予想通り ・
自動走行機はポニーと名付けられ、日除け雨除けの屋根と枠組みを付けられた。
郵便会社のコバルトブルーに塗られてまずは郵便配達に使われている。
ポニーに立ち乗りして配達する青い制服と相まって一日で王都中に知られる乗り物となった。子供のみならず大人たちまでがポニーの後ろを走ってついて行く。
あまりの人気っぷりに馬に乗った警備隊が出動して人々が注意される騒ぎだ。
「まずはどんなものか知ってもらうために郵便配達で十台使ってみたけど、とんでもないことになったわ」
営業担当のカタリナお姉様が少々お疲れの顔で椅子に腰を下ろした。手にはたくさんの注文書が束になっている。会社代表である父デイビッドがポニー専属の事務員にあれこれ指示を出してからそれに答えた。
「鍛治職人と馬車職人は押さえられるだけ押さえたが、足りそうにないな。しかし腕が確かな者でないと迂闊には雇えない」
私がおずおずと口を挟んだ。
「アレクサンドル様のところの石炭配達用の注文を後回しってわけにいかないですよね? 石炭で動くポニーですし」
「いや、殿下は後回しで良いと了解してくださってる。世間向けの代表はご友人だしな。問題はそこじゃない」
カタリナお姉さまがうなずいた。
「特許の申請だけで五十一件。やっと終わったと思ったらお隣のホランド国から視察団が来るなんて。ホランド国は対応が早すぎない? マリアンヌ、殿下と二人で対応をよろしくね」
「はい……」
カタリナお姉さまの目が若干怖い。殺気が滲んでる。視察団など受け入れてる余裕など、走行機部門にはこれっぽっちもないけど、ホランド国王からの依頼を我が国の王が仲介なさっている。誰が断れようか。
新しく契約した事務員たちと忙しく書類仕事をしつつ大型のポニー(別名案ペガサス)の構想について話し合っていると、メイドが駆け込んできた。
「マリアンヌお嬢様、王宮からの使いが」
「王宮? なんだか嫌な予感しかないわ」
婚約関係の予定は全て日程が決まってる。違う案件に違いない。
「すぐに行きます。応接室ね?」
王宮からの使いが持ってきた手紙は、王室からではなく次の王妃になるハルベリー嬢からだった。
『至急面談を求める』という内容だった。
「本日の午後に参ります」と返答をして使いを帰した。
□ □ □ □ □
「話は絶対にポニーのことよね」
唇を噛んでいたカタリナお姉さまが断言する。
「だとしたら自動走行機の会社代表はお父様だわ。私を呼び出すのは筋が違いますよね?」
すると話を聞いていたお父様が口を開いた。
「私が同行させてもらおう。マリアンヌではトワイス家の腹芸に太刀打ちできない」
「お父様、助かります。そして色々申し訳ありません」
「わたくしも参ります」
カタリナお姉さまも参加してくれるなら心強い。
「お姉さま。いっそう安心できます」
「そもそもハルベリー様は婚約者であって、まだ王宮の一員ではないわ。王宮の使いを我が家に出すこともどうかと思うわよ」
お姉さまが戦闘態勢だ。ああ、出かける前から不穏だ。
午後、王宮に上がった私たち三人は、ハルベリー嬢の侍女と揉めていた。
「ハルベリー様は『お呼びしたのはマリアンヌ様だけですので、ご家族の方はこちらでお待ちくださ』とおっしゃっています」
するとカタリナお姉さまが静かに答えた。
「そう。王家の婚約者同士の懇親会ということならそういたしましょう。勘違いしましたわ。走行機のことだと思ったの。仕事に関することでしたらマリアンヌは事務的なことは何もわかっていないのよ。マリアンヌだけでは走行機について一切お答えできませんので、そのおつもりでよろしくお願いいたしますとお伝えください。私と父はここで待っています」
カタリナお姉さまがニッコリと微笑みながら釘を刺した。侍女さんは引きつった顔で下がっていった。
案内された部屋に行くと、ハルベリー様は椅子に座っていたが私を見て立ち上がり、にこやかに出迎えてくれた。
「お仕事で忙しいでしょうに、悪いわね」
「お気遣いありがとうございます。幸い忙しくさせて頂いてます」
お茶をひと口飲むが緊張で味がしない。何の用か。やはりあれか。
「婚約おめでとう。私とは姉妹になるのね。あなたと姉妹になれること、とても嬉しいわ。二人で仲良く王室をお支え出来るよう力を合わせましょう」
「はい。よろしくお願いいたします」
「あなたが作った自動走行機は素晴らしいわね。いずれ大型化するんでしょう? いろんな使い方が出来るわ」
怖い。私の目を真っ直ぐ見つめてどんな反応も見逃すまいとするこの人の目が怖い。
「お褒めいただき光栄…」
「そんなしゃべり方はやめましょうよ、今はまだお互い婚約者同士。楽に話してくれる?」
「ではそのように。私と職人さん達とで作りましたが、製品のこの先の変更は市場調査の上で父と姉が決めますので、私はなんとも申し上げられません」
「なるほど。貴女がうっかり余計なことを言わないように、伯爵様とカタリナさんが心配して同行されたのね」
ハルベリー様は答えを求めない言い方で呟いた。
「陛下がホランド国の見学を許可したそうね。あなたたちはどこまで情報を提供するのかしら? あれはこの先の仕様変更によっては軍事に転用できるわ。それを他国の人間に見せるなんて、とても恐ろしいことだと思わない? 私は不安だわ」
「それに関しても私一人の意見ではなんとも」
ハルベリー様はにっこりと微笑んで話の切り口を変えた。
「私の実家は昔から馬車やテント、弓矢に至るまで手広く軍に提供してるのはご存知かしら。実家の父がとても心配しているのよ。貴重な情報が他国にダダ漏れになるんじゃないかって」
予想通り。アレクサンドル様、貴方の予想通りでしたよ。
背中を冷たい汗が伝わって気持ち悪い。
「トワイス侯爵家のお仕事のことは、もちろん存じ上げております。しかしホランド国は我が国周辺では唯一の石炭輸出国。視察を断るのは悪手となり得ます。私たちは視察団に自由に見学していただくつもりです」
「あら、機械の仕組みについては全て企業秘密にするべきではないかしら? それ以外のことだけ見せればいいのに。それと、人手が足りないようでしたら、父がいくらでも手助けしたいと言っています。我が家は熟練の職人をたくさん抱えていますから、必ずお役に立てるわ」





