を拝見したけど、お若い! そしてアレクサンドル様によく似てらっしゃる! そして威圧感!
「お話し中に失礼するわね。マリアンヌが来ていると聞いて我慢出来なくって。うふふ」
私とハルベリー嬢が立ち上がってお辞儀をする中、美しい動作で王妃様が近寄って着席し、私たちにも着席を促した。
「会えて嬉しいわ、マリアンヌ。絵姿よりずっと可愛い方ね。貴女たちの婚約式が待ち遠しいわ。今日はなんのお話をしていたのかしら。私も楽しいお話に参加させてくれると嬉しいわ」
王妃様がハルベリー嬢に向かって話題を振ると、彼女は綺麗な笑みを浮かべた。
「マリアンヌ様が発明した自動走行機について質問しておりました。とても楽しそうな乗り物なので、私も乗ってみたくて」
わ、迷いなく嘘ついた。楽しい乗り物なんてひと言も言ってないのに。
「そうだったの。本当に楽しそうな発明よねぇ。ねえマリアンヌ、陛下があれに乗ってみたいとおっしゃるの。一台なんとか都合をつけられないかしら。もし大人気で都合を付けられないようなら、郵便で使用中の青い走行機を二、三日貸してもらえると嬉しいわ」
「いえいえいえ! すぐに陛下用のを新しく製作してお届けいたします。もう、何をおいても急ぎで作りますから!」
「あらそう? 悪いわね。無理はしなくてもいいのよ?」
「問題ございません。少々お待ちくださいませ」
郵便配達用の走行機を陛下に使い回しするなんて、申し訳なさすぎる。他の高位な方々に知られたら我が家族一同が市中引き回しの上斬首されそうで怖い。
そのあとも王妃様は会話を回してくださり、最後に意外なことをおっしゃった。
「ねえ、マリアンヌ、あなたこのあとで少し時間はあるかしら。衣装係が婚約式の衣装のことで貴女と相談したいことがあるらしいのよ。ちょうどいい機会だから話を聞いてやってくれる? ハルベリー、悪いわね。マリアンヌを借りても?」
王妃様は爽やかな中に有無を言わせない圧を滲ませて私を連れ出してくれた。
そして今。
私に同行したものの控室にいたお父さまとお姉さまも参加して、私たち三人は王妃様のお部屋でお茶を頂いている。冷静沈着なはずのお父さまが沈着すぎて石像のように動かないのですが。
「どうぞ楽にしてね。今日は色々迷惑をかけました。何を言われたかはメイドから聞いています。
ハルベリーは侯爵家の令嬢として育てられた通りに、自分にとっての正義に従って動いたのだろうけどね。今後は次の王妃という立場をよく考えるよう注意しておくわ。
ランドフーリア伯爵、陛下も私もマリアンヌの発明品を真っ直ぐ軍事転用する気はないのです。ホランド国王も同じお考えよ。
もう、戦争で国を大きくするのは時代遅れだと陛下はお考えです」
私たち三人は黙ってありがたくうなずいて感謝して引き上げた。
馬車に乗ってようやく父上が口を開いた。
「よかった。マリアンヌの発明が真っ先に戦争の道具として使われるのかと肝を冷やした」
カタリナお姉さまも珍しく背もたれにどっかりともたれて脱力して呟く。
「陛下も王妃様もあんなに進んだお考えだったなんて」
「王妃様、お綺麗でしたね。アレクサンドル様のお姉様と言っても通用するお若さで!」
二人から返事がないので「え?」とお顔を見たら二人とも「今はそこじゃない」みたいな、残念な子供を見るような目を私に向けている。
「え?お綺麗でしたよね?似てましたよね?え?ダメ?」





