学園初日に人気者、だと思いたい
自分の教室に入り、書類に書かれていたのと同じ番号の机に座る。
書類の番号の隣の欄には名前も書いてあって、座席と照らし合わせれば顔と名前もすぐわかる。
合理的! 私、合理的なことが大好きよ。
長い机は三人分。私は真ん中。右がエース様。麗しい男の子。左がナタリー様。おっとりした女の子。
「初めまして。マリアンヌと申します。よろしくお願いします」
最初の笑顔は全力で! 笑顔は大切!
「エースだ」
「ナタリーです。よろしくお願いします」
ふむふむ。エース様は緊張してるのかな。ナタリー様は優しそう。
とりあえず付き合いづらそうな人たちじゃなくてよかった。
そうこうしているうちに講堂に集合と言われ、クラスごとに講堂に集まった。
ここからちょっと憂鬱。
私は新入生代表で挨拶しろって言われているんだもの。
転びませんように。
噛みませんように。
何度も深呼吸しながら胸の前で手を組んで祈っていたら、周囲の子達にクスクス笑われちゃった。変なやつと思われたかも。
緊張している間も式は順調に進む。
「次、新入生代表マリアンヌ・ド・ランドフーリア」
「はいっ!」
お行儀が悪くならない範囲だけど早足になってしまった。
壇上に立ち、昨晩あれこれ悩んで書いておいた挨拶文を読み上げた。
途中まで順調だった。なのに最後で失敗した。
「…と、胸に刻んで精進してまいりましゅ!」
締めで噛んだ。
シーンとしてるからバレなかったかと思ったけど…。シーンとした後にクスクス笑い。
うん、笑われるの知ってた。
チラッとお姉さまの方を見たら、赤い顔を背けられた。ごめんなさい。
お姉さまの後ろには今朝の黒髪王子がおなか押さえて盛大に笑ってた。笑い過ぎですよ殿下。
(いいのいいの、終わったことはもう過去だから)
割り切って教室に戻ったら、色んな人に声をかけられた。
「いやー、君が首席で入学した子なんだね。よろしくね」
「可愛いのに頭もいいんだね!」
「素敵な挨拶だけじゃなくて愛嬌があってよかったですわ!」
男女を問わずいろんな人たちが声をかけてくれたけど、全員が自己紹介するとき「私は〜でしゅ!」って言うのはそれ、冗談ですよね? イジメではありませんよね?
帰りの馬車は気まずかった。
お姉さまに「もう少し音読の練習をするべきだったわね」と注意されちゃった。
「はい。そうですね。でも音読をしていても緊張して噛んだ気がします」
そうお返事したら上品にため息をつかれた。
まあ、いいじゃない? 噛んだって、私が伝えたかった「みんな平等に学び遊び仲間を作りましょう」ってことは伝わったと思う。
いつもお母さまには「失敗を恐れて何もしないより、失敗をしても半歩でも前に出た方が人生が楽しい」って言われてる。
私もそう思う。
カタリナお姉さまはきっと、小さい時に失敗したときに、養育係や家庭教師にたくさん怒られたんだろうな。そう思うと、お姉さまのことを気の毒に思う。
家にはすぐに着いた。
気楽なワンピースドレスに着替え、明日の準備をしたら庭師のトムおじさんに会いに行くつもり。
トムおじさんは生垣の手入れをしてた。
「トム。ただいま!」
「お帰りなさいませマリアンヌお嬢さま」
トムおじさんは大きなハサミで綺麗なカーブを描くように生垣を刈り込んでいた。シャキンシャキンとハサミが動き細かに刻まれた枝葉が落ちていく。
植木の散髪みたいで、どれだけ眺めても飽きない。
「こうしてこまめに刈り込むことで枝葉が密になって美しい生垣になるのです。伸び放題にさせると伸び伸びして良いことのように思えますが、結局は枝元が日陰になって葉が付かず、見た目も悪けりゃ木の健康にも良くないんです」
「へええ」
こういう専門家の話はいつ聞いても面白い。
夢中になって話を聞いていたら屋敷の方からメイドさんが走ってきた。
「マリアンヌお嬢さま! お客様です」
「そう。ミーシャ? それともララ?」
「ダリル様です」
「それ、だれ?」
「……。とにかく急いでお戻りください! お着替えもなさらないと!」
メイドに腕を掴まれてグイグイ引っ張られ、家に戻った。「別に着替えなくても」と言っても聞いてもらえず、堅苦しいドレスに着替えさせられた。
おのれダリルとやら。何の用事だ!
髪にブラシをかけられ、来客用の部屋に連れて行かれた。
ダリルとやらがいた。朝の茶髪さんだった。
「いらっしゃいませダリルさま」
「やあ、急に来てすまない。ちょっと君に話があってね」
「はあ」
ダリルさんは私の家でくつろいだ感じに足を組んでお茶を飲んでる。
「今朝会ったアレクサンドル王子が君とおしゃべりしてみたいそうだよ。お茶会に招きたいそうだ」
ダリルが「どうだ嬉しかろう!」みたいな顔で告げたけど、それ、嬉しくないなぁ。
「それは行かないと罰を与えられますか?」
「はあ? なんで? 行きたくないの? 王子のお茶会だよ?」
「正直に答えても怒りませんか?」
ゴホンッ!
部屋の隅に控えていた執事のセバスチャンが盛大に咳をした。品が悪くてよ、セバスチャン。
「お嬢さま、おぐしが乱れておりますゆえ、整えられた方がよろしいかと。ダリル様、少々失礼致します」
セバスチャンが私の肩を静かに押して廊下へと向かわせる。静かだけど力が入り過ぎ。止まったらつんのめりそうな勢いなんだけど。
「お嬢さま、王族のお誘いを断ることは許されません」
「えー。王宮はマナーとかうるさいだろうし、私、失敗しそうだもの。王族に興味ないし」
「なりません! 必ずお誘いはお受けしてください。でないと…」
「でないと?」
「伯爵様と奥様に大変なご迷惑がかかります」
「えええー…。じゃあ、わかったわよ」
そう言われたらね。行きますよ王宮。ガバガバ飲んでやりますよお茶。
大好きなお父さまとお母さまのためなら頑張るわよ。
それにしても子供同士の付き合いなのに親に仕返しするとか、人として間違ってるんじゃないの? と思う。
不敬になるから言わないけどね!
ダリルさんに「お招きをお受けします」と返事をした。「喜んで」の言葉はうっかりした風に言わなかった。
私まだ子供なんで!
ついうっかりしたんです〜。
ダリルは「そうだろうそうだろう、嬉しかろう」みたいな顔して帰って行った。
お茶に誘われたことは、お仕事中のお父さまにもお付き合いで外出していたお母さまにも急ぎで知らせが送られたようで。
夕方以降、我が家は大騒ぎになった。
誘われてないお姉さまも一緒に行くことが大人のやりとりで決まったようで、お姉さまは緊張していた。
いやだなー。行きたくないなー。
絶対につまんないと思うの、王子のお茶会。
ミーシャやララとクッキー食べながらお茶する方が、絶対に楽しいって。





