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00 世の中は公平


 世の中って公平にできてる。

 

 険しい山道を登りながら、思う。

 全身はもう汗でびっしょりで、腰はそろそろ悲鳴をあげているが、ペースを落とすことは許されない。前方をどんどん進んでいく三人を見失わないように必至で足を前に出す。また前に出す。

 

「おい荷物持ち! さっさと歩けよ! "黒炎鳥"は黄昏時しか姿を現さねえって説明聞いてたか? あぁん!? てめえがちんたらしてるせいで日が暮れて逃げられちまったら、報酬金の1000万イェーンはてめえが俺たちに払えよ!?」


 ほら、見ろ。世の中って公平だ。


 野営道具一式に三日分の食料、それと緊急時の魔術杖や狩り用のボウガンまで全部俺に持たせていたって、ハイド・フーガルテラはそんなことを平気で命令してくる。それは、奴がエリートの認可勇者で、俺はただの登録冒険者だから当然のことだった。


 世の中は今日も全くもって公平。

 つまり、力のあるやつは偉いし、力のないやつは偉いやつに従うしかないっていう世界の摂理だ。


 都で飽きるほど見た。性格の終わってる大商人が、ただ金をたくさん持ってるってだけで何百人っていう真面目な職人を平気でクビにできたりする。


 俺はそういうのが嫌で、だから冒険者に登録したのに、場所が都から荒野の山道に変わっただけで後は何も変わりはしなかった。


 結局は、力だ。力を持ってないやつがいつだって搾取される、それが運命だった。


「ちょっとハイド! いくらなんでもベルナ君に全部押し付けすぎじゃないの!? あなた自分の装備まで持たせて、そのうえ急がせるなんて無茶よ!」


 ああ、でも、都と違うところがもう一つだけあった。

 ハイドの率いるパーティにはリーアがいるってことだ。リーア・アルルテラ。彼女は……蒼い髪の女神だった。


 ハイドの蛇みたいな目がリーアを睨んでる。彼女に悪い思いをさせるわけにはいかなかった。だから俺は、まだ踏ん張れる。


「……だ、大丈夫です、アルルテラさん。まだ、いけます。足手まといには、なりたくないから」


「荷物持ち君もそう仰ってるますぜ、リリア姫様?」


「ハイドっ! あんた恥ずかしくないの!?」


「恥ずかしい? いやいや待ってくれよ、感謝されるいわれはあっても俺が恥じ入る必要ってあるのか? 認可勇者様のパーティに加えてやってるんだぜ? こんなグズ、俺ぐらい優しい奴じゃなきゃどこも願い下げだってのによ!」


「あんた……昔から思ってたけど、そんな風に誰かを見下す癖はほんと最低よ」


「アルルテラさん、いいんです! 俺が、俺がグズなのは本当ですから……! フーガルテラさんでなくちゃパーティに入れてもらえないっていうのも、本当ですから!」


「ベルナ君……でも、無理はしないでね」


 もう既に無理ばっかりだったが、俺はできる限りの笑顔で頷いてみせた。

 すると不思議なことに体が一気に軽くなった。一瞬ついに限界を超えたのかと思ったけれど、わずかに魔力の流れが感じられた。リーアが回復魔法を使ってくれたらしい。回復魔法は魔力消費が大きいはずなのに……。


 はっとして見上げると、彼女は一瞬だけウィンクをしてみせた。思わず胸がどきりとする。


 けれどほんとに、なんでこんな素晴らしい人がハイドなんかと一緒にいるんだろう? 二人は幼馴染らしいから、もしかして恋仲なんだろうか……?

 聞き出すことなんて出来はしなかった。でもきっとそうなんだろう。じゃなきゃ、リーアがハイドと一緒にいるはずがない。


 ああ。全くもって、全くもって世の中公平だ。




 それから約三時間、俺はノンストップで歩かされ続けて荷物持ちの使命を全うした。山はどんどん険しくなっていくし普通じゃ無理だっただろう。あの後も何度かかけ直してくれたリーアの回復魔法のおかげだった。ハイドはそんなこと気がついてもいないらしかった。


 山頂のあたりは夕暮れ色の霧が立ち込めていて、ちょっとだけ期待していたような美しい景色は見れなかった。標高が高いはずなのに、周囲はばかみたいに暑い。


「ぴったり黄昏時か。良かったな、荷物持ち。1000万イェーン払うことにならなくってよ」


「あ、あはは……」


「さてと、あとは"黒炎鳥"が来るのを待つだけだが……おお、来やがったな!」


 瞬間、わずかに霧が晴れた。周囲の熱気がいっそうに高まり、なにか大きなものが羽ばたく重苦しい音と、甲高い鳥のような鳴き声が響いた。

 

「ベルナ君、さがってて。"黒炎鳥"の討伐レベルはB級だから、その大荷物じゃ危ない」


「い、いやでも、俺も戦か――」


「リーアが親切に忠告してやってんのに逆らうんじゃねえよグズ! 俺の装備に火でもつけられたら補償できんのか!? 役たたずはとっとと失せてろ!」


 またしても世界は公平だった。逆らうことなんてできるわけなかった。

 それに、霧の向こうから巨大な"黒炎鳥"がのっそり姿を表してからは、もう「俺も戦う」なんていう意思は粉々に砕け散っていた。

「いくぜリーア! 野鳥狩りの時間だ!」


「はいはい、あんまり怪我しないでよね」


 でも、そんな足が震えるくらいの恐怖を感じているのは俺だけで、ハイドは剣を抜いて果敢に突進していく。認可勇者は伊達ではなれない。

 そのハイドの背に「やれやれ」って感じで援護魔法をかけていくリーアの横顔は、明らかに俺に接する時とは違っている。やっぱりあの二人は――。


 ああ、くそ、なんで。

 なんで俺はこんなに弱いんだよ。


 弱い自分が嫌で嫌で、剣の修行だって毎日何時間もやったのに。なまくらの刀身は、このクエストに出てからまだ一度も抜いていない。

 この違いはなんだ? 生まれ持った才能? それともセンス? あるいはもっと根本的ななにかなのか?


 呆然と見つめる俺の目の前で"黒炎鳥"の巨体がみるみる切り刻まれていく。俺なんてあと30年修行したって倒せっこない相手なのに、いともあっさりと。


 そんなものを前にすると、嫌でも感じざるを得ないことがあった。


 ああ。

 全くもって世の中、不公平だ。

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