薔薇と野うさぎ ・
そよそよと風の吹く昼休み。
アレクサンドル第二王子は学園の屋上でマリアンヌに叱られていた。
「第一王子のお茶会って!」
「すまぬ。非公式だからたいしたことはない」
王子の返答は若干食い気味である。
「今度は第一王子の取り巻きの方々から悪役令嬢呼ばわりされますよ」
「申し訳ない。俺も参加するから」
「もっと皆が賛成するような、侯爵家の令嬢でも呼べばいいのに!」
「そのとおりだな」
ひたすら謝るアレクサンドルに、マリアンヌはまだ腹を立てている。
「やっと悪役令嬢呼ばわりもおさまってきたところですのに。なんでこうなりましたか!」
「その、俺が張り切って勉強などしていたら、兄上がやる気の原因となったお前に会ってみたいと」
「はあぁぁぁ。珍しい動物を見てみたい、そんな感じですよね。グリード王子様の興味は一瞬で終わるのに、私が陰口を言われるのは年単位です」
「返す言葉もない」
マリアンヌはぶんむくれである。もはや第二王子の前で取り繕う気もない。
頭ひとつ低い少女に叱られて王子がひたすら許しを乞うている。
「お姉さまと一緒でもいいですか?」
「いいのか?また茶会の参加を横取りかと言われるぞ?」
「それはもう聞き流します。お姉さまならどんな方を前にしても会話を滞りなくこなせますから」
「それはそれで本来の客ではないカタリナ嬢が気の毒な気もするが、嫌がられないか?」
少し考えてマリアンヌがひとつうなずいた。
「お姉さまには私からお礼をいたしますから。最近、割と仲良くなりつつありますし。お姉さまが好きそうだけど買う勇気が出ない恋愛小説を見つけるの、私は得意なのです。そもそもですね、普段からアレクサンドル様がもっと頑張っていればよかったのです。そうしたらちょっと勉強したくらいでこんなことにはならないのに」
「全くだな。反省する」
という経緯があって、カタリナとマリアンヌ姉妹は王宮でお茶会に参加していた。
さすがカタリナは筋金入りの淑女。
盛り上がらないお茶会もそつなく対応していた。自分が頑張らねば妹が何を言い出すか分からないから頑張っている。
一杯目のお茶を飲んでいる途中でアレクサンドルが唐突にマリアンヌに話しかけた。
「マリアンヌ、お前は王宮のバラ園が見たいと申していたな。今から連れていってやろう」
アレクサンドルらしくもなく、かなり上から目線の発言をしてから立ち上がった。
「まあ!嬉しゅうございます。王宮のバラ園は憧れの場所にございます」
マリアンヌもいつになく殊勝に応じる。
「いやいや、待て!」
グリード第一王子が止めたが、アレクサンドルがグイグイとマリアンヌの手を引いて部屋を出て行った。素早く追いかける担当護衛騎士たち。
残される姉は穏やかな笑みを浮かべてもはや悟りの境地である。
「グリード様、せっかくの美味しいお茶が冷めてしまいます。妹のことは、どうぞ気ままな野うさぎが跳ねていったとでも思ってくださいませ」
「ふぅぅ。そうだな。元気な野うさぎをかまって息抜きしようかと思ったが、逃げ足が存外速かった」
美しい所作で静かにお茶を飲む二人。
長男と長女である二人は語らずとも互いに通じるところがあった。
バラ園に着いてやっと会心の笑みを浮かべるマリアンヌ。してやったりと明るく笑うアレクサンドル。
「どうだ? 打ち合わせどおりに上手くやっただろう?」
「まあまあです。それにしても流石は王宮のバラ園ですね」
「気に入ったか?」
「はい!とても!」
いつも自分に不機嫌そうな顔を向けているマリアンヌが、花が開くように笑って見上げてくる。
アレクサンドル王子の胸がギュッと締め付けられた。ギュッ、の理由は自分でわかっている。
「どのバラでも好きなだけ切らせよう」
「ありがとうございます!」
庭師が呼ばれ、マリアンヌに好みを尋ねながら王子が指示して次々とバラが切られて大きな花束になっていく。
マリアンヌは王宮でしか栽培されていないコバルトブルーのバラがとても気に入った。
「棘を取ってから渡そう」
「お心遣い感謝します。それと、あの、アレクサンドルさま、先ほどは連れ出してくれてありがとうございます」
「どうした?今日はずいぶん殊勝だな。まあ、兄上のことなら任せておけ。今日は断りきれなかったが、今後は俺がなんとかする。安心するといい」
アレクサンドルはちょっと鼻が高くなっている。そして耳が赤くなっている。
マリアンヌは嬉しかった。
物心がついた時から頭の回転の速い彼女は、周りの考えを読み取れるが故に反論できなくなることが多かった。
自分や母に冷たかった頃の姉に対してもそうだった。
両親に可愛がられる自分のことを、素直に甘えられない姉がどう見ているかも知っていた。知っていたから冷たくされても黙っていた。
カタリナの言動に傷つくことがなかったわけではないが、姉の心情を考えれば何を言われても(まあそれも仕方ないか)と諦めていたのだ。
諦めていると誰かに庇われることがない。
だからこんなふうに同世代の他人に庇って貰ったのはとても嬉しかった。
「アレクサンドル様、今度私の農場を見にいらっしゃいませんか? 街の子供達が鶏や山羊の世話をしています。リーダーはアレクサンドル様と同じくらいの年の男の子ですが、とてもしっかりしているんですよ」
「そのリーダーとやらはどこの家の者だ?」
「平民ですよ。自宅は朽ちかけてる空き家を転々としてると聞いたので、農場に寮を建てて住んでもらっています」
「えっ。孤児か?そのような者を入れて伯爵に叱られないのか?」
マリアンヌが自慢げににっこりと微笑んだ。
「お父さまはそんな肝の小さい男ではありませんよ。初期投資だと言っていろいろと費用を出してくださいました。お母さまなんて、私以上に彼らに関わっています」
「それはまた…。今度、農場を見に行く。楽しみにしている」
「ぜひ! 薔薇のお礼に採れたて卵をゆでて差し上げます!」
「ゆで卵? そうか。それは楽しみだな。お前の家に行くのは久しぶりだな」
王子はもう一度(ゆで卵?)と思ったが、マリアンヌが自慢げだったのでご機嫌を損ねないよう黙っていた。
今回の会話もいつも通り護衛騎士から王妃への報告書として素早く届けられた。
美しい姿勢でお茶を片手に報告書を読んでいた王妃が、ゆで卵のくだりで盛大に吹いてドレスを汚す無作法をやらかしたが、それは女官長だけの秘密である。
ちなみにグリード第一王子はこの日、後はマリアンヌに手出し無用」と王妃に釘を刺された。
「あなたまでしつこくしたら下手するとあの娘は国外に逃げるかもしれないわ。それは国の損失になりかねません」





