ソバ粉パーティー ・
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ソバの種まきから三ヶ月が過ぎた。早くもソバの実を収穫する時期だ。
庭師のトムは初めて栽培したソバの収穫量の多さに驚いていた。
「これはすごい。これだけ収穫出来るなら必ず領民たちの役に立ちますよ!」
「そうだよマリアンヌ様。それにソバの茎や葉は鶏の餌にもなります」
トムの言葉を受けて、ソバの栽培に興味を持っていたマリー牧場のカールが嬉しそうに言う。カールは十一歳で、植物全般に関心がある子だ。最近ではトムの仕事を少しずつ学んでいる。
私は思わず鼻息荒く宣言した。
「これはそろそろ料理長の出番ね」
屋敷の台所では採れたて挽きたてのソバ粉と私が本で知って書き出したソバ粉レシピを見比べながら、料理長のサムが材料を揃えていた。
「お嬢様、せっかくですから料理を作るところから、試食会のお客様に見てもらうのはいかがでしょうか」
「それがいいわね! そうしましょう」
ソバ粉料理のお披露目と試食会の当日、朝早くから石で組んだかまどが農場の一角にこしらえられる。マリー牧場の子供たちも興味津々だ。
会場にはお父さまとお母さま、その友人の貴族たちの他に第二王子、カタリナお姉さま、それとソバの産地国からの留学生の男子も参加した。アレクサンドル様のご友人だそうだ。
今日は外での試食会なのであちこちに丸テーブルと椅子が置かれる形式だ。
ランドフーリア家の領地の村々からは村長たちが参加している。村長たちは庭師のトムさんと栽培方法について意見を交わしている様子。
留学生の男子はアレクサンドル様やカタリナお姉さまと同学年でカエサルと自己紹介してくれた。隣国の伯爵家の三男だそうだ。
マリー牧場の子供たちも一番良い服を着て、料理人が準備するのを手伝っている。
「さあ、それでは作りますか」
料理長サムの掛け声でソバ粉を使った料理が始まった。粉をこねて団子が作られて次々と茹でられ、浮いてきたら鶏肉と野菜を入れたスープに投げ込まれる。
別の調理台ではソバ粉に小麦粉を少し加えた生地を、薄く丸く焼かれている。その上にハム、チーズを載せてパタンパタンと四方から折りたたむ。
また別の調理台では、皮を剝いた粒のまま蒸された、炒めたニンニクと玉ねぎの他にチーズ、ベーコン、スープと一緒にリゾット風に煮込まれている。
見ていたカエサルさまが「懐かしい料理ばかりだ」と嬉しそうに言う。
私が「全部ホランド国の書物で調べた料理です」と言うと驚いている。
「ほう。ホランドの本はこちらで翻訳されているのですか」
「いえ、その、翻訳は……されていません」
自慢をしていると思われるのが心配で私が口ごもると、カタリナお姉様が急に自慢げなお顔になって説明を始めた。
「マリアンヌはホランド語の本を読めるのです。レシピを翻訳して書きだしてくれたのですよ」
カエサル様が目を丸くして、ホランド語で私に話しかけてきた。
『可愛いお嬢さん、君は誰にホランド語を習ったの?』
『全て独学です。発音は辞書を読んだだけなので不正確だと思います』
カエサルは私がホランド語で返事をすると破顔した。
「素晴らしいよ! 発音も十分に上手だ」
「安心しました。ソバ料理もお口に合うと良いのですが」
「楽しみだ。僕の家のソバ粉料理も一度食べてもらいたいな。とても美味しいんだ」
「ありがとうございます。いつか本場のソバ粉料理を食べてみたいです」
お客様たちはテーブルいっぱいに並べられた料理を楽しんで、ソバ粉パーティーは盛り上がっている。
村長たちは料理長のサムにレシピを尋ね、用意されたメモを渡されて喜んでいる。
「これを村のみんなにも広めねば。みんな喜ぶぞ」
一人の村長が全部を味わいながら張り切っていた。
薄く焼いてたたんだ料理は塩気の効いた具なら食事にもなるし、蜂蜜をかけたチーズ包みはデザートにもなる。招かれた貴族たちにも好評のようだ。
粒のまま煮たリゾットはプチプチ弾ける食感が楽しい。団子にしたものは味が染み込んで豊かな味だ。
「アレクサンドル様、楽しんでらっしゃいますか?」
「ああ、カタリナ。どれも美味いな。王宮の料理にも取り入れてもらおうと思う」
「是非お願いいたします。日照りに強く栽培期間も短く、我が領地ではマリアンヌがソバの栽培を勧めているのです」
「そうか。マリアンヌは頑張っているんだね」
アレクサンドル様はそうおっしゃって私を見る。私はカエサル様と折り畳んだチーズ入りの料理を食べながら会話をしていたけれど、すぐ近くにいたからお姉さまとの会話も視線も気づいてしまってちょっと恥ずかしい。
私は農場の子供たちの旺盛な食べっぷりに嬉しくなって微笑んでしまう。そういうとき、私は彼らのお姉さん役が身についているように見える、とカタリナお姉さまやトム、お母様によく言われる。
「また珍しい穀物を手に入れたら届けよう」
「きっと妹が喜びます。ありがとうございます」
カタリナお姉様とアレクサンドル様が、私とカエサルを見ている。濃い茶色の髪と瞳のカエサルは、リゾットを食べてうなずいている。美味しいらしい。私もひと口食べて美味しさに微笑んだ。
それを眺めるアレクサンドル様の端正な横顔が少し寂しそうだったと、アレクサンドル様がお帰りになってから、カタリナお姉さまが私に話してくれた。寂しそうとはどういうことだろう。私とご友人が仲良くしていたことが気に入らなかったのだろうか。そんなことないわよね。
◇
初秋の風がみんなを優しく撫でて通り過ぎる。
帰りの馬車の中、満腹になってくつろいだ空気の中、カエサルの声が明るい。
「殿下、マリアンヌ嬢はすごいですね。孤児たちの食事を改善するところから始めて、あの農場を立ち上げたと聞きました。独学でホランド語も習得しているし、素晴らしく優秀だ」
「ああ、彼女は優秀だよ。この国の郵便事業を考えたのもマリアンヌだ。カタリナ嬢と二人で構想を練って父親が運営しているんだ」
「えっ。まさか。そんな大事業をあの年齢で?」
アレクサンドルが「すごいだろ?」と自慢しそうな表情だ。
「本当だよ。今は鶏の品種改良に取り組んでいる」
「まさに天才ですね、そんな天才を初めて見ました。我が国の伝説の天才みたいになるのかな」
アレクサンドルは王族らしい上品な微笑みを浮かべて、カエサルの国の伝説の天才の偉業について聞いている。
しかし心の中ではザラザラした感情を扱いかねていた。
留学生が何気なく発した「初めて見た」と言う言葉で先日のマリアンヌの「私は出来損ないです」を思い出したのだ。
(初めて見る、か)
悪意があるわけではないけれど、なんとなくマリアンヌには聞かせたくない言葉だなと、王子は窓の外を眺めながら胸でつぶやいた。





