82話
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私と殿下の間に、再び重い沈黙が流れる。
それを先に破ったのは殿下だ。
「…お前は聖母にでもなったつもりか。」
「そんなつもりは…」
「お前のそういう所、本当嫌い。」
嫌い。
そう言いながらも彼の腕は、私に縋りついている。
「そんなんだから、変なのに付け込まれるんだよ。
「…。」
変なの、とはアルベルト様のことを言っているのだろうか。
殿下は深いため息をついた。
「…なんか、どっか遠い所に行きてーな。」
「…殿下…」
「例えば、デューデン国とかどうだ?あったかいし、海もある。お前、魚好きだろ?毎日新鮮魚の食べ放題だ。」
「それは…」
彼は私の言葉を遮り、話しを続ける。
「こんな寒くてなんも無い国なんか捨ててさ、新しい国で嫌なこと全部忘れて暮らせたら…幸せだろうな。」
「…。」
「お前もそう思うだろ?」
正直、とても魅力的だ。誰しも1度は夢にみることだろう。こちらの芝生が澱んでいればいるほど、隣の芝生はより一層青く見えるものだ。だが、
「それは…許されないことです。」
彼の言っていることは、所詮夢物語に過ぎない。現実はそう甘くはないのだ。それは、彼も重々理解しているはず。
それに、国が悪いのではない。これは、人間同士が招いた悲劇なのだ。根本を解決しなければ、同じことの繰り返し。また苦しむだけ。
殿下は乾いた笑い声を上げた。
「誰が許さないんだ?」
「…民衆が許しません。」
「馬鹿だな。アルベルトのように魔法で全員の記憶を消してしまえばいい。」
「…。」
皇族が持つ〝青の魔力〟なら、それが可能なのだろう。神からの加護と謳われているほどの偉大な力なのだから。
そう、神。
神は全てを見ている。
「民衆を騙せても、神様までは騙せません。」
「神なんて居るわけがないだろ。」
「え、」
吐き捨てるように言った殿下に、目を見張る。
ノルデン帝国には、数百年に一度に神に愛された聖女が現れるという言い伝えがある。そのため、神に対する信仰心は他の国と比べてると極めて高い。
そして、実際に私たちの目の前に聖女は現れている。神の存在は明確だ。
「本当に神がいるなら、俺にアルベルトの容姿なんかを与えなかったはずだ。」
彼の悲痛な呟きに、心を締めつけられるような息苦しさを感じた。
「日に日にアイツに似ていくこの顔が気持ち悪くて、気が狂いそうだった。何度も、何度も顔を剥がそうとしたけどよ、この忌々しい血のせいで綺麗に戻っちまう。」
彼の顔には、傷一つ残っていなかったはずだ。すべて青の魔力による治癒能力が働いた結果なのだろう。
幼い子供が自身の顔を剥がそうとするだなんて、尋常ではない。想像以上の痛みを伴ったはずだ。それでも、彼は何度も剥がそうとした。何度も、何度も、何度も。痛みに弱い、小さな子供が。
その時の彼を想い、泣きそうになった。だが私に、そんな資格なんてない。
「奇跡の魔力とか神からの加護とか言われてるけどな、俺から見たら呪いだ。この魔力のせいで、俺は一生この顔と付き合っていかないとならない。…地獄だ。」
「…。」
なにか、なにかを言わなければ。
そう思えば思うほど、脳が麻痺し頭には何も浮かばない。
私が弱っている時、いつも彼は私に言葉をくれた。その言葉は、私の心を軽くしてくれた。私も、そうしてあげたいのに…。
あぁ、不甲斐ない自分が嫌になる。
いや、自分の不甲斐なさに嘆くよりも、彼のことを考えろ。考えろ、考えろ…
自分のことだけを考えるのは、もう、やめろ。
「けど、この顔のおかげでお前を見つけることができた。」
「…、」
「どうしようもない地獄でも、お前が居てくれれば…」
彼は途中で言葉を切る。その言葉の続きを待っていると、規則正しい穏やかな寝息が聞こえてきた。
…どうやら、寝てしまったようだ。
彼は魔力切れと言っていた。その上、最近は年末の政務に追われており、疲れ果てているはず。睡眠も十分にとれていないのだろう。
「…、」
…結局、彼に何も言えなかった。
だが、それに安堵している自分がいるのに気付き、吐き気がした。なんて、狡い人間なのだろう。
そして、そんなどうしようもない自分に縋ってくれる彼を想い、申し訳ない気持ちでいっぱいになった。
幼い彼が、全ての元凶であろうアルベルト様を殺せば楽になると思い込んでしまったのは、容易に想像できる。そう思い込まなければ、自我を保てなかった。
絶望の中で、人は何かに光を見出さなければ生きていけない。私もかつては、そうだった。アルベルト様という光に縋りつかないと、生きていけなかった。
この負の依存の連鎖が、こうして300年後も続いてしまっている。間違いないなく、殿下は1番の被害者だ。そして、加害者は、300年前の人間。もちろん、私も含まれている。彼にモニカの記憶がなければ、彼はこんなにも歪むことはなかった。
そんな300年前の人間である私が、彼に正義を語るなど、烏滸がましいことかもしれない。それでも…
「何の罪のない貴方手を、汚したくない。」
私のお腹に顔をうずめたままの彼の背中を、そっと撫でる。
指先に伝わるのは、人間の温かさ。
―きっと綺麗事を言うなと、貴方は怒るでしょうね。
彼に対する、この気持ちはなんだろう。
子供のように私に縋り付く彼を見て、ひどく庇護欲が掻き立てられる。ほおっておけない。
少し、聖女ベティに向けているのと似ている気がする。
「…。」
貴方の為に、私は何ができるのだろう。
《おまけ》
お題『エリザちゃんを褒めて下さい。』
テオ様「おっぱいデカい!(最上級の褒め言葉)」
聖女ベティ「お優しくて、上品で、気高くて、肌が綺麗で、いい香りがして、姿勢が綺麗で、ピアノがお上手で、食べ方が綺麗で、チョコレートが好きなところは可愛くて、耳に馴染むような少し低めな声は最高で、栗色の髪でふわふわで美味しそうで、本物の宝石のようなエメラルドの瞳は神秘的で……ペラペラペラペラペラペラペラペラペラペラペラペラペラペラペラペラペラペラペラペラペラペラペラペラペラペラペラペラペラペラペラペラペラペラペラペラペラペラペラペラペラペラペラペラ(無限)」
ユリウス「生きているだけで偉いですよ、姉上。」




