王室対策 ・
アレクサンドル様へのご挨拶が終わり、試乗会を始めた。
我も我もと自動走行機に乗りたがるみんなが押し寄せて順番待ちになった。
あれほど私のことを心配していたお母さままで、危なげなく操縦してロータリーを回った。乗馬が上手い人は立ち乗りも上手いのだろうか。
護衛の騎士さんたちが心配そうに見守る中で、アレクサンドル様も乗った。いや、上手いなんてもんじゃなく、クネクネと蛇行させたりクルリッと逆向きになるまで半回転してみせたり。
運動神経がいい人はすごいわね! 悔しいような羨ましいような気持ちになる。
そのあとは我慢出来なくなった騎士さん達も乗り回していた。
途中、石炭を足してお湯も足して走行機は長い時間走ってた。何がすごいかと言うと、馬より速さでは劣るが休憩無しで走り続けられるのだ。
そんな騒ぎが落ち着き、家族とアレクサンドル様とで話し合うことになった。アレクサンドル様が「この機械について緊急に話し合いたい」とおっしゃったのだ。
応接室に我が家の家族四人とアレクサンドル様が集まった。我が家の方は(はて。何の話かな?)という感じだ。アレクサンドル様がいきなり本題から話を始めた。
「結論から言わせてもらう。自動走行機を商品化する際、出資者に私を加えて欲しい」
シーンとなる室内。
なぜ。我が家はお金ならある。下品で申し訳ないけど、有るものは有るから仕方ない。王族の出資なんて面倒以外の何物でもない。お姉さまに至っては露骨に眉間のシワが出来ている。
「僕は利益を期待しているのではない。利益なら王家の資産ではなくスワロー株式会社で十分に私個人が稼げている」
「ええっ!スワロー株式会社ってアレクサンドル様の会社だったのですかっ?」
お姉さま、声が大きいです。
「そうだ。貴家の郵便事業の見事な立ち上げと操業の様子を見て勉強させてもらった。そして隣国で石炭を使った工業生産が始まったと聞いた時は、会社を立ち上げるには絶好の機会と矢も盾もたまらず見学に行ったのだ」
そうだったのか。知らなかった。
「石炭を使った工場の様子を見て、間違いなく今後は石炭の時代が来ると思った。だからその場で石炭輸入の独占契約をしてきた」
へえええええ! おっとりした育ちの穏やかな人だと思ってたのに。アレクサンドル様、そんな鋭い商売の勘もお持ちでしたか。
「マリアンヌが領地での渇水対策で走り回っている時に自分がぼんやりと時間を過ごすわけにはいかぬ、と思ってだな…」
お姉さま、小さく口をポカンと開けて『ほほう、あなたがですか?』みたいな顔をするのはやめていただきたい。失礼すぎます。
「表向きは友人のダリルを会社の代表に立てて資本金は全て私が出してた。石炭配達の仕組みを作る際、ランドフーリア家の郵便事業にはずいぶん助けられた。それとマリアンヌ、ダリルはお前の言う茶髪さんだ」
あ、ああ、そうでしたそうでした。危ないわ。もう少しでお姉さまにダリルって誰? と聞くところでした。
それまで口を閉じていたお父様がそこでくちをはさんだ。
「それで、なぜ殿下が我が家の仕事に出資なさりたいのかお聞かせ願えますか」
「うむ。ハルベリー・トワイス嬢がこの走行機を知れば必ずや王家主導で生産させろと言ってくる」
はあああっ?
危うく声に出して叫んでしまいそうだった。お姉さまに至っては腰を浮かして立ち上がる寸前だ。
「ハルベリー嬢はまだ婚約者の立場ながら、王家の権限を強力にするための法案を準備していて、兄上もそれには乗り気なのだ。トワイス家が根回しをすれば権限強化の法案は高い確率で議会を通るだろう」
たしかに、それはそう。
「来年の婚姻の儀が済めば、ハルベリー王子妃は間違いなく政治に口を出してくる。この走行機の生産と販売を王家が半強制的に買い取るのを防ぐには、王位継承権二位の私が出資者にいた方が手を出しにくい。私から取り上げようとすれば、下手をすると王家の権力争いに発展するからな」
ほおおおお……。なるほど。王位継承権を握って生まれてきた人は流石にその辺の力関係に詳しいですね。
「殿下、返答まで少々お時間をいただいても?」
「無論だ。よく考えて、良い返事を貰いたい」
そう言ってアレクサンドル様は立ち上がった。
玄関までお見送りに出た私たちだったが、アレクサンドル様が「マリアンヌ、少々話がしたい」とのことで、私以外の家族は玄関で失礼した。
庭の東屋で腰を下ろしてしばらく無言のアレクサンドル様。緊張するのでなんとか言ってほしい。
そう思っていたら突然、アレクサンドル様が私を見て口を開いた。
「本当に美しくなった」
そう言いながらアレクサンドル様は私の髪を手に取り、優しいお顔で髪から私の顔へと視線を動かした。
近い近い。美形が近い。ここのところ四年間も井戸掘りのベテラン職人さんとか村長さんとか村のおばあちゃんとか子供達とかしか接してないから、美形に免疫がないのに。緊張しますから!
領地にも若い男はいたけど、みんな寸暇を惜しんで働いてるから私と話をしてる人なんていなかったのだ。あと、領主の娘だから距離を置かれていたし。
ドキドキしてるのがバレないようにちょっとゆっくり目に深呼吸していたら、頭の上の方から静かに語りかけられた。
「来年は成人だな。まだ俺と一緒に生きる気にはならないか? 俺は君がやりたいことは自由にさせるつもりだ。王家の干渉からも力の限り守る。兄上夫婦に子が生まれればすぐに公爵家当主となって領地運営に専念しよう。王宮からも距離を置く。マリアンヌ、どうかあなたの笑顔を一番近くで見られる栄誉を俺にくれないか」
立ち上がったアレクサンドル様が私の前で片膝をつき、私の目を見つめている。





