視察
翌朝、馬で領地の地形を視察に出た。
「お嬢様も馬に乗れるのですか?領主様と二人乗りになさいますか?」
「私は馬男爵の孫ですから、ちゃんと乗れますよ」
乗馬用の服に着替えたマリアンヌはちょっと自慢げだ。馬は三歳の頃から祖父の家に行くたびに鍛えられている。運動に関しては人並みのマリアンヌだが、乗馬だけは自信があるのだ。
前日の夜に地図を見て溜め池に適した場所を提案したが、実際に見てみないと話は進まない。朝一番でそれぞれのため池候補地の村長たちと馬で出発した。
ランドフーリア領は隣の領地との境に山脈こそあるが、基本的になだらかな丘陵地で、馬で出かければ気持ちの良い景色が続く。
丸一日近くかけて四箇所のため池候補地を見て回ることが出来た。
マリアンヌは候補地に着くたびに、地図に何やら細かく記入していたが、夜、父と二人で実地視察した感想を述べ合った。
「どこも谷間でため池にするのに都合が良い地形だったな」
「はい。谷の出口を埋め立てて塞げば少ない手間で水が溜まります。問題は既に牛飼いの方や小麦農家の方が住んでいる箇所が二ヶ所あることです」
「いや、二つしかなかったことに私は感謝している。引っ越してもらうにしても、不満を抱かせずに候補地に引っ越してもらえるかどうかだ。領主権限で無理なことをすれば次の代の領主まで恨まれる」
「それについては考えがございます」
「お前、昨夜もそう申してなかったか。いったいどれだけ案を持っているのだ」
もはや苦笑しかない父である。
「引越し先の土地を複数挙げて当人に選ばせましょう。引越し後に気に入らないことがあっても自分が選んだとなれば不満も減ります。
土地の広さに関しては状態が良い土地は今と同じ広さにし、状態が今より悪いと思われる場所の所なら今の五割り増しの広さに。それなら満足出来るかと」
「なるほど。それなら当人の今後のやる気も出るな」
「牛飼いの場合はいいのですが、畑農家の場合は畑を作り作物が育つまで収入がなくなりますから、次の収穫までのつなぎとして食料の援助をしましょう。金銭での支援は他の領民の妬みを誘うかもしれませんから」
しばらく提案を吟味していたデイビッドがため息をついた。
「うむ。それでいいだろう。全くお前と言う娘は。お前の方が私よりよほど領主に向いていると思えるな」
「多分、私は領主には向いてないです。何かを考えたり知識と知識を結びつけたりすることは得意ですが、やりたいことがありすぎて。お父さまが一日中机に向かって書類仕事をなさってるのを見るたびに自分には出来ないと思ってしまいます。
領主に向いているのはコツコツと努力を続けられるお姉さまのような方ですよ」
そう言うとモグモグとお茶請けのクッキーを食べ始めた。
「そんなふうに思っていたか。なるほどな」
「それでお父さま、測量士が間に合わないのであれば、用意して欲しいものがあります」
「ああ、急なことで測量士の手配がつかなかった。それで揉めるのではないかと案じていたよ。何を用意すればいい?」
「細い縄をなるべく多く。それと荷馬車を二台です」
「わかった。すぐに用意させよう」
マリアンヌは部屋から出て領地の屋敷の庭に出た。王都の屋敷の数倍はある庭は自然の景色を取り入れた造りで、多種多様な樹木が育っている。
(怒涛の一日だったわ)
と息を吐きながら夜の庭を歩く。馬に乗りっぱなしで身体が固まってギシギシ言うようだ。歩くのが気持ちよくてだいぶ屋敷から離れた場所まで来てしまった。青い満月のおかげで辺りは明るい。
「お嬢様?」
少し離れた場所から声がして作業着姿の少年が姿を現した。
「こんばんは。いつ見ても美しい庭だと見とれていました」
「ありがとうございます。俺、いえ、私は庭師のレイモンドです。
お嬢様、夜にお一人で歩かれる時はお声がけしてください。もしお庭でお怪我をしても誰にも声が届きません」
「ありがとう。今後はそうします。馬に乗ったら身体が固まってしまったので散歩をしようと思ったの。少しだけ散歩してもいいかしら」
「お供いたします」
「レイモンドは何歳からここに?あと、話し方は楽にして。私もそうするから」
「助かります。きちんとした話し方は苦手で。俺は六歳の時に親方に拾われてそれから八年間働かせてもらってます」
「拾われて…」
「はい。両親が流行り病で次々死んでしまって。腹が空いて食べ物を探して山をフラフラしてたら見かねた親方がこちらに連れてきてくれました」
「そうだったの」
「お嬢様は王都で孤児たちを集めて育てていると聞きました。俺、ここの領民で良かったと思ってます。他の領地では死んでいく孤児が多いってのに。俺に出来ることなら何でもやります。どんどん言いつけて下さい!」
大きな広葉樹の下まで来て立ち止まり話を聞いていたマリアンヌが明るい顔でレイモンドに尋ねた。
「頼みたいこと、あるわ。ねえレイモンド、あなた小刀を使う作業は上手?作って欲しいものがあるの」





