手紙を出そう! ・
読んでくださってありがとうございます。
週に一度マリアンヌは農場の寮で夕食をみんなと一緒に食べている。
絵本の読み聞かせはいつでも大人気だ。
今日は絵本を読み終わった後で、子供たちに思いついて温めていた提案をした。
「あなたたち、お手紙を出してみない?」
「お手紙?出したことがない!」
「僕もない!」
「私もない!」
「お手紙を書いて、知っている人に宛てて手紙を出してみましょうよ。庭師のトムさんでもいいし、カタリナお姉さまでもいいわ。フローレンスお母さまでもいいのよ?」
「料理長のサムさんでもいい?」
サムに料理の手ほどきを受けている少年は目を輝かせている。
「もちろんよ!お手紙を書いてこの箱に入れてくれたら、私が明日届けます。書くことは何でもいいの。お礼とか、頑張りたいこととか。昨日喧嘩した話とかね!」
この寮の子供たちは五歳以上なら皆、マリアンヌたちの指導で読み書きができる。自分の名前から始めて十五歳までには日常生活に困らない所まで読み書きを身につけるのがこの寮のルールだった。
封筒も便箋も初めて触れる子供たちは、それらを宝物のように触っている。
そのあと、それぞれが熱心に書いていた。
孤児である彼らには手紙を出す機会も受け取る機会も無いことに気づいたマリアンヌの思いつきだったが、これはとても楽しい経験になったようだ。
翌日の朝、手紙を受け取って読んだカタリナお姉さまが静かに大量の涙を流してマリアンヌを固まらせた。
「え。どうしました?」
「わ、わたくし、こんなに胸を、打たれた、お、お手紙、貰ったことが、ヒック、ヒック」
そのあとは手紙を抱きしめて号泣である。差出人は帳簿付けを教わっている子だ。
達観者をも号泣させる子供の手紙、最強である。
母はハンカチを目に当てながら読んでいた。
庭師のトムさん、料理長のサムさんはたどたどしく書かれた自分の名前と封筒の裏に書かれた差出人の子供の名前を見ただけで目を潤ませた。
マリアンヌは気を利かせてさっさと離れたが、背後から鼻をすする音はしっかりと聞こえた。
大人たちからの返信は、一週間後に届けた。
ワクワクそわそわの子供達に手紙を届けるマリアンヌも幸せな気持ちでいっぱいだ。
次からは十五歳になって農場から自立していった先輩たちや農場を出て屋敷や他家で働く先輩にも出すことになった。
手紙を出したり手紙をもらう楽しさは月に一度のお楽しみとして農場の子供たちに人気のイベントとなった。
実社会では手紙は個人から個人へ使用人が届けたり、定期的に行き来する商人に個人が手間賃を払って頼んでいるのが現状だが、これはマリアンヌに新しいシステムを思い付かせた。
郵便配達事業である。
このところ商売の世界のドアを開けてどっぷりとその世界に身を置いているカタリナは、マリアンヌに相談されると目を輝かせるようになった。
「それは絶対に上手くいくわ!人の役に立ちますし!」
そう言って熱くなり、連日遅くまでアイデアを出し合うこととなった。
手紙を集めて配達する人手を確保することと要所要所に集配所を設置する必要があるため、父に相談した。
「手紙の内容によっては紛失や破損で弁償が必要になる。それにおそらくこの先、この仕事はたくさんの大人を動かす事になりそうだ」
そう言って父が代表となり、初期投資を担ってもらった。
「ランドフーリア郵便会社」の発足である。
最初は王都の中だけで行われた事業だが、その便利さに需要が膨らみ、王都の周囲へと集配の仕組みが広がるのはあっという間だった。
どの田舎町にもある警備隊の詰所の隣、またはすぐ近くに小さな建物を構えたのが成功の秘訣だった。
警備隊詰所は町の住民なら知らない者はおらず、その隣は安心感があった。新規の事業なのに安心感があるから利用者も早々に増えた。伯爵家の肩書きも安心材料だ。
郵便集配所のコバルトブルーの小さな建物は郵便といえばあの青い色、と人々の意識に刷り込まれた。
他の貴族や商人が真似を始める前に一気に組織化し、利用者の信用を得たランドフーリア郵便会社は他者の追随を許さず、一人勝ちした。
参入を狙う他の貴族はこの会社の傘下に入るしかなかった。
他の会社が乱立して混乱が起きないよう、一気に展開を進めるほうがいいと考えたマリアンヌとカタリナは役員に身を置き、その後若くして多額の個人資産を手に入れた。
ランドフーリア家はこの事業で莫大な収益を上げるようになり、事業は拡大を続け、やがては国を越えた手紙のやり取りも行われるようになるのは数年後だ。
「会社を作るのは最っ高に楽しいわね!」
カタリナお姉さまはもうひとつ新しい世界の扉を開けたようだった。





