領地へ ・
「どういうことだ!なぜ勉学の途中なのにマリアンヌが領地へ行くことになった?」
アレクサンドルが慌てていた。マリアンヌが父の伯爵と共に領地へと昨夜出発したこと、学園には休学届が出されたと、ついさっき聞かされたのだ。
「アレックス、落ち着け。彼女なら学園で学ぶべきことはとっくに一人で終えてるさ」
学友のダリルが王子をなだめる。
「休学って、いったいいつまで領地にいるつもりだろう。俺は何も聞いてない」
「それなんだが、どうやら今年のランドフーリア領の小麦の収穫が思わしくなかったらしい。マリアンヌ嬢が『自分の所の領地はもともと雨が少ないが、雨量の少なすぎる数年間が定期的に来る』と気にしてたな。何か根本的な手を打つつもりなのかも」
「それはいつの話だ。いつお前とマリアンヌがそんな話をした?」
アレクサンドルに詰め寄られて、ダリルが慌てた。
「おいおい、アレックス。そんな狭量な男は嫌われるぞ? 俺はたまたま学園で本や資料を抱えてヨロヨロ歩いているマリアンヌを見かけたから、荷物を持ってやっただけさ。その時に聞いたんだよ。俺はいまだに名前も覚えられてないよ。茶髪さんて言われたからな」
「根本的な対策って何をするつもりだ…」
ダリルの話は聞いてないアレクサンドルだった。
□ □ □ □
その前夜のランドフーリア家では、父のデイビッド伯爵とマリアンヌが話し合っていた。
「マリアンヌ、お前の言う通りだとしたら、雨の少な過ぎる年は今年から短くても五年、長ければ十年は続く。それなら一刻も早く対策を始めねばならん。領民が飢える前にだ」
「ええ、お父さま。やはりため池が一番かと思います。小麦の生育期に川が干上がるのなら、それまでにため池を作って水を確保するのが確実だと思います。まずはため池をどこにするか、地形を実際に見てみないと。お父さま、どうか、私を領地に行かせててください」
「学園はどうする?」
「えーと、今まで黙ってましたが、実は学園で学ぶべき内容でしたら今の学園の分も高等学園の分もとっくに終えております」
「ええっ」
父デイビッドは、自分が娘を誤解していたことにやっと気づいた。我が娘はとても優秀だと思っていたが、本当は「途方もなく優秀」だった。
「私も同行しよう」
その夜のうちに手回り品だけを持ってマリアンヌと父は旅立った。冬が来て地面が固く凍る前にやるべきことが山積みなのだ。
□ □ □ □ □
「ため池、ですか?」
村長が驚いている。領主の伯爵様が急遽領地に戻って来て、村々の長を集め、数カ所にため池を作ると言う。
「領主様、今年は確かに雨が少なくて小麦の収穫量は今ひとつでしたが、来年はいつも通りかもしれません。ため池まで作る必要はありましょうか」
そこでマリアンヌが口を開いた。
「過去の歴史を歴史学者の記録と民間の言い伝え、古い領主の記録、王宮に残されている記録を頼りに調べたところ、我がランドフーリア領は六十年周期で酷い日照りに数年間に渡って襲われるのです。本来なら東から雨雲が来るはずの時期に風が南風に取って代わられ、山を乗り越えて領地に届く時には雨は山の向こう側に降った後で、乾いた熱い空気だけが届くのです」
一気に説明されて、村長が戸惑う。
「六十年周期とは。しかし、本当にその周期が来るのでしょうか。そしてそれなりの大きさのため池を四箇所も作るとなれば、相当の大工事となります。恐れながら、工事にかかる費用はどうなさいますか」
「資金なら心配はいらない。我がランドフーリア家は郵便事業で潤っている。そして幸い今は農閑期だ。領民たちに総出で工事に参加してもらえれば、私が賃金を出す。人数が足りなければ他領からも人を集めよう」
「それは。さすがは領主様だ」
村長たちが皆感心していると、伯爵が苦笑する。
「残念だがこれを思いついたのは私ではない。郵便事業を思いついて計画を立てたのも、六十年周期で旱魃が来ることを調べたのもこの子なんだよ」
そう言ってマリアンヌの肩に手を置いた。
「なんと!」
村長たちがどよめいた。
だが、村長の一人、総代表だけは(なるほど、そういうことか)と納得していた。
ソバの実を代表で受け取り、村々に配ったあの村長である。
「みんな、驚くのは無理もないが、我々が今年育てたソバを勧めてくださったのは、こちらのマリアンヌ様だ。その上、領主様が補助金を出して下さり鶏を各家で飼うように助言してくださったのも、マリアンヌ様のご発案だ」
もはや皆が絶句である。
「領主様の次女はとても優秀らしい」という噂は領地の隅々まで届いていたがここまでとはと、皆が絶句している。
「ため池の場所はどこにいたしましょうか。万一そこに家や畑があった場合について話を詰めなければなりませんな」
「それについても私に案があります」
マリアンヌがそう言って一枚の大きな地図をテーブル上に広げた。
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