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01 漆黒の宝玉・力が欲しい?

~前回までのあらすじ~


B級魔物の"黒炎鳥"を倒すため、とある山岳地帯に訪れたハイド率いる勇者パーティ。

しかしベルナ・ロンドが任された仕事は荷物持ちだけで、世界は力のある者のために回っていることを痛感させられていた。

 ずしり、と重苦しい音をあげて巨体が倒れた。さっきまで"黒炎鳥"なんて大層な名前で呼ばれて恐れられてきた魔物は、今やただの羽毛と血肉の塊になっていた。


「よし、いっちょ上がりだな」


 別にたいしたことでもなさそうにハイドがつぶやいて、俺はようやく戦闘が終わったんだと実感した。

 もしかして俺が必要になるときがあるんじゃないかと、心の隅の隅っこで考えていたが、もちろんそんなことはなかった。


「大丈夫? 怪我はなかった?」


 リーアに尋ねられて、慌てて「あ、いえ、見てただけなので!」と答えてから、彼女の顔はこっちに向いていないってことに気がついた。


「大したことねえよ。これくらい自己修復魔法でどうにでもなる」


「でも火傷とかはちゃんと治さないと……」


「うっせえな! いいって言ってるだろうが!」


「そ、そう? ごめんね、私って心配性だから……」


 ハイドに乱暴にあしらわれながらも、献身的に回復魔法をかけ続けるリーア。

 俺は何を勘違いしてたんだ? 戦闘に参加さえしてないグズが心配されるわけ無いだろ。


 乾いた笑いがこぼれるのがわかった。マジで、何を期待してたんだろう?


「おい荷物持ち! ドロップ品選別するからさっさと来い!」


「は、はい! 今行きます!」


 呼ばれたら駆け寄っていく。まるで犬だ。いや、犬は忠誠が喜びな分、意味もなく従っている俺よりずっとマシかも知れない。


 死骸のすぐ近くはまだ発散された熱がとどまっていて、たまらずどっと汗が吹き出た。まして死骸に直接触れば大火傷しそうだったが、ハイドは気にする様子もなく死骸の腹をかっさばいた。ごとり、と魔物に食われたのだろう品々がこぼれ落ちる。

 魔物は捕食行動はするが、しかし栄養にはしないらしい。だからこうやって「ドロップ品」として冒険者の手によって回収されるのだ。

 大量に出てくる生き物の骨をかき分けながら、ハイドはめぼしいお宝を探していく。そして気に入ったものがあると、どんどんと俺に渡してくる。あっという間に背嚢の中身は二倍近い重さになったが、文句を言うことはできなかった。

 そして死体漁りに満足すると、最後に魔物の首を切り落として自分の背嚢に入れた。


「あの、それは俺が持たなくても良いんですか」


「はあ? この首が1000万イェーンの引換券になるってわかって言ってんのか? てめえに任せるわけねえだろ」


 その通りだった。「もし余計なことしたらてめえも斬り殺すからな」ハイドの眼がそう言っていた。


 空はもう暗くなっていた。ここで野宿するのかと思ったが、ハイドは今日中に下山すると告げた。それはつまり、この超大荷物を持って夜道を戻らなくちゃならないってことだった。しかしやはりというか異義を差し挟むことはできない。そもそも言っても聞いてもらえないだろうが、なにより言い出す勇気が俺にはなかった。


 空っぽにされた死骸を後に、ハイドはずかずかとまた帰り道を進み始める。リーアが慌てて続き、俺もそうしようとした。


『――え』


 何かが囁いた。そんな気がして振り返ったが、夜の闇と死骸しかなかった。

 気のせいかと思ってまた一歩踏み出すと、また


『――ねえ、そこのあなた。聞こえてないの?』


 こんどははっきりと聞こえた。女性のような声。いや、どちらともとれない。ただすごく美しくて、しかも奇妙なことに頭の中に直接話しかけられてるような感覚があった。


 けれどハイドもリーアも足を止めない。聞こえていないのか? こんなにはっきりとしているのに。


「だ、誰かいるのか?」


『なんだ、聞こえてるんじゃない』


「どこから話しかけてる? お前は誰だ!?」


『さっきあの小鳥のお腹をさばいてたでしょう? そこよ、私はそこにいるわ』


「こ、小鳥……? "黒炎鳥"のことか?」


『名前なんてなんでもいいじゃない。とにかく小さな鳥だから小鳥と言っただけ。なにかご不満?』


 ……これは冗談なのだろうか? "黒炎鳥"のサイズはゆうに大人の男三人分はあった。それが小鳥? この声の主は何者なんだ? ぞくりと胸の奥が震えた。

 もしかして、ハイドを呼ぶべきだろうか? いや、しかし、相手がまだ何者と決まったわけでもないのに奴を頼るのか? そんなことじゃ、本当に敗北者じゃないか。


『ねえ、なにぼーっとしてるの? そういえばあなた、さっきも戦いの最中に後ろの方で突っ立ってわね。もしかしてそういう趣味なのかしら?』


「ち、違う! 好きでやってるわけじゃない! ていうか、見てたのか!? いつから!?」


『あら、怒った? ねえ、それよりも早く私のことを拾ってよ。ここは暗くて狭いし、もう飽きたわ』


「拾う……?」


 わけがわからなかった。ただ、逆らうのは恐ろしかった。"黒炎鳥"を小鳥と呼ぶような相手だ。逆らえばどうなるかわからない。それにぐだぐだと話していてはハイドたちに遅れてしまう。それもまた恐ろしかった。


 だから、結局は俺の意思じゃなかった。とにかく恐ろしいものから逃れたくて、ただそれだけの感情で、謎の声に従った。


 死骸はもう熱を発していなかった。ほとんど空っぽにされた腹の中を覗き込もうとする。


「ダメだ、暗くて見えない」


『手でも突っ込んだらいいじゃない。それとも怖くってできない?』


「で、できるさそれくらい! くそっ」


 手を突っ込むと、ずぶりと生暖かい感触に包まれた。おまけに内側はまだかなり熱い。火傷しそうだったが、またさっきの声に何か言われそうで、涙目になりながらぐちゃぐちゃとその中をかき回した。


「おい、俺は何を探せば良いんだ!」


『言ってなかったかしら。拳大の宝玉があるでしょ? それが私』


「宝玉? そんなものあれがハイドがとっくに見つけ出したはずで――」


 言い終わらないうちに、手がなにか丸いものを掴んだ。拳大の大きさ。まるで吸い寄せられるように、俺はそれを見つけた。


『あら、つかまっちゃった』


 腹の中から手を引き抜く。赤黒い血とともに、俺はそれを引きずり出した。

 拳大の宝玉。確かにそれに間違いはない。だが、単にそれだけの言葉で片付けるには、あまりにそれは禍々しかった。

 

 ただの無機物じゃない。色は夜の闇で塗りつぶしたみたいな深い漆黒で、しかもそれは、どくりどくりとゆっくり胎動していた。おまけに隠しきれない魔力が脈打つ度に溢れ出してきて、持ってるだけで氷水に突っ込んだみたいに手がぶるぶるとかじかんだ。


 これ、やばいアイテムだ。

 ランクでいえば間違いなくA級……いや、特A級だってあるかもしれない。魔道具鑑定のスキルなんてなくともわかった。ハイドが拾い上げなかったのも、それを感じたからだろうか。

 

 なんにせよ、これは俺が持っていていいようなものじゃない。最高位の認可魔道士が扱うか、そうでなきゃ王宮の封印倉に厳重に保管されて然るべき、そんな代物だった。なにせ特A級以上のマジックアイテムは、それだけで個人を人間兵器に変えてしまうという。下手をすれば持ってるだけで国家反逆罪に問われることだってあるらしい。もちろん眉唾ものの話だ……だって特A級のアイテムなんて、天地創造のロンギヌスだとか、始祖竜ファフニールの翼だとか、どれもこれもおとぎ話の世界にしか登場しないものばかりだから。


『手が震えてるけど、どうしたの?』


「わ、悪いけど、これは俺にどうこうできる物じゃないよ。だから持ってけない。ていうか持って行きたくない」


『そう? 残念ね。外に出してくれた優しい王子様には、たっぷりのお礼をしようと思ってたのに』


「……お礼って?」


『私の魔力をそっくりそのまま分けてあげる。そう言ったら何となく想像がつくかしら?』


 ぞくりと体が震えた。この宝玉に秘められた魔力を? 想像することさえできないくらいに途方もない話だった。人間が、ある日突然に夜の闇を全て手に入れるようなものだ。


 それは多分、もう人間の領域に留まってない。魔物でも足りない。神か、あるいは悪魔の……。


『ねえ、力が欲しくないの?』


 声は、なおも蠱惑的に脳内で囁いた。甘い少女のような声。あるいは妖艶な魔女の声。

 

 やばいとは思った。でも、それはあまりに魅力的だった。


 俺の脳裏を、ハイドの憎たらしい顔がよぎる。荷物持ち扱いされた今日までの日々、訓練と称して吐くまで酒を飲まされたこと、ドロップ品を盗んだと難癖をつけられて顔が膨れるまで殴られたこと……あるいはハイドの下につくより前の、思い出すだけで苦しくなりそうな体験が。


「お、俺は、何かを変えられると思って冒険者になった。勇気のある者。勇者と呼ばれるような存在にいつかなりたいって思って、俺は……」


『そう。で、その何かは変えられたの? 小さな勇者さん?』


「ダメだった……だって、世界はあまりに公平だから。才能のないやつ、センスのないやつ、力のないやつは、いつだって力のあるやつに従うしかなかったから。それが世界のルールだから。それで俺は、いつも力の無い方の側だった」


『あなたはそれでいいの? たまたま力のあるやつが威張り散らす、腐りきったこの公平な世界。その中で虐げられることに、あなたは満足しているの?』


 ダメだ、この声は。俺の心の、どうしようもない隙間に的確に入り込んでくる。水が低きに流れ込むみたいに、せき止めようがない。


「ねえ、本当に世界が公平なら、力さえあれば全てを変えられるんじゃないの?」


 すぐ目の前に、漆黒のドレスを纏い、それよりもさらに濃い暗黒の長髪を持つ美少女が立っているのが見えた。山頂だったはずのあたりの景色は消え失せていて、周囲は宮殿のように荘厳な景色――けれどの全ては綻んでいた――が広がっていた。


 少女が、水に入るのを怖がる子供を促すように微笑んだ。


「お、俺は、俺は……!」


 俺は、力が欲しい。

 そう口に出そうとした、ちょうどその時だった。


「ベルナ君! 大丈夫!?」


 瞬間、荘厳で滅んだ宮殿も、黒一色の美少女も消え失せて、殺風景な山頂の荒野が戻ってきた。

 ハイドたちが歩いていった方向から、リーアが手を振って走ってくるのが見えた。俺は咄嗟に宝玉を懐へと隠していた。脳内で響くあの声はもう聞こえなかった。


「ごめんね、あんまり遅いから私心配になっちゃって……ねえどうしたの、顔が真っ青よ!?」


「アルルテラさん、なんでも無いんです。ただちょっと毒虫に刺されたみたいで」


「大変じゃない! このあたりの毒虫は魔力を持ってることもあるし、きちんと治療しないとダメなんだからね!? いま毒治癒魔法をかけるから、じっとしてて!」


 もちろん毒虫なんて出任せに毒治癒魔法が聞くわけなかった。でも、リーアさんに気遣われたおかげか、不思議と体が軽くなった気がした。

 あるいは文字通りに毒気を治癒されたのかもしれない。さっきまであれ程胸の中で燃え上がっていた力への欲求は、今は水面のように穏やかになっていた……。


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