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06 逆襲の後味

前回までのあらすじ

クロニアの力を使い竜を退け、リーアを助けたベルナ。

その際、ハイドには二度とリーアに関わらないよういい含めてしまう。

その後、彼らは王都に戻ったようだったが……





『ねえ、今日も何もしないの?』


 あの日以降、僕の視界の中には常に漆黒の衣装を纏った少女――クロニアが見えるようになった。消えろと言っても消えてくれないし、おまけに他の誰にも見えていないらしい。


 宿屋のベッドに腰掛けたり、つまらなそうに窓の外を見たり、初めのうちは可愛かったが、風呂場でも消えてくれないし夜中でも平気で話しかけてくるものだから、段々と鬱陶しくなり始めている。

「うるさいな。何しろっていうんだよ、俺に」


 おまけにクロニアは俺の脳内に直接話しかけてくるくせに、俺のほうじゃ声を出さないといけないらしい。だから外でやると完全に異常な目を向けられるのが理不尽だった。


『せっかく私の力を貸してあげてるのに。今のあなたは何でもできるのよ? 試してみたでしょう? 王様だって殺せるわ』


「べつに国王になんてなりたくない。だいたい、国王になったって正体がベルナ・ロンドだってバレちゃいけないんだろ。何の意味もないじゃないか。一生仮面をかぶったまま統治するのかよ」


『つまんないの』


 クロニアはずっとこの調子だった。宿屋でずっとダラダラしているだけの俺に向けて、何かやらないのかとしきりに聞いてくる。でもはっきり言って、俺の答えはノーだった。


 今でもはっきり思い出せる。あの夜、リーアを竜から助けるためにクロニアの力を使ったこと。


 その時の感覚、本当に最高だった。まさに神にでもなったような全能感。跳びたいと思えばそうできたし、剣が欲しいと思えばそれは現れた。竜の頭をぶったぎった時、胸の底からぞくぞくとしたものが止めどなく溢れ出てきた。


――でも、俺はやりすぎた。やりすぎてしまったんだ。

 ただ俺自身の好き嫌いのためにハイドをリーアから引き剥がした。


 そう、あの後の奴は酷いものだった……その姿が余計に俺を苦々しい気分にさせた。


「う、うわああああああ! よるな、よるなぁあああ!」


 目を覚ましたリーアがハイドに駆け寄った時、奴は半狂乱になって暴れたらしい。なんとかリーアの魔法で落ち着かせはしたが、元には戻らなかった。王都に戻る道中も、ハイドはずっとぶつぶつうわ言をつぶやき続け、リーアとは目を合わせようとしなかった。

 最悪なのは眠ったときで、ハイドが悪夢にうなされている間、リーアはつきっきりで鎮静魔法をかけてやらないといけなかった。そうしないと眠ったまま自分の体をかきむしるせいだ。


 原因はもちろん俺と奴以外にはわかるはずがない。やぶ医者は、竜の呪いかもしれないと適当に診断してさじを投げた。


 そしてここ最近は、朝から酒場に入り浸っているらしい。惨めなものだ。あれじゃもう、二度と認可勇者として活動することはできないだろう。


 リーアが世話をしようとするとまた半狂乱になるものだから、今では彼女も距離をおいている。


 ざまあみろ、と思ったのは一瞬だけだ。


 たしかに奴はどうしようもないクズだった。リーアを見殺しにしようとした。それは許せない。


 だが、あそこまで苦しむ必要があったのか?


 俺にはわからない。わからないが、確かなことは、それをしたのは俺だってことだ。今もベッドに寝転がってくつろぐクロニアの力を借りて。


 おまけに、この俺の苦しみは誰にも知らせることができない。クロニアとの契約。彼女の力を使う時、その正体がベルナ・ロンドであると知られてはいけない。


 だから俺は、リーアを救ったにもかかわらずそれを彼女に伝えられない。


「なあ、クロニア」


『なにかしら』


「結局お前は何者なんだ?」


 それはずっとくすぶっていた疑問。突然に人間に力を与え、願いを叶えたように見せ、本人を苦しめる。そういう存在については、心当たりがあった。つまり


「もしかしてお前は、悪魔なのか?」


 けれど俺の想像に反して、クロニアはにこりと笑った。


『さあ。私にもよくわからないわ。長生きしていると、昔のことは忘れてしまうの。もしかしたら悪魔だったのかもしれないわね。あるいは女神と呼ばれたこともあったわ。たぶんきっと、私はそのどちらでもある。私を使う人間にとってどう映るのか――もしかしたらそういう問題なんじゃないかしら?』


「ずいぶん、曖昧なんだな」


『私、人間と違って自分のルーツに意味を見出す趣味はないの』


 結局のところ、答えは得られなかった。ただ躱されただけかも。そろそろ一ヶ月近くこいつといるが、どうにも仲良くなれそうにない。


「ま、いいや。そろそろ出ないとな」


『あら、お出かけ?』


「リーアに会いに行くだけだ」


『ふうん』


 あのあとリーアは、竜の討伐報酬10億イェーンを受け取ることになった。本人はハイドと約束どおりに分配するつもりだったらしいが、奴が取り乱して拒否したために全額を手にした。一躍王都の大金持ちになったわけだ。


 けれどリーアは、その大金を使って贅沢することもなければギルドを創設して不労所得を手にすることもなかった。どうも彼女が前に言っていた「野望」とやらに使うらしい。


 俺は前契約より多めの一千万ほどを貰って、それでもうパーティは解消になった。ただ、こうしてちょくちょく彼女のところに話にいくくらいの関係性は継続している。それに彼女の「野望」に協力するという話にもなっていた。


――ようこそ、冒険者ギルド"風見鶏"へ!


 そんな看板のぶら下がった扉を開くと、陽気でむさ苦しい雰囲気が飛び込んできた。宴会場みたいな騒ぎ――ここはいつもこんな調子だ。クロニアが喧騒に顔をしかめるのを尻目に、賑わうテーブルの隙間を縫って歩く。


 その一角に、蒼い髪の女神を見つけた。誰かと話し合いの最中だったらしいが、俺が手をふるとこっちに気がついてくれた。


「おーい、リーア!」


「あ、ベルナ君! 今日はどうしたの?」


「いや、ほらさ、そろそろ発つっていう話だったから。話はまとまったの?」


「うん、私が思い描いてた以上の大戦力だよ! あ、ねえ、紹介するね。この方が、今回協力していただけることになった――」


 リーアが、テーブルの向かいに座っていた相手を話題に巻き込んだ。思わず俺は自分の目を疑ってしまう。整った金髪、紳士然とした風体。その彼が立ち上がって、軽く会釈する。


「お初にお目にかかります。私、認可勇者のフレデリック・ハインツと申します」


 乱雑とした冒険者ギルドの中で、一人だけ社交界から来たみたいなオーラ。


「あ、あの、俺は登録冒険者のベルナ・ロンドです。お目にかかれて光栄です、勇者ハインツさん」


 がちがちに緊張してしまった俺に、ハインツは柔らかく笑ってみせた。


「こちらこそ光栄です。ご友人であるとリーア殿から伺っていますよ」


「あ、えっと、そんなようなものです」


 それ以上話すことはできなかった。緊張して呼吸が止まってしまう。勇者ハインツ。全ての冒険者の憧れの的。実際、よく見れば、ここのテーブルの周囲だけ異常に人だかりが多い。皆ハインツのことをひと目見たいのだろう。無理もなかった。

 彼は、ハイドなんかとは比べ物にならないほどの実績と実力を持つ、最強と謳われる本物の"勇者"なのだから。


「なんであんな伝説級の人と話してたんだ?」


 ハインツに聞こえないようにリーアに耳打ちで尋ねる。


「なんでって、遠征に協力してもらうからだけど」


 さらりとリーアは言ってのける。最近わかってきたことだが、彼女は少々天然なのか、あるいは異常に肝が座っているところがある。


「ハインツ殿、あなたも東北遠征に参戦を?」


「は、はい。俺は荷物持ちくらいしかできませんが」


「あまり恐縮なさらないで。戦闘は私のパーティが得意とするところですが、遠征となるとそれだけでは機能しません。様々な職務を担う人員が揃ってはじめて成功を導けるものです」


 勇者は、人格もまたそれに相応しいものらしい。

 

「じゃあベルナ君、また後でね! 今日はもう少しハインツさんと計画を詰める必要があるから」


「あ、ああ。じゃあまた後で」


 この一ヶ月間、リーアはずっと忙しそうに駆け回っている。それは彼女の「野望」、東北遠征のためだった。


 東北というのはそのまま王都より東北の地、ルドルフ辺境伯の治めるエリアのことだ。今から10年ほど前に突如として魔物の大群に攻め込まれ、領土の大部分を喪失したままになっている。その魔物たちを掃討しよう、という話だった。


『今日もフラれたわね』


 ギルドを出ると、もう外は夜だった。


「別にそういう関係性じゃない。俺はリーアのことを尊敬してるんだ。だから力になりたい。それだけだ」


『ハインツだっけ? あなたの彼への目つき、すごく悪かったけど』


「て、適当なこと言うな! 勇者ハインツは俺の憧れだぞ!?」


『ふうん、まあ、力を使いたかったらいつでもどうぞ』


「冗談じゃねえ! やっぱり悪魔だろおまえ!」


 クロニアは薄く笑った。やっぱりこいつとは、仲良くやっていけそうにない。



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