ハルベリー・トワイス ・
王都に帰還した私は今日、アカデミーで講演をしている。グリード様から招聘を受けてのことである。
「……ということで、王宮に報告されている災害については在野の研究者、民間伝承、地方に残る建物跡などを総合して判断する必要があります。今回は我が領における雨量の周期的な変動でしたが、歴史的な大雨、洪水、地崩れなども同様の方法で備えることが大切だと考えます。民たちの間に伝わる言い伝えの収集をおろそかになさいませんように」
十五歳の私の講演を聞いているのは、各領地を管理する領主やその代理人たちである。思い当たる所のある人たちは真剣にメモを取っていた。
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今回私を招いてくださったグリード様が褒めてくれた。
「やあ、立派な講演だったよ。皆、食いついていた」
「グリード様。少しでも人々のお役に立てれば幸いです」
「アレクサンドルが残念がっていたよ。弟は今、隣国のホランド国でね。あの国では最近、燃料として石炭を活用しているのだが、我が国でも取り入れることが肝要だと言って乗り込んで行ってるのさ」
「石炭の話は私も聞いております。我が国でも採掘出来るといいのですが。私はまずは炭作りを試してみようかと思っております」
「ほう、炭作りか。興味深い」
グリード第一王子は昨年、六大侯爵家のうちのひとつの家の令嬢と婚約して、来年には結婚、数年のうちには王位を継承する予定だ。「グリード様は知識派で、先見の明のある王族」として評判も高い。
グリードに丁寧におじぎをして別れた私が、カタリナお姉さまと二人で王宮の通路を歩いていると、角を曲がった所に女性たちの集団が控えていた。
「あら。お久しぶりね、マリアンヌさん。王都の水が合わなくて田舎にこもっていると聞いてましたのに」
「あら、私は井戸掘りに夢中になっていると聞きましたわよ」
「まあ。井戸掘り? うふふ」
目配せをしながらクスクス笑いをする令嬢たちにうんざりしながらも、私は笑みを崩さず(さて、どうしてこの場を退散するか)と考えた。カタリナお姉さまが彼女たちとぶつかる前にこの場を立ち去りたい。
そこへ、思わぬ人物が登場した。
「まあ、マリアンヌ。一度お会いしたく思っておりました。ハルベリー・トワイスでございます」
ハルベリー様は六つの侯爵家の中でも政治的経済的に最も力があると言われているトワイス侯爵家の長女であり、第一王子の婚約者だ。
クスクス笑いの集団は全員笑みを消して、ハルベリー様に頭を下げた。ハルベリー・トワイス様は彼女たちに鷹揚にうなずいてから私に話しかけてきた。
「何年もの間、アレクサンドル様からあなたの話をたくさん聞かされていましたの。一度お話がしたいと思っていました。領地でのお話をうかがっても?」
「はい。もちろんでございます」
私はそう言ってから微笑んだ。
「せっかくお声をかけていただいたのに申し訳ありませんが、このあとに予定が入っておりまして。井戸掘りの経験談はまた今度にさせてください。申し訳ございません。では失礼いたします」
今日はこのあとマリー牧場の子供たちと、まだ路上生活をしている子供たちのことを話し合う予定だ。
私にとってその予定は、ハルベリー様とのおしゃべりよりも大切だ。
私は丁寧に挨拶をして立ち去った。
「ぶっ。マリアンヌ、あなたもやるわね」
「えっ? なんのことですか?」
「あの令嬢たちは、あなたがハルベリー様のお誘いを断ったものだから、みんな悔しそうだったわ。みんな彼女と親しくなりたがっているのよ。そしてあなたの無邪気そうな笑顔、今度私も使わせてもらうわ」
「お誘いを断ったのは意地悪でしたわけじゃありませんよ。予定があるのは本当です。笑顔も特別な意味はありません」
私はは社交界の情報に疎くて知らなかったが、ハルベリー様は社交界で幾多のライバルたちを抑えて若い女性貴族の頂点に立ち続け、将来の王妃の立ち位置を掴んだ令嬢だそうだ。
ハルベリー様は、グリード様やアレクサンドル様から私の話を聞くたびに(会ってみたい)と思っていたのだろうと、お姉さまは言う。
ハルベリー様は一度断られたぐらいでは諦めなかった。
翌日、私はハルベリー様から呼び出された。グリード様の婚約者だからか、指定された場所は王城だ。これは断るわけにはいかないと、さすがの私も思った。
そして今、私とハルベリー様は彼女のために用意されている部屋で、お茶と菓子を前にしている。
「マリアンヌ様、わたくし、子を産むだけの人生ではなく、国の役に立つ存在でありたいのです。あなたはわたくしの目標であり憧れです」
「ええっ。そんな。私はそんなたいそうな者ではありませんわ。私など……」
「謙遜は美徳にはなりませんよ、マリアンヌ様。あなたが謙遜すれば後に続く者が歩きにくくなりますわ」
私は困惑していた。
(独身の貴族令嬢の頂点に立っているこの方は、なぜ私のような社交界に顔すら出さない人間をこんなに評価しているのだろう)
「あなたが領民たちのために奔走している間、わたくしは先ほどのような『ドレスと噂話と男性で頭をいっぱいにしている方たち』と戦っておりました。つけ込ませず、派閥争いに巻き込まれないように」
「あのような方々はハルベリー様の敵にはならないのでは?」
「なりますとも。あんな人たちが将来の貴族の親となるのです。数は力でもあります。このままではこの国はホランド国や周辺国に大きく遅れを取ります」
なんと返していいのか言葉を選んでいると、ハルベリー様は続けた。
「初めて投石器が使われた時、この卑怯者、剣を持て!と叫んだ国はあっという間に『卑怯者の国』にのみ込まれました。技術は国の血肉であり頭になります。これから先は技術と知識こそが国力になるのです」
なんだか、話の行き先が読める気がした。





