王家の言い伝え ・
「アレクサンドル様、私も貴方様をお慕い申し上げております。でも、聞いて欲しいことがあります」
私は言葉を選びながら『いなくなったあの人』のことを語った。
それが自分の一族の一人であること。
自分の中にも社交界や王宮の力から自由に生きていきたい願望があること。
どんなにアレクサンドル様を好ましいと思っていても、いつかフラリと自由を求めて逃げ出してしまうのではないかと自分自身が恐れていること。
じっと耳を傾けていたアレクサンドル様が、いたずら小僧のような表情を浮かべた。
「なるほど。それを悩んでいるのか。マリアンヌ、『いなくなったあの人』がその後どうなったかは、知らないのだな?」
「えっ。アレクサンドル様はご存知なのですかっ?」
思わず前のめりになってしまった私の顔を見て、アレクサンドルが笑みを深くする。
「ホランド国へ渡ってすぐ、学園の留学生だった友人に会ったよ。マリー農場のソバ粉パーティーにも来たことがある彼だ。ホランド国の王都を案内してもらったんだ。『ホランド王国で知らない人がいない天才』という人の実績を見て回った」
「どんな実績でしたか?」
「彼の一番の自慢は王宮を囲むように立っているガス燈でね。石炭を蒸し焼きにすると燃えるガスが出るそうだ。それを燃やして一晩中王宮を照らしてる景色は、なかなか見応えがあった」
「そうでしたか」
私は話の繋がりがわからない。
「そのガス燈には斜めに生える麦の穂が二本刻まれていたな」
「ええっ? だってそれは百年前に現れたあの人の印ですよ?」
「もちろん本人じゃない。麦の穂が二本というのはその子孫だ。本人の印は穂が一本だからね。一族の印だそうだよ。『いなくなったあの人』は我が国から消えたあと、ホランド国へと渡ったんだ。そしてたくさんの発明をしているうちに、とある商人の娘と結婚してあっさりとホランド王国に根を下ろしたのさ」
私の一族の一人が、ホランド王国に根を下ろしていた? 知らなかった。
「そう、だったんですか……。当時の王家はあの人の消息を知っていたのですか?」
「ああ、もちろんだ。我が国の諜報部は昔からなかなか優秀なんだ。できれば我が国に取り返したかっただろうが、ホランド王国の王家はやり手でね。取り返しに入国した諜報部員は無駄足に終わったそうだ。しかも我が国があの人を囲い込もうとして失敗したことを知っていて、注目はしても縛り付けなかったんだ」
目は離さず、自由にさせていたってことか。
「『あの人』は次々に自由な発想でホランド国の人々の暮らしを豊かにした。俺の先祖は悔しがったと思うよ。ホランド王国は北国だ。気候が厳しくて、小麦や野菜の生産も少なくて、当時は貧しい国だった。だけど『あの人』のおかげで土の改良が進んで、畜産業で力をつけたんだよ。そして今は工業国へと変わりつつある」
そんな経緯があったのか。
「我々王家の者は必ず『いなくなったあの人』の話を聞かされて育つんだ。領地や爵位や報酬に執着しない人を、そんな手段で縛りつけようとして逃げられた王様の話ってのをね。もう十年近く前に、子供だったマリアンヌと出会って、大笑いして楽しかったんだと母上に話をしたらね、母上に言われたよ。『あの人』に逃げられた王様みたいになるなってね」
「えっ。王妃様は私のことをご存知で?」
恐る恐る尋ねた私に、アレクサンドル様が笑って答える。
「もちろんだよ。俺も最近まで知らなかったことだけど、当時の母上は俺の護衛騎士たちからの報告書を楽しみにしていたらしい。君の発言は何度読んでもお茶を吹き出しそうになったそうだ」
「うわあ。騎士さんたちめ。盗み聞きですかっ!しかも王妃様に知らせるとはっ!」
「許してやってくれ。王族の護衛はそれも仕事だ。母上はマリー農場の焼き菓子のファンだよ。種飛ばしセットもお気に入りだ。たまに父上の運動不足解消のためだと言ってあれでお二人で遊んでいるよ」
な、なんだか情報が多すぎる。王様と王妃様が農場の焼き菓子を召し上がったり種飛ばしで遊んでいたりって、想像できないわ。
「父上も母上も、日照り対策で奔走したマリアンヌのことを大変に評価されているんだ。農場の孤児たちの件だって本来は王族がやらなければならない仕事だと何度もおっしゃっている。俺の人生最大の功績はたくさんの令嬢たちの中からマリアンヌを見つけたことと、お茶会を断られても領地に去られても諦めなかったことだ、なんて言ってるよ」
「うわあ。なんだか色々といたたまれないです」
アレクサンドル様が私の手をそっとご自分の手で包んだ。
「マリアンヌ。あの人の過去に自分を重ねて悩まないで。あの人はホランド国民として幸せに暮らしたんだ。しかも五人の子供と二十三人の孫に囲まれて人生を全うしている」
「やはり多産の家系だったんですね」
「今そこを気にするか!」
アレクサンドル様がたまらず、という感じに笑い出した。
「そうだね。間違いなく多産の家系だな。たくさんの子孫の中には優れた発明家もいた。それが二本の麦の穂さ。 マリアンヌ、俺とこの国で死が二人を分かつまで共に暮らしてほしい。俺の妻となってほしいんだ」
「アレクサンドル様……。ええ、お申し込みを喜んでお受けいたします。そして私とアレクサンドル様の子孫をこの国にバンバン増やしてやりましょう!」
両手を握り拳にしてそう答えると、王子は大きな口を開けて笑いだした。「さすがはマリアンヌだ」と。
「あれ?それほど変な答えでした?」
(やっぱり王族って、笑いの少ない生活をしているのかしらね)





