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04 クロニア

~前回までのあらすじ~


手負いの竜を発見した認可勇者のハイドは、その竜を討伐すると決める。

荷物持ちのベルナは後方で待機を命じられた。

しかしいつまでたっても彼らが戻ってくることはなく、再び夜の闇の中に竜の咆哮が響く。



 俺は夜の森の中を、二人の足跡を頼りにして走った。

 

 少し奥まで行くと、まるで地鳴りのような音と衝撃が何度も伝わってくる。間違いなく、ハイドたちが竜と戦っている音だ。

 

 そして俺は二人を見つけた。

 木々の隙間から覗いたその光景は、戦っていると言うにはあまりにも無残なものだった。


「クソっ、クソっ! だからなんで剣が通らねえんだよ! インチキじゃねえかそんなの!」


 剣を構えて突進したハイドの攻撃が、鈍い音と共に弾かれる。俺は一瞬、壁にでも斬りつけているのかと思った。もちろんそうじゃない。


 竜は、人間と比べたらあまりにも巨大だった。さっきの"黒炎鳥"だって大人三人分ほどのサイズが合ったが、近くで見る竜はもはやそういうスケールじゃない。まるで小さな城が、木々の間でうずくまっているように見えた。


 おまけに竜の全身を覆う鱗も、城の石造りみたいに強靭らしい。鋼鉄製の剣を受けてもわずかに引っかき傷が残るだけだった。


「てめえっ、10億! おとなしく俺に狩られろよ! このクソ野郎っ! こんなのありかよ!?」


 ハイドが吠える。いつもはあんなに恐ろしく思える剣幕も、今は負け犬の遠吠えにしか見えなかった。


 のそり、と竜が長い首をもたげ、苛立たしげに唸る。そのまま丸太のような腕を振り上げ、ハイドに向けて薙ぎ払った。


 森の中で何度も感じた衝撃がまた走る。


 ハイドは剣を使ってそれを受け流したが、キン、という澄んだ音ともに刀身は根本から折れ、自身も大きく吹き飛ばされた。投げ捨てられたズタ袋みたいに地面にバウンドして、苦しげにうめいた。 かと思うと刀身を失った剣を振り回し、ずるずると這うように後ずさっていく。どうも足を痛めたらしい。

 

「や、やめろ、来るな! 来るんじゃねえ! ちくしょう、ちくしょう! おいリーア、なんとかしろ! おい! ……クソ、あのやくたたず! 真っ先にやられやがって!」


 それで、ようやく俺はリーアの姿が見えないことに気がついた。

 やられたってどういうことだ?

 慌てて周囲に視線を走らす。胸の底に冷たいものが走る。


「……リーア」


 彼女はすぐちかくの木の根元で、ぐったりと横たわっていた。頭、鼻、口からも血を流して、人形のように動かず目を閉じている。


 おい、嘘だろ? まさか、死ん――いや、とにかく助けないと。

 そう思ったが、体が動かない。

 見てしまったからだ。竜が、吹き飛ばしたハイドには目もくれず、ゆっくりとリーアを目掛けて進み始めたのを。


 ハイドもそれに気がつたらしい。


「は、ははは……おいおいマジかよ。食おうってわけか、そいつのこと」


 人間を食らう魔物は多い。竜が例外ということもないだろう。討伐した竜から小隊分の装備がドロップしたという話もあるくらいだ。


 なら、なおさら助けにいくべきか? だが俺がいっても食われる人間が二人に増えるだけだ。

 ハイドは? リーアと奴は幼馴染だ。いくら最低な奴だからって、見殺しにできるはずがない。


 いや、奴は最低だった。


「だけどよ、まあ、やくたたずにはやくたたずなりの価値があるってわけか。最後に俺が逃げる時間くらいは稼いでくれるんだからな」


 耳を疑うような言葉とともに、ハイドはなおも後ずさって距離を取る。


 その間も竜はゆっくり、しかし着実にリーアを喰らおうと進んでいる。彼女が目覚める様子は微塵もない。


 ダメだ、このままじゃ食われる。リーアが食われる。そんなのダメだろ。


 でも、俺にできることは見ているだけ。ハイドのような力もない。だから自分に唯一優しくしてくれた人が魔物に食われるのを、ただ黙って見殺しにするしかない。


 まただ。どうしていつもいつもこうなんだ。俺の生きる先々で振りかざされる世界のルール。世界の公平なルール。

 力のないやつは奪われるだけ――。


「いや、違う」


 たしかにそのルールは絶対だ。だが今の俺には選択肢がもう一つある。


 懐に手を伸ばす。胎動する魔力に触れて、全身がぶるっと震える。

 脳裏に、またあの声が蘇った。


『あら、忘れられちゃったかと思った』


「時間がない。さっさとやろう」


『……ずっと放置したくせに、こんどはせっかちなのね』


「早くしてくれ! リーアが食われる!」


『はいはい』


 そして、再び俺はあの滅びた神殿のような場所に立っていた。眼前に佇む漆黒の少女が歓迎するように腕を広げる。


「おい、聞いてたのか? 時間がないんだよ! こんなとこでゆっくりしている場合は――」


「ここは私の、あの宝玉の内側。そんなに焦らなくてもいいわ。ここでは時間の進み方が外に比べてとても遅い」


「……そう、なのか」


 信じられないような話だ。でも彼女の持つ膨大な魔力と、こんな場所に突然に飛ばされる現象の不思議さを考えれば、そういうものなのかもしれない。


「そういえばあなた、さっきも一度私に手を伸ばそうとしたけれど。その時はどうしてやめてしまったの? 私、とてもがっかりしたわ」


 さっきハイドに蹴り飛ばされたときのことだろう。少女は大げさに落ち込んで見せる。


「あれは……ただ、嫌なやつを力でねじ伏せるなんて、俺の嫌いな人間たちと同じだって思っただけだ」


「ふうん? それじゃあ、今は違うの? あの竜族の坊やを倒したいんでしょ? それって、相手を力でねじ伏せるのと同じじゃない?」


「違う。俺はリーアを助けたいだけだ! ていうかそんなことを聞くためにくどくど話してるのかよ」


「いいえ。ただ興味があるから知りたいだけよ。でも、もうだいたいわかったわ、あなたのこと」


「……なんでもいいけど、本当に俺に力をくれるのか。やっぱり今更無理だなんて言わないでくれよ」


「心配しなくてもいいわ。私、嘘は嫌いなの」


 少女が、その黒い瞳をまたたかせて俺を見つめる。ずいっ、と一歩分歩み寄られて、思わず後ずさってしまう。


「でも、一つだけ言ってなかったことがあるわね」


「……なんだよ」


 酷く嫌な予感がしたが、今更逃げるわけにもいかなかった。


「私の力を扱っている間、あなたは人の理から外れる。それは文字通り人を超えた存在になるということ」


「まあ、だいたい予想は付いてるよ」


「けれどね、人を超えた存在は人の世界に居てはいけないの。それは枷となり、あなたを縛る呪いのようなものとなる。私の言っている意味がわかるかしら?」


「いや、あんまり……というか全然わからん」


「端的に言えば、私の力を扱っている間、あなたは誰にもその正体を知られてはいけない。あなたは英雄、超人、怪物、その全てになるけれど、人間ではなくなっているから。英雄は兜を脱いだ素顔を民衆に見せることはないでしょう? それと同じ。これは、あなたの言う世界のルールとやらとはまった違うレベルでの、この世界のルール」


「それは、もし破ったらどうなるんだ?」


「あなたは人でも、英雄でも超人でも怪物でもない存在になる」


「つまり死ぬってことか?」


「うーん、もう少し悲惨?」


 いや、なんだよそれ。いきなり何を言い出してるんだこいつは。死ぬより悲惨ってどういうことだ?

 あまりに突然で壮大な話に理解が追いつかない。


 だがまあ、今更逃げようなんて思わない。


 俺は少女に向けて手を伸ばした。


「俺は力がほしい」


「そう。なら、そうしましょう。私もちゃんとお礼ができて嬉しいわ」


 そして彼女は俺の手を取ろうとして……「ちょっとまってくれ」


「あら、どうかした?」


「名前。俺はベルナ・ロンドだ。お前は、名前なんて無い存在なのかもしれないが……」


 少女は、少しだけ呆然としたように俺を見つめてきた。それはこいつが始めて見せた人間らしい表情だった。けれどすぐに微笑んで、「私はクロニア。そう呼ばれることが一番多いわ」


「そうか。クロニア……神様みたいな名前だ」


「ふふ、そうね」


 漆黒を纏う彼女の、夜明けみたいに白い手が、俺の手を取った。

 

 瞬間、稲妻にうたれたみたいな衝撃が俺の全身を駆け抜けた。神殿の空間が一斉にひび割れて、かと思うとそれは奔流となって俺の体になだれこんできた。


 この空間は、クロニアの力そのものの具現化だからだ。そういう理解が、力とともに俺の中に入ってきた。それ以外にも様々な感覚が――その殆どは理解できないものだったが――降り注いできた。


 まさにそれは力そのものだった。俺はそれになった。俺は力そのものになった。


 人から、人ではないものへ。


やっと能力手に入れるとこまで来ました~~

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