アントニオの報告書 ・
王からアレクサンドルの様子を聞いた王妃は、息子にやる気を出させたマリアンヌに興味を持った。
彼女はすぐに諜報部の長官を呼び出し、マリアンヌの素行調査を命じた。
長官は期待している若手に任務を与えた。
「マリアンヌ・ド・ランドフーリア嬢の素行調査を頼む」
諜報部員アントニオは徹底した仕事ぶりで着々と評価を上げてきた男である。指令を受けたその足で彼女の通う学園に向かった。
そこからはひたすら彼女に張り付き情報を集めた。五日も過ぎる頃には、彼は六歳の少女の頭脳と行動力が普通ではないことに気づいた。
金色の髪の少女は目立つ髪をスカーフに隠し、貧民街を執事らしい男と歩き回っていた。
孤児を見かけると駆け寄り、何やら交渉を繰り返している。
アントニオは商売人を装って彼女が接触した孤児たちに近づいた。小遣い稼ぎの荷運び、手紙の配達などを頼んで報酬を支払ってから、マリアンヌに何を頼まれたのか聞き出して記録したのである。
伯爵家に出入りする食材納入業者にも入り込み、マリアンヌの噂を引き出した。
どうやら対象の少女は「鶏の実用性を調べる研究」とやらのために孤児たちを雇い、孤児の経済的職業的自立を目論んでいるようだった。
ひと月も経つ頃には、孤児たちは肉付きがよくなってきた。
青黒くくすんでいた肌も健康的な色となり、艶々してきている。
少女は産まれた卵の数を記録させ、孤児たちが文字を書けないと知ると文字や計算を教えていた。
孤児たちは市場で野菜屑とトウモロコシ屑を安い値段で買い集め、その代金を屋敷の者に請求する仕組みらしい。そのために足し算引き算を身につけ始めている。
メイドたちはマリアンヌの賢さ、優しさを我がことのように自慢して話してくれた。
マリアンヌは、「計算ができて文字の読み書きができれば、悪い大人に騙されなくて済むわよ」と孤児たちに告げて勉強するよう仕向けたらしい。
賃金についても、孤児に持ち慣れない金を与えて大丈夫なのかと思っていたが、ガラス瓶と鍵を与えて貯める楽しさを教えていた。
貴族令嬢の社会奉仕といえば教会への寄付、炊き出しへの金銭支援、チャリティー名目のパーティーだと思っていたが。
「天才って、こういう子供のことか?」
そこそこ優秀と自認していたアントニオだったが、自分は六歳の時にどんなだったか思い出した。
自分は弟と二人で木登りに夢中になっていた。そんな自分をそこそこ優秀と思っていた自分が恥ずかしい。
台所担当のメイドたちによると、マリアンヌはこんなことを言ったらしい。
「将来子供を育てる時は、成長期に肉・魚・卵・チーズが身体を作るのに有効よ。大柄な騎士とそうではない平民をそれぞれ五十人ずつ選んで、食生活を調べてまとめてみたの」
マリアンヌは学園の成績は全教科トップ。暇さえあれば自然科学の本を開いているらしい。
「他の貴族令嬢とはあまりに頭が違いすぎる」
それがアントニオの感想だった。
王妃に提出された報告書にはそれらの情報が事細かに書かれていた。
報告書を読んだ王妃エカテリーナは王に「この娘はアレクサンドルの手の中に収まるかどうか。とにかくあの娘は国外の貴族などに取られないようにしないと」と訴えたのである。
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孤児たちのリーダーは責任感の強い少年だった。
「お嬢、最近俺たちに根掘り葉掘りお嬢のことを聞いてくる変な奴がいるんだよ」
「あら。怪しいわね。うまい話を持ちかけられても付いていってはダメよ?気をつけてね」
「あはは。お嬢の鶏小屋以上にうまい話なんてないって」
「そう?これはうまい話かしら。これ、私が大人になって領地を経営するようになった時のための練習なの。一番おいしい思いをしているのは私なのよ」
そう言ってマリアンヌは孤児たちと一緒になってサンドイッチを頬張った。
孤児たちのリーダー格の男の子が真面目な顔で話しかけてきた。
「お嬢、いつかお嬢が領地経営をする日が来たら俺たちに声をかけてくれよ。必ず駆けつけてお嬢のために働きたい。俺たち、いつ死ぬかわからない暮らしだったし、いつ悪い奴らに捕まって売り飛ばされてたかもしれなかったんだ」
「あら、そんな危ない暮らしだったのね?」
「特に可愛い顔の女の子たちは危なかったんだ。今はみんな腹を空かせることもないし金もだいぶ貯まった。俺たちは助けてもらったお嬢のために恩返しするつもりだ」
男の子は胸を張る。
「あら、大げさね。こんなことくらいで。私に感謝してくれるのなら、いつの日かでいいから同じ境遇の子供達を助けてあげて」
「ああ。なるほど。そうだな、わかった」
この日から十数年後、リーダーの男の子は使用人を何人も使う規模の輸送業者となっていた。
仕事先の街で孤児を見かけると必ず声をかけ、腹を空かせていれば食べ物を与え、本人が望めば雇い入れた。
雇い入れた孤児が成長すると、「今度はお前が孤児たちに手を差し伸べてやってくれ」と笑って告げたと言う。
「俺も子供の頃にマリー農場の小さなお嬢さんに救ってもらったんだ」と。
 





